［＃ページの左右中央］

［＃１字下げ］無言ノ詩［＃「無言ノ詩」は大見出し］
［＃ここから１６字下げ］
［＃ここから２０字詰め］
絹革音扇
［＃ここで字詰め終わり］
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］プロローグ［＃「プロローグ」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］１話［＃「１話」は小見出し］

　ここに一枚のメモがある。どうやら手帳の一頁のようだ。相当慌てていたのだろうか、勢いよく破った上に乱れた文字で次のように書いてある。

『白石 麻衣が好き。麻衣を忘れない、忘れたくない』

　一条 真はメモを手にとって、しばらくその意味を考えた。鉛筆で書かれたこれらの文字は長年の歳月を経て、滲んでしまっている。それでもこれは自分の若い頃の筆跡である。疑う余地はない。

　問題はその内容である。真はこの短い文章を反芻してみた。ついには声に出して読んでみた。

　しかし、この文章が一体何を意味しているのか、さっぱり分からなかった。どれだけ過去をたぐり寄せても、この白石 麻衣という人物にまるで心当たりがない。

　この人物は一体誰なのか。

　文字通り、これが自分の恋した女性の名前だとしたら今も覚えているはずである。しかし『白石 麻衣』という4文字は何も心に訴えかけてはこない。

　ひょっとして、これは芸能人か。あるいは小説か映画の登場人物の名前ではないだろうか。そんなことをふと考えた。いや、それはあり得ない。真は即座に否定した。

　それなら、そんなものを紙に残しておく必要はない。

　それに引っ掛かりを覚えるのは『忘れない、忘れたくない』という箇所である。ここには何か切羽詰まった状況を感じる。やはりこれは架空の人物なんかではない。身近にいた人物と考えるのが自然だ。

　そうなると、どうしてそんな大切な人を忘れてしまっているのか、それが分からない。結局、謎は堂々巡りするだけで答えに辿り着けそうもなかった。


　真は明日に高校の同窓会を控えていた。それで押し入れの中から卒業アルバムを引っ張り出してみた。10年ぶりに再会する仲間の顔と名前を確認しておこうと思ったからだ。アルバムを開いた途端、ひらひらと木の葉のように落ちたのがこのメモだ。

　高校のアルバムに挟んであるのだから、やはり高校時代の知り合いの名前だろうか。そう考えて、アルバムを最初から最後まで、穴が開くほど見返した。

　しかし、ついに白石 麻衣という名前は発見できなかった。彼女はどうやら公式のアルバムにさえ見放されたらしい。

　それとも先輩か後輩の名前だろうか。それならば今、ここで調べようがない。明日、同窓会の出席者に心当たりがないか訊いてみようか。

　それにしても、考えれば考えるほど、気持ち悪くなってきた。名前も忘れてしまう女性を好きだと言っている自分がひどくいい加減で、腹立たしく感じられるのだ。


［＃改ページ］

［＃４字下げ］２話［＃「２話」は小見出し］

　突然、部屋の電話が鳴り響いた。真は手から卒業アルバムを解放すると受話器を取った。

「もしもし、高校のクラス委員だった、二階堂です」

　電話の向こうからはやや控えめな声がした。

「ああ、どうも、こんばんは」

「久しぶり、一条君。懐かしいね」

　二階堂は急に馴れ馴れしい口調に切り替わった。それは彼らしい演出のように思われた。二階堂は成績優秀でずっとクラス代表を務め上げ、スポーツも万能だった記憶がある。そのため女子からは常に人気があった。今もその面影を残しているのだろうか。

「確認のために電話したんだ。明日は来てくれるんだろ？」

　二階堂は早速そんな話を切り出した。

「もちろん。夕方六時に高校だったよね？」

「そう、グランドが駐車場になっているから車はそっちに入れてくれよ」

　今回の同窓会は母校の体育館で行われる。実は来年、この体育館が老朽化を理由に、建て替えられることになっている。そのため、消えゆく体育館を会場にしようという案が持ち上がったらしい。体育館に生徒、恩師が一同に会し、料理もそこへ運ばれる手筈になっている。

「それじゃ、明日は遅れずに頼むよ」

　二階堂は最後にそう付け加え、電話を切ろうとした。
　

「あ、ちょっと待って、聞きたいことがあるんだけど」

　真は間髪を入れずに引き止めた。

「うん？　二次会のこと？」

「いや、違うんだ。二階堂君は白石って名前に聞き覚えがあるかい？」

「シライシ？」

　怪訝そうな声が受話器から伝わる。

「古石じゃなくて？」

「そう、白石麻衣っていうんだけど」

　お互いが受話器を耳にしたまま、無言になった。二階堂はしばらく考えているようだった。

「そんな名前は名簿にはないけど」

「転校生とか、そういう子は？」

　真はなおも食い下がる。

「いや、そういうのも全部名簿には入っているから間違いないよ」

「そうか」

　口ではそう言ったものの、さほど失望感はなかった。こちらも卒業アルバムで確認済みである。あくまで念のために、という程度だった。

「上級生か下級生なら、どうだろう？　知らないかい？」

「いや、僕の知る範囲ではそんな名前はいなかったと思うよ」

　人脈の広かった二階堂が言うのだから間違いはないだろう。

　それでは白石麻衣とは一体、どこの誰なのか。謎は謎のままである。

「その白石ってのは、どういう子なんだい？」

　今度は二階堂が逆襲してきた。真は返答に窮した。まさか例のメモの話をする訳にもいかない。

「いや、いいんだ、こっちの勘違いだな、多分」

「そうか、気になるなら調べてみようか？」

　二階堂の申し出に真は少しひかれながらもいらないと、固辞した。

「･･･ところで、まだギターは弾いているのかい？」

　二階堂は思い出したかのようにと訊いてきた。

「ギター？」

　一瞬、何の話か分からなくて聞き返した。

「ギターだよ。ほら、文化祭で弾き語りしただろ？」

「ああ、あれか」

　真はやっと思い出した。確かにそんなことがあった。

「今でもやっているのかい？」

「いや、全然」

「そうか、残念だな。もし今もやっているなら、明日体育館で弾いてもらおうと思ってさ」

「いや、あれからまったくやってないから無理だよ」

　真はきっぱりと言った。

「それじゃ、明日はよろしくな」

　二階堂ら快活に笑うと電話を切った。文化祭でギターを弾いたことなど、今の今まで忘れていた。同時にさ、体育館に特設ステージを設けて、学生コンサートが開かれた。歌や楽器に自信のある連中が、次から次へとステージに上がって楽曲を披露した。

　自分もギターを片手に参加した。そう言えば、それほどうまくもないギターをどうして人前で弾こうと思ったのだろうか。今にしてみれば、不思議な話だ。

　当時、確かにギターに興味を持って、独学で練習を始めた記憶がある。しかし、それをコンサートという大舞台で披露するほど、うまくなかった筈である。それに、そもそも自分はそんな活発な性格でもない。

　では、一体どういう経緯でコンサートに参加することになったのだろうか。謎は膨らむ一方である。

　しかし二階堂は、本人ですらとっくに忘れていることを、よく覚えていると感心するいや、いくら彼でもそれは不可能か。おそらく、同窓会での話題作りのために、当時のイベントのプログラムや写真を掘り返して見たに違いない。

　もしそうなら、明日はそのギターの話がみんなの前で持ち出されそうだ。それはそれで少々恥ずかしいな、と思った。

　それにしても、二階堂も大変である。確かに彼とは同じクラスだったが、そんなに深い付き合いがあったわけでもない。それでも彼は幹事である以上、当時目立たなかった自分を持ち上げるような演出をせねばならない。

　ふと壁の時計に目をやった。夜の十時を回ったところである。谷山はおそらくこの後も、そういった電話を掛け続けるのだろう。とても自分には務まる仕事ではない。

　さて、どうやら明日の同窓会には白石麻衣が現れないことだけは確かである。名簿に載ってないのだから、それも当然だろう。

　明日クラスメートの何人かに訊いてみようと思った。しかし、二階堂ほどの人物が知らないようでは、おそらく期待薄ではあるが、ひょっとすると何か分かるかもしれない。白石麻衣のことはともかく、真には、明日の同窓会が楽しみになってきた。決して人から注目される存在ではなかったが、それでも今、高校時代の懐かしい日々が蘇ってくる。

　そんな思い出に身を委ねているといつしかその不思議なメモの存在を忘れてしまっていた。




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［＃２字下げ］第一章［＃「第一章」は中見出し］

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［＃４字下げ］３話［＃「３話」は小見出し］

　季節は春を迎えていた。学校に続く坂道には桜の花びらが無数に乱れ飛んでいる。それは無事に入学を果たした新入生に拍手を送っているかのようだった。時折吹く風はまだ少々冷たいが空は抜けるように青く、新たな出会いを演出するに相応しい風景だった。

　高校二年の一条 真はそんな坂道を無感動に登っていた。目の前には去年と同じ光景が広がっている。彼の周りには慣れない制服を身にまとった後輩たちが、どこか緊張した面持ちで学校を目指している。自分も去年はこんなふうだったのか、と考えた。

　新入生らは脇目も振らずただまっすぐに歩いていく。希望の中に不安が大きく影を落としているのか、心にゆとりが感じられない。彼らは、ただゴールまで突き進む競歩の選手のようである。

　一方、上級生はこんな風景を目の前にしても気分が高揚することなどない。あるのは、日々の惰性と適度な怠惰だけである。友人と並んで登校する生徒はどうしても歩くのが遅くなるようだ。楽しい時間を少しでも長く共有しようと考えるのだろうか。

　真はそんな彼らを縫うように先を急いだ。特に慌てる理由もないが、孤独であることが彼の歩みに速度を与える。

(何も自分に限ったことではない)

　一人寂しく登校する者は、その場を早く去りたいのか、どんどん歩いていく。その歩き方はどこか新入生と共通するものがある。

　そんな真のすぐ目の前に女生徒の後ろ姿が現れた。長い髪を後ろで束ねている。

　彼女は一人でいるにもかかわらず、歩くのが遅かった。まるで周囲を確かめるように、ゆっくり進んでいく。

　不思議な少女だった。明らかに新入生だと思われた。坂道を埋め尽すほどの桜に圧倒されているのだろうか。

　それにしても彼女の歩みは遅すぎる。まるで小学生が通学路で目にする物に心を奪われて、立ち止まっては進む、そんな感じなのである。

　真はそんな彼女をあっさりと追い越した。同じ高校生でありながら、まるで勝負にならなかった。少し先に進んでから、何気なく後ろを振り返った。慌ただしい朝に、ふらふら歩いている新入生の顔をちょっと拝んでやろうという気持ちだった。

　彼女の姿は遥か後方になっていた。意外にも大人びた、整った顔つきをしていた。自分よりも年上に見える。背はやや高く、すらりと伸びた足がもつれるような動きをしている。

　彼女は舞い降りてくる桜の花びらに、一々気を取られているようだった。次の瞬間、その姿は制服の波にすっかり飲み込まれてしまっていた。



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［＃４字下げ］４話［＃「４話」は小見出し］

　真は教室に入った。今日が新学期の初日である。残念なことに、数少ない友人たちは誰一人として同じクラスになれなかった。この日の教室は一年で最も騒がしい朝を迎える。

　同じ組になれた喜びを身体全体で表現する女子や、隣の教室から激しく出入りする男子らで賑わっている。そんな教室に収まりきらぬ騒音の中、真だけは静かに指定の席に腰掛けた。窓に近いこの席からは校庭が見下ろせた。学校を取り囲む桜の木々が見える。

　しばらくして、新しい担任が姿を現した。すると、それまでの喧騒が嘘のように消え去る。こうやって学年最初のホームルームが始まるのだ。ふと隣の席に目をやると、そこはまだぽっかりと空間が陣取っていた。教室を見回しても、空席はまさにここだけである。

(この席は誰が座るのか？ 初日に遅刻してくるわけもないだろうしな)

　担任もその異変に気づいたようだった。名簿に目を落とし、早速出席を取り始めた。十人ほどの名前が流れた後、突然教室のドアが開け放たれた。その大げさな音は、クラス中の視線を集めるのに十分であった。

　そこには一人の女生徒が立っていた。足が長く、スラッとした彼女は、顔立ちがはっきりしていて、大人の女性を思わせた。口を真一文字に結び、教室の奥を睨むような目をしている。いや、それは窓から差し込む光が眩しくて、目を細めているだけなのかも知れない。

　その人物に真は驚いた。まぎれもなく、今朝、出会った少女だった。まさか自分と同じ二年生だったとは思いも寄らなかった。

　教室は水を打ったように静かになった。彼女の出現に誰もが呆気に取られているのだ。担任が座席を指示すると、彼女は歩き始めた。明らかに真の隣の席へと向かってくる。そんな彼女の動きを見守っていたら、とうとう最後には、視線がぶつかってしまった。

　彼女の目はひどく挑戦的に映った。真は慌てて目を逸らした。彼女は初日から遅刻したことをまるで詫びる様子もなく、堂々とした態度で席に着いた。教室のどこかで彼女への悪口とも取れる囁くような声が漏れた。

　机の上に置いた学生鞄に金属製の可愛らしいネームタグが付いているのが真の目にとまった。そこには［白石麻衣］と刻印されていた。



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［＃４字下げ］５話［＃「５話」は小見出し］

　チャイムがやたらと遠くに聞こえた。午前の授業はこれで終わりのはずだ。

　真は心底救われた気分になった。授業中、幾度となく強い睡気と格闘を繰り返していた。気を緩めれば、それこそ泥沼に引きこまれそうな感覚があった。春休みの間にすっかり生活習慣が乱れてしまっていた。学校が始まった今でも平気で夜更かしをしてしまう。

　休憩時間になるとかろうじて活力が回復した気になるのだが、授業に戻ると再び倦怠感に襲われる。新学期が始まってもう一週間が経つというのに、これほどまでに自堕落な自分に嫌気がさしてくる。

　しかし、隣にいる白石麻衣はそんな自分に何の関心もないようだった。来る日も来る日も、貝のように口を閉ざしたまま。それどころか、一度だって顔を向けられたという記憶が真にはなかった。

　確かに彼女は授業は真面目に受けていた。教師の言うことを興味深そうに聞いていた。黒板を見据え、ノートも取っている。それは真面目な女子という印象であった。その点においては、彼女は立派な高校生である。真にはかすかな敗北感が湧いていた。

　しかし、真も最初はこんな風ではなかった。白石の真剣な姿を目にし、自分も彼女と共に頑張ろう、そんな気でいた。だが、彼女がこれほどまでに無関心では徐々に張り合いもなくなってくる。隣の席に座ってはいても、二人の間には見えない壁で分け隔てられているようだ。こちらからいくら呼びかけても、彼女の耳にはまるで届かないかのようだ。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］６話［＃「６話」は小見出し］

　それは、出会って二日目のことだった。真は白石に話し掛けてみようという気になっていた。同じクラスで、しかも席が隣になったのも何かの縁である。それに、毎日長い時間を一緒に過ごすのである。早く仲良くなることは、お互いに得策と思われた。

　白石はチャイムが鳴る寸前に教室に姿を現した。初日と同じく、慌てる様子も見せずにのんびりと席までやって来た。

「白石さん、おはよう」

　真は思い切って声を掛けた。女子に向かって話すのは緊張する。こんな挨拶一つするのに随分と心の迷いがあった。しかし勇気を出してみた。

「おはよう」

　白石は真の顔を盗み見るようにして抑揚のない声で返した。

「今日はぎりぎりだね」

　真が気安くそう言うと彼女はそれには応じず、椅子に掛けた。それから長い髪をかき上げるように忙しそうに鞄から勉強道具を取り出し始めた。それはまるで、これ以上話す隙を与えないぞという意思の表れに思われた。

　真はそんな彼女の態度に少々腹が立った。こちらは折角友好的に声を掛けているというのに、彼女は無視を決め込むつもりらしい。相手がこんなでは、自分が馬鹿らしく思えてくる。

　確かに、新学期のクラス内は初対面同士ということもあり、誰もが自己主張を控え、相手との距離を保とうとしている。その結果、教室の中には緊張した空気が流れ、みんな孤独に似た気分を味わうことになる。

　もちろんその空気は時間とともに薄らいでいく。現に教室のあちこちで、いち早くその緊張を解くことに成功した者同士の姿も見られる。

　しかし、白石だけは徹底していた。彼女は心にシャッターを降ろし、どんな人の気遣いも受け付けないといった強い意志を持っていた。孤独になることを自ら選んでいるようにさえ見えた。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］７話［＃「７話」は小見出し］

　クラスは昼食の時間を迎えていた。

　真はいつものように鞄から弁当箱を取り出すと、一人で食べ始めた。<span style="line-height:1.4;">隣には髪を肩まで垂らした白石の横顔がある。</span><div>
　彼女も鞄から一つの菓子パンと小さな飲み物を取り出した。昼食は毎日決まって、たったそれだけだった。そのくせ彼女はいつも食事に時間をかけている。</div><div>
　何か考え事をしながら、パンをちぎっては口に運ぶ。時に思い出したかのように飲み物を口に含む。</div><div>
　一昨日だったか、クラスの女子が孤独な白石を見るに見かねて声を掛けた。<div>
「ねぇ、白石さんも一緒に食べない？」

「はい」

　白石は表情一つ変えることなく、席を立つと、その女子連中に混じり昼食を食べ始めた。

　しかし、彼女は無表情にパンを口に入れているだけで、周りと打ち解けようとはしなかった。折角、友達ができる機会を自ら逃しているように見えた。

　さすがに固まっていた女子たちも、そんな白石をどう扱えばよいのか困り果てているようだった。賑やかで楽しい筈の昼食が白石の態度によって台無しになってしまったのだ。

　そんなことがあって、白石はついに女子からも相手にされなくなってしまった。

　人付き合いがそれほど上手くない真にも友人はいくらかいる。しかし、白石には一人もいない。</div><div>
(去年のクラスで友人はできなかったのかな？ 同じ出身中学の知り合いはいないのか？ <span style="line-height:1.4;">今、隣でぼんやりと食事を取っている白石は実は転校生なのではないか)</span><span style="line-height:1.4;">
</span><span style="line-height:1.4;">
</span></div><div><span style="line-height:1.4;">　真にはそんなふうに思えてきた。でも、</span>それはあり得ないことだ。担任からそんな紹介は受けていないし、本人も学校の勝手は知っているようだった。

　白石麻衣というのは、何とも不思議な存在であった。

　真はいつしか彼女のことを気に掛けるようになっていた。

(どうしてだろうな)

　真は心の中にどこかほんの少し、彼女の気持ちが分かる部分があるような気がしていた。

　彼女は感情をひた隠し、平静を保っているが、実はもがき苦しんでいる。そんな心の不整合が他人に対する冷たい態度となって現れるのではないだろうか。

　授業が終わり、教室で白石と別れた後も真は彼女のことを度々考えた。

(何か彼女の力になってやれることはないのか)


</div></div>

［＃改ページ］

［＃４字下げ］８話［＃「８話」は小見出し］

　それは体育の時間のことだった。

　体育館の窓からは校庭が見えるが、激しい雨足が遠くの景色をかき消していた。連日降る雨を大地は黙々と受け止めている。

　体育館には真のクラスと隣のクラスの男女が、一同に集められていた。六月のこの時期、館内は肌にまとわりつくほどの湿気が充満していた。じっとしているだけで汗ばんでくる。

　この日は体育館の半分を男子がバスケットボールに、もう半分を女子がバレーボールに使用していた。

　目の前ではクラス対抗のバスケの練習試合が始まっていた。床の上では、小気味いいシューズの音が絶え間なく響いている。真はコートの外でぼんやりと自分の出番を待っていた。

　運動がそれほど得意でない真にとって、他人の試合を見学するという時間は実にありがたい。ここは女子の目もある。誰もが自分の醜態を晒したくはない。

　真は何気なく隣のバレーコートに目をやった。女子たちもクラス同士で試合をしているようだ。こちらと同じく、試合に出ていない生徒が隅の方でその行方を見守っている。

　真はちょっとした好奇心から白石の姿を探してみた。

(･･････いた)

　それほど苦労することもなく、彼女が目に映った。ちょうど奥のコートに入っている。彼女は周りよりも少しばかり身長が高いだけに頼もしいバレー選手のように見えた。しかし、身体の構え方がどこかぎこちない。どうやらスポーツはあまり得意ではないと真は直感した。

　その時、相手のコートから強いサーブが繰り出された。体育館の空気を切り裂くような音とともに、白いボールが鋭角に飛び込んできた。それは白石の身体にたちまち吸い込まれた。

　突然襲いかかったボールの勢いに白石は身体を動かすことすらできなかった。不用意に突き出した手に当たったボールは彼女の顔面を強打したようだった。身体がくの字に折れ、床に崩れ落ちた。すかさず相手クラスの女子から笑いが起こった。

　サーブを見事に決めた女子は戻ってきたボールを意のままに操っていた。自分のプレイに何の疑いもないようだ。どうやら相当バレーの経験を積んだ人物に思えた。

　白石はのろのろと身体を起こした。少し頭を振るようにして、それから鼻の辺りを手で押さえた。そしてネット越しに相手を睨みつけた。しかし、まだ足がわずかに震えているように見える。

　さっきのサーバーが、控えの女子に目で合図を送った。それから二度目のサーブを打ち込んだ。今度も体育館が震えるほど激しい音がした。

　白いボールはまたもや白石を襲った。今度は足をかすめ、白石は思わずバランスを失った。長い髪が助けを求めるように左右に揺れ、床に尻餅をついた。隣のクラスからはまた歓声が沸く。

　そこで笛が鳴り響いた。女子の体育教師が不格好に足を投げ出す白石に駆け寄った。そこでメンバーが交代となった。白石は右足を庇うようコートの外へ出ていった。

「わざとだよな、あれ」

　真のすぐ近くで誰かの声がした。気がつくと周りの男子の視線はバレーの方に吸い寄せられていた。

「だな。てか、あのサーブは俺らでも難しいぜ。あいつ、バレー部の副キャプテンだろ」

「狙い撃ちってやつかよ」

　真の知らない男子がそう言った。

(やっぱりな)

　違和を感じあのサーブは悪意に満ちていた。みんなの前で白石に失態を演じさせ、それを笑いものにしようという意図が含まれていた。

　どうしてそんなことをするのだろうか。確かに白石は人とうまく付き合えないかもしれない。しかしだからといって、彼女を非難する権利は誰にもない。彼女だって自分の意志で生きている。それを他人が矯正する必要もない。

　ふと真の頭に公開処刑という言葉が頭をよぎった。<div>
</div><div>(こんなやり方で他人を苦しめるとか･･････卑怯だ)

　あのバレー部員を筆頭にこんな馬鹿げたことを企てた女子たちが心底憎くなった。

「おい、お前ら。どっちを見てるんだ」

　体育教師の怒鳴り声が響き渡った。

</div>

［＃改ページ］

［＃４字下げ］９話［＃「９話」は小見出し］

　更衣室で着替えていると隣のクラスの鳥居正隆が近づいて来た。彼は去年まで真と同じクラスで、数少ない友達の一人だ。 

「さっきおまえのクラスの女子、随分とやられてたな」 

　正隆はいきなりそんなことを言った。 

「見てたのか？」

 　真はどう答えるのが一番自然なのか分からず、とりあえずそう返した。

 「ああ、あれは明らかに一人を狙って攻撃してたからな」 

「でも、なんでだろうな？」

 　真にはそれが正直な疑問だった。白石はいつも孤独なのだから、人畜無害のはずである。人から妬まれたり、恨みを買う人間には到底なり得ない。

 「どうも妙な噂があるらしいんだ」

 　すると正隆は声を落として言った。 

「噂？」

 「ああ、どうやら彼女は不良らしい」 

「不良？」

 　真は驚いて訊き返した。にわかに信じられなかった。確かに白石はぶっきらぼうな所はあるが、決して不真面目というわけではない。毎日きちんと学校に通って、授業もしっかり受けている。

 　真は一日中隣に座っているから分かるのだが、彼女は不良なんかではない。<div>
</div><div>「何かの間違いじゃないのか」

 「女子が話しているのを聞いたんだがな、放課後ヤバい所に出入りしたり、校内でタバコを吸ってるって話だ」

 　ますます見当違いのことを言う正隆に真はついつい笑ってしまった。

 「そんなことはあり得ない。みんな、あのの娘を誤解している」

 「で、うちのクラスの女子にとってあれが制裁のつもりだったんだろう」

 　真の言葉を聞かずに正隆はなおも続けた。 

「制裁？」

 「そ、中途半端な不良は叩かれるんだよ」

 「どういう意味だよ？」 

　真は着替えの手を止め、正隆に訊いた。

「本物の不良だったら後が怖くて手が出せないだろ。けど、仲間もいなくて、身体も強くない不良なら叩いても平気ってわけさ」

「なっ･･････」

 　何とも勝手な論理だった。本当に制裁を加えたいのなら、むしろ本物の不良にこそすべきではないのだろうか。中途半端な不良なら、話し合いでけりが付く。つまるところ、これは単なる弱い者いじめに過ぎない。こんな馬鹿げたことに付き合わされてる白石が可哀想だと真は憤りを感じずにはいられなかった。 

「お前もあんまり関わらないようにしろよ」

 　正隆は最後に付け足し、立ち去った。

</div>

［＃改ページ］

［＃４字下げ］１０話［＃「１０話」は小見出し］

　教室に戻るとちょうどチャイムが鳴った。体育の後の休み時間というのはどうも短く感じられる。女子は着替えに時間が掛かるのか、まだ誰も戻ってきていなかった。

　それでも日本史の教師は何食わぬ顔で授業を始めた。しばらくして女子が次々と教室に戻ってきた。しかし、隣の席だけは時間が止まったかのようだった。

(白石はどうしたのだろうか？)

　真は心配になった。ボールが顔面を直撃したので保健室で休んでいるのかもしれない。

(何事もなければいいけど)



　日本史の授業は板書の量が半端ではない。教師は喋りながら次々と黒板に書き付けていく。真は白石の分も取ってやることにした。

　自分のノートの一番最後を丁寧に破り取り、同じことを二回ずつ写していった。真は教師の言葉を聞きもらさず、必死にノートを作った。こんなに真剣に授業に臨んだことは今まで一度もなかっただろう。

　黒板が何度も消され、二枚の紙にびっしりと文字が並んだところで白石が戻ってきた。鼻の辺りに湿布が貼ってあった。顔の半分が紫色に染まっている。

　教師に軽く会釈をし、自分の席に静かに腰を下ろした。彼女は周囲の視線を遮るように片手で顔を覆い、もう片方の手でぎこちなく教材を準備した。

　真は破ったノートを彼女に差し出した。

「これ、ここまでの板書」

　真は優しい言葉の一言でも掛けてやろうかと思ったが、どうもそれは彼女が望んでいることではない気がして言わなかった。


　白石は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに小さく微笑んだ。

「･･････ありがとう」

　それは初めて見る笑顔だった。湿布を貼った彼女の顔には気取ったところがまるでなく、自然な優しさに溢れていた。

(こんな顔で笑うんだ)

　真は少々意外に思い、たちまち心の中にぬくもりを感じた。白石に対して、間違ったことをしていないという自信が湧いた。

　その後、彼女は一度も真の方を向かなかった。次から次へと流れていく黒板を自分のノートに受け止めていた。それはいつもの彼女だった。

(白石の気持ちがなんとなく分かる気がする)

　白石の横顔を見ながら真はそう思った。中学時代、引っ込み思案で目立たない存在だった真は周囲から、やれ消極的だ。無気力だなどと言われ続けた。そんな自分は人より劣ると決めつけていた。挙げ句の果てに自分自身が嫌いになっていた。

　しかしそれは違った。自分だって毎日を精一杯に生きていた。たとえ人より優れた結果が出なくても、確かに日々を生き抜いていた。地味な人間も派手な人間と何ら変わりない。内に秘めたささやかな感情や主張もちゃんとある。それが周りの騒音にかき消されて、聞かせることができないだけだった。

　真はいつしか白石をいつかの自分と重ねているのかもしれなかった。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１１話［＃「１１話」は小見出し］

　翌朝、教室に入ってきた彼女は綺麗な顔をしていた。腫れも引いた顔を見て真は一安心した。もしかすると、学校に来なくなってしまうのではないかと危惧してもいた。

　しかし、その反面、彼女は他人の優しさに触れ、孤独でないことを悟ったのであるなら、彼女は必ず姿を見せてくれる。そんな自信も少なからず真にはあった。


　真は白石の姿を見て素直に嬉しかったが、すぐに彼女の異変に気付いた。様子がいつもと違う。はっきりとは断言はできないが、いつもの彼女らしさが消えていた。慣れないことをする前の緊張感が身体からひしひしと伝わってくる。こんな白石を見るのは初めてだった。

「おはようございます」

　白石は真の顔を認めると軽く頭を下げた。

(先に挨拶されるか･･････。妙な気分だな)

　真は積極的に白石が話掛けてきたことに少々驚いたが挨拶を返し、白石の顔を近くで観察した。唇が少し腫れている。それでも大きな腫れは見事に消え、つるりとした顔がそこにあった。

「おはよう。昨日は大丈夫だった？」

　真は優しく声を掛けた。

「はい、何とか」

　昨日のことをきっかけに、彼女は湯水の如く喋り始めるのではないかと期待したが、さすがにそういう具合にはいかなかった。彼女は席に着くと、それで会話を終わらせてしまった。

　お互いに言葉は交わさなくても真は白石の味方でいるつもりだった。この学校で自分だけは彼女の理解者でいる気でいた。

「あ、そうだ」

　白石は急に思い出したかのように声を上げた。しかしそれは、実はシナリオ通りで、彼女は切り出すタイミングを見計らっていたように思え、真は小さく笑みを浮かべた。

　そんな真を知らずに白石は鞄から何やら取り出した。それは派手な紙袋だった。赤と白のストライプがクリスマスを連想させた。上部にはご丁寧にもピンクのリボンまで掛けてある。

「はい、これ」

　白石はその紙袋を無造作に真の机に置いた。一瞬、何のことだか理解できなった真だが、状況から察するに、どうやらこれは自分への贈り物であるらしいと思い至った。
　
(もう少し説明が欲しいところだな)

　真は半ば呆れ横を見るも、すでに彼女の顔はこちらを向いていなかった。どう見てもプレゼントを人に贈るやり方ではない。

「これ、俺に？」

　真は半信半疑で確認してみた。

「そう。昨日のお礼」

　どうやら白石は日本史のノートのことを言っているらしかった。それにしても大げさな外装だった。中には何が入っているのか見当もつかない。

「別にお礼なんていいのに。ま、でも貰っておくよ」

　口ではそう言いながらも、真は嬉しかった。彼女との距離が一気に縮まった気がしたからだ。

「ノートが入ってるの」

　彼女はそう付け足した。ノートにしては紙袋が異様に膨らんでいる。どうやらノート一冊だけではなさそうだ。手に持つと、ビニール袋がかさかさと音を立てた。

　真はそれ以上、何も言わずに、紙袋を耳元まで持っていき、二度三度振って音を確認した。

　その真の行動に白石も小さく笑っていた。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１２話［＃「１２話」は小見出し］

　朝のようなイレギュラーがありながらも、いつもと同じ昼食時間を迎えていた。

　白石は相変わらずのんびりと菓子パンを食べている。それはまるで何かの作業のようで決して楽しそうには見えない。

　真は彼女に話掛けたくなった。少しでも彼女が楽しい気持ちになってくれればよい、そんな願いからだ。

　さっさと食事を済ませると真は白石から貰ったプレゼントを机の上に置いた。これをきっかけに、彼女と自然に話ができるような気がしたからである。

「白石さん、これ開けていい？」

「あなたの物だから、ご自由に」

　白石の言葉を受け、真が袋を開けると中からは、クッキーの詰まった透明な小袋と新品のノートが一冊出てきた。

「こっちはおいしそうだね」

　真はクッキーの小袋を手に持ち言った。昨日のお礼としては、やはり大袈裟に思われた。たかだかノートを書き写したぐらいで、お菓子まで付けるものだろうか。

「これって、もしかして、手作りとか？」

　白石はそう言われ、真の方に向き直った。

「いいえ。市販品を買ってきて、その袋に詰め替えただけ」

「そうなんだ」

(余計なことを言ってしまった)

　真は己の軽率さを呪った。

「私、料理は苦手だから」

　しかし、当の白石は特に表情も変えずにそう言うと、またパンを口に入れる作業に戻ってしまった。それ以降、白石が真の方に視線を向けることはなかった。


　しかし、その日を境に２人は多少なりとも話をする間柄になった。とは言え、彼女は積極的に話掛けてくるわけでもなく、真の言葉に相槌を打つぐらいのものである。しかし、それだけでも、大きな進歩だと真は満足気だった。

　その後、学校内で白石に対する露骨な嫌がらせは真の知る限りは起きることはなかった。それでも、悪い噂話だけは学校中に広まり、人を寄せ付けない性格と相まってか、彼女は次第にみんなから無視されるようになっていた。

<div>
</div><div>
</div><div>
</div><div><span style="line-height: 1.4;">　季節は移ろい、夏休みが目前に迫っていた七月のある日の休み時間のこと。</span></div>
　真の前に期末考査と三者面談が立ちはだかっていた。これらを乗り越え、初めて夏休みが許される。いや、試験の結果によっては、強制的に補習になることも考えられる。そうなると夏休みどころではない。

(そう言えば･･････)

　白石の成績はどうなのだろうかと真は興味がわいた。彼女は授業を真剣に受けてはいるものの、小テストの結果は芳しくない。以前、真が盗み見た小テストの点数は遊び呆けている真と、それほど変わらなかった。どうやら白石は本番に弱いタイプのようだった。



　椅子に背を預け欠伸を噛み殺した真の後ろを２人の女子が話をしていた。

「もう進路調査のプリント。提出した？」

「まだよ。これって、今度の面談の資料になるらしいから適当に書けないよね」

　２人の会話を聞きながら真は机の中から１枚の紙を取り出した。それは話題に上がっていた進路調査の用紙だった。未記入のそれを指で弾き真は天井を仰いだ。

(勉強が得意ではないし、これまで打ち込んできたスポーツもない。人付き合いも上手な方ではないし、これといった特技も見当たらない。･･････どんな将来があるのだろうな)

　先のことを考える時、真は決まって自己嫌悪に陥る。

(白石は将来のこと考えているのかな？)

　真は席を外し、無人の机に目をやった。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１３話［＃「１３話」は小見出し］

　その日の音楽室には男女混声の合唱が響き渡っていた。

　真のクラスでは八月の末に開催される文化祭で発表する合唱の練習が始まっていた。まだ現段階では、クラスの歌声は一つにまとまっていない。各自が独りよがりに声を出すだけでは、ハーモニーは生まれないのだ。

　練習をしていて真はおやっと思った。隣で歌う白石の声が驚くほど透き通っていたからだ。明らかに彼女の歌声は澄んでいる。まだ多少抑え気味ではあるものの、その声に確かな存在感があった。真は自分にはない才能を感じていた。

　その後、男女に分かれて数人のグループで発声練習をすることになった。その時も白石の声は他の者を圧倒するほど伸びていた。歌に主張が感じられる。

「白石さん、ちょっとお手本に一人で歌ってみて」

　その才能に気付いたのか音楽教師も白石にそう要求した。教師がグランドピアノを奏でた。その軽快な旋律に見事に融合するかのように、白石の歌声が重なる。彼女の歌は既に一つの完成型の域に達していた。もう練習する必要もない程だった。

　彼女の歌声を前にクラスの誰もが言葉を出せなかった。その美しい歌声に驚くばかりだった。

　歌い終わるとどこからともなく拍手が沸いた。みんなが顔を見合わせ、口々に白石を称えた。

　白石には素晴らしい才能があった。



「歌が上手いんだね。びっくりしたよ」

　授業後、音楽室から教室に戻るや否や真は白石に声を掛けた。この言葉を聞いた時、白石の反応は明らかにいつもと違っていた。その言葉をきっかけに、彼女の中で何かが動き出したようだった。

「そうかな？」

　彼女は照れを隠すように無感動を装って言ったが、真に向ける笑顔は隠しきれていなかった。それは、真の褒め言葉が彼女の心を揺さぶっているのを示していた。

「中学時代に合唱部に入ってたの？」

「ううん、入ってないよ」

　彼女は尚も嬉しそうな顔をして、首を振った。

「白石さんはいいよな。歌って特技があるからさ」

　それはお世辞でも何でもなく真の本音だった。

「でもね、私、他に何の取り柄もないから」

「いやいや、ホントに何もないのは俺の方だよ」
　
　これも真の本音だった。白石には綺麗な歌声がある。それに比べて真には人に誇れるものが何もない。正直、白石が羨ましかった。

(彼女は人前でもっと自信を持つべきだ)

　真は彼女の顔を見つめてそう思った。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１４話［＃「１４話」は小見出し］

「よかったらさ、一緒に帰らない？」

　期末試験が終わった後、真は思い切って白石に声を掛けてみた。

　教室の中は重圧から解放された生徒たちの笑顔で満たされている。みんな、この時を待ち望んでいたで競うように教室から出て行く。ずっと朝から缶詰だったここを一秒でも居たくないという心の表れだろう。

(なんで積極的になれたんだろうな)

　喧騒の中に産まれた静寂に真はどこか冷静になって分析していた。ただ、白石とはもっと話す必要があるという気がずっとしていた。

「･･････」

　白石は帰り支度の手を止め真を真っ直ぐに見つめ、すぐには答えなかった。

「ごめんなさい。また、今度」

　ふと、我に返ったかのように、再び鞄に移す教科書へと視線を戻し白石は言った。

「そう･･････」

　真は彼女はまだ己が想像しているほど、心を開いてはいないのだと寂しさを感じた。

「さよなら」

　白石は鞄を手にすると、教室を出て行った。彼女は部活に入っていない。

(家の用事か。いや、俺のことを意識的に避けてるのかもな)

　一人残された真はそう思うと気が重くなった。白石のことを諦め、とぼとぼと教室を出た。






　廊下のずっと先に白石の後ろ姿が見えた。

(いた)

　真が歩みを速めようとすると、突如目の前に他のクラスの女子が二人、割り込んできた。二人は目配せをすると身を屈めるように白石の背中を追っていく。

　真は一瞬にして全てを理解した。

(･････こいつら、白石の後を付けて、何か悪事を働かないか監視しようってわけか。･･････まだこんな嫌がらせが続いてたのかよ)

　真は苦虫を噛み潰したような表情で白石を追う二人を付かず離れずの距離でついていった。

　当の白石は何も気づかぬように校舎を出ると、そのまま校門を抜けた。<div>
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</div><div>　まるで刑事ドラマの尾行だった。真の前を行く二人はあれで探偵を気取っているつもりなのか時折、目配せを交えて白石を追う。真もそんな二人に続いた。もしも彼女らが白石に危害を加えるようなことがあれば、阻止しなければならない。

『放課後ヤバい所に出入りしたり、校内でタバコを吸ってるって話だ』

　いつだったか、鳥居が言っていた話を思い出した。白石に関するよからぬ噂だ。それをあの二人は見届けようというのだろうか。


　三人は坂を下り始めた。先頭を行く白石は、帰りも歩くのが遅かった。まっすぐ自宅を目指しているようには見えない。やはりどこかに立ち寄るつもりなのだろう。

　白石は足が絡んでしまうような、どこかふらふらした動きで進む。この後、誰かと待ち合わせをしている様子はない。

　そんな歩き方で白石は駅前通りを抜けていく。色鮮やかな商店街の飾り付けに目を奪われているようだ。
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</div>

［＃改ページ］

［＃４字下げ］１５話［＃「１５話」は小見出し］

　白石はようやく駅に辿り着いた。吸い込まれるように切符売り場の自販機の前で立ち止まった。

(定期を使わないのか。･･････寄り道するつもりか)

　彼女は壁に掲げられた大きな路線図を見上げた。確かな目的地があるようには見えない。右に左に何度か視線を動かしている。

　そんなふうにしてから、彼女は券売機で切符を買った。尾行する二人も、わざと別の列に並んで同じ切符を買う。真も二人に続こうとした時、中学生らしき一団が流入し、一気に列が渋滞した。

(しまった。これでは置いていかれる)

　真ははやる気持ちを抑えながら、先を行く彼女らの姿を目で追った。少し先に三人の後ろ姿を発見した。三人は順番に改札口に吸い込まれていった。

　券売機が空くのを我慢して待つ真の心だけが焦る。

(まだ行くなよ)

　真は切符を手にすると改札に駆け込んだ。どのホームかと辺りを見回す。一番手前のホームは乗客が多かった。この中に紛れているとかなり厄介だ。

　それでも真は諦めず、白石の姿を探す。そうこうしてるうちに、ベルが鳴り響き、列車が入ってきた。

(くそっ！)

　列車が壁となって、もう誰の姿も見えなくした。一段と焦りが募る。

　真は跨線橋を走った。しかしホームに届く直前に発車のベルが鳴り出した。慌てて階段を降りると確認の取れないまま列車に乗り込むしか方法はない。

(間に合え！)

　真の目の前で無情にも扉が閉じた。列車が動き出す。

(間に合わなかった･･･････)

　列車が去ってしまうと、ホームには静寂だけが残された。真は肩で大きく息をする。

　疲れはまるで感じなかった。ただ白石を想う気持ちで一杯だった。

(彼女の身に何も起きなければいいが)

　新しい視界が開けていた。奥のホームが見渡せた。向こうはローカル線で乗客もまばらだった。

(んっ？)

　そこに白石の姿があった。こちらに背を向けて立っている。真はほっと胸を撫で下ろすと階段へと向かった。

(何とか追いつけたか)

　しかし、全ては偶然がもたらした結果だった。ちっとも彼女を守っていることにはならない。真は自分の無力さを感じずにはいられなかった。

　列車が来るまでには少し時間がある。同じホームに降り立つのは目立ち過ぎる。跨線橋の上で真は列車が来るのをしばらく待った。

(ん？)

　白石から少し離れた場所に二人の女子もいる。

(あいつら。まだいるのか)

　列車がやって来る頃には、いつの間にかホームは混雑していた。そんな大勢の人々に紛れるように真と列車に乗り込んだ。

　白石は出入口付近に立ち、ずっと窓の外を見ている。少し離れた座席に二人の追跡者が腰を下ろしていた。

(しかし、白石はどこまで行くつもりなんだ)

　この路線は海沿いを走って隣町までつながっている。真の買った短距離切符では数駅までしか乗れない。

　白石は二つ目の小さな駅で下車した。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１６話［＃「１６話」は小見出し］

　ホームからは初夏の海が見えた。夕方とは言え、昼間とは変わらぬ熱気が身体を包む。

　白石はゆっくりと改札まで歩いていく。

(･･････そろそろ、かな)

　真は二人に小走りで近づいた。白石の背中が見えなくなったのを確認してから、小さく声を上げた。

「おい、待てよ」

　前を行く二人が同時に振り返った。

「あんたは･･･」

「彼女に近づくのは止めろ」

　なぜか真には、尽きることのない勇気が湧いていた。日頃、人に声を掛けるのも躊躇するくらいなのに見知らぬ女子を相手にこれほどきっぱり注意できるのが不思議でならなかった。まるで怖いと思うことさえなかった。胸に宿った正義を貫く気持ちが真を支えてくれていた。

「か、関係ないでしょ！」

　片方が感情的な声を張り上げた。その声があまりにも大きかったので、先を歩く乗客が一斉に振り返った。すかさず駅員も飛んできた。

「どうしましたか？」

「いえ、何でもないんです」

　もう片方が努めて穏やかに言った。乗客の多くが足を止め、何事かとこちらを見守っている。

　その中に白石の顔もあった。

(しまった、見つかった)

　思わず真は白石の視線から逃れるように顔を背けた。

　駅員への説明が続いていたが、真にとってそれはもうどうでもよかった。

「私たちは同じ高校の知り合いなんです」

　そう言って一人が有無を言わさず、真の腕を引っ張った。そして、三人揃って何事もなかったように改札を出た。

　改札の先には白石が待ち構えていた。

(白石はどんな気持ちでいるだろうか)

　真はまだまっすぐに彼女の顔を見られなかった。

「あなたたち、私をつけてきたの？」

　白石が口を開いた。その声はひどく挑戦的なものであった。その響きに、二人の女子もさすがに恐れをなしたのか何も言わずにその場をさっさと立ち去った。

　しかし、真はその場で動けなかった。いつしか駅に人の流れはなくなっていた。駅の待合には白石と真だけが取り残されている。

(どう説明すれば分かってもらえるのだろうかな)

　真の頭にはただそれだけが巡っていた。

「あなたも私をつけてたの？」

　白石は意外にも穏やかな声で言った。

「うん。･･････いや、君のことが心配でつい。ごめん」

　言葉が喉に引っかかるように真が素直に話した。

「そんな心配、要らないのに」

　小さく息を吐いた白石は背中を向けるとさっさと歩き出した。真も無言でその後に続く。

　駅のすぐ裏は海が開けていた。白石はコンクリートの階段を下りていく。途端に潮の香りが強くなった。

　海開きはまだからなのか、海岸に人影はなかった。遠くの方でかすかに犬を散歩させる人の姿が見えた。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１７話［＃「１７話」は小見出し］

　目の前に海の家がひっそり並んで建っていた。入り口は木の板で覆われていてまるで大きな積み木のようだった。

　白石がその片隅に鞄を置いた。そして靴を脱いで、さらに靴下まで脱ぎ捨てた。

　裸足となった白いブラウスの少女は、まっすぐ波打ち際まで駆けていった。両足が砂を巻き上げて、足跡が彼女を追う。速く、そして力強く砂を蹴る。

　学校生活を無感動に過ごす白石とはまるで別人だった。あれは仮の姿でこちらが本当の姿ではないのか、と疑ってしまうほどである。

　砂を跳ねていた長い足はついに波打ち際にまで達した。白い少女は初めて海を見た子どものように、無心になって波と戯れた。

　打ち寄せる波に合わせて身体を動かす。その動きはしなやかで、躍動感に溢れていた。

(裸足の･･････女神)

　真はいつか美術館で見た絵画を連想しながら白石のダンスを見守った。

　激しい動きに疲れたのか、しばらくして白石は戻ってきた。もう海を十分堪能したと言わんばかりの満足気な顔だった。

　真の前にやってきた。少し呼吸が乱れていた。白い足は砂で汚れていた。

「こういうのが、青春なんでしょ？」

「えっ？」

　突然の問いかけに呆気にとられる真を見て白石は笑った。白い歯が印象的だ。真には学校の彼女は別人だと思えて仕方がなかった。

「ううん、何でもない。ただこんな風に一度やってみたかったの」

　それは不思議そうに見つめる真への説明らしかった。

　真はしばらく白石の言葉の意味を考えた。しかし、意味が分からなかった。

「これですっきりしたわ」

　白石は足に残った砂を手で払い落とし、真の横に腰を下ろした。

「実はね、家族と一緒にこの海に来たのよ。昔」

「へえ」

「でも、それは青春とは言わないでしょ？」

　真は思わず笑ってしまった。

「今日はあなたと来たから、青春よね」

　しかし、白石は真面目な顔のままそう言った。

(あぁ、そうか)

　白石の言いたいことが何となく分かる。学校以外の場所で友達と会うのが楽しいという意味なのだろう。

(そうか、俺を友達扱いしてくれるのか)

　真は途端に心が軽くなった。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］１８話［＃「１８話」は小見出し］

「兄弟はいないの？」

　真は大丈夫だと思い踏み込んだことを聞いてみた。

「姉ならいるわ。双子の姉が」

「双子なの？」

　真は質問の答えてくれたことにも、その内容にも驚いた。

　今まで見ることのなかった白石の表情に学校の白石と目の前の白石はひょっとすると別人ではないのだろうかと真は思ってしまった。

(どこかで姉妹が入れ替わっているとか、いや、あり得ないな)

「双子ってことは、やっぱり顔も似てるの？」

「そう、瓜二つ。あなたには見分けがつかないかも」

(やっぱり！ 彼女が妹なら、学校にいるのは姉の方だ)

「君は妹？」

　あり得ないと思いながらも、真は質問を続けた。

「そうよ」

「じゃ、お姉さんはどこの学校に通っているの？」

「今は行ってないんだ」

　白石は少し答えにくそうに言った。それは高校に進学しなかったということか、それとも中退したという意味なのか真にわからないが、いずれにせよ、それ以上突っ込んで聞け雰囲気ではなかった。


　二人はしばらく沈黙した。寄せては返す波の音がこの世界を支配していた。それは途切れることのない一定のリズムでとても心地良かった。

　真は白石の歌声のことを考えた。白石の澄んだ歌声をクラスメートだけで聞くのは勿体ない。学校中に響かせたいと。とりわけ、彼女を無視する連中に届けるべきなのだと。彼女の隠れた一面を知れば、きっと誤解を解くだろうし、敵意はなくなるだろう。

(何か方法はないだろうか)

　その時、真がひらめいた。毎年、秋に開かれる学祭。そこでは生徒によるバンドコンサートが開かれる。

　真は思わず立ち上がっていた。

「白石さん！」

　彼女に強い視線を投げかけた。

「一緒に学祭のコンサートに出場しないか？」

「コンサート？」

「そう！」

「あなたと歌うの？」

　白石は少し躊躇いがちに尋ねた。

「いや、俺は無理。音痴だから」

「でも、一緒に、って？」

「俺は楽器をやるよ。そうだな、ギターの演奏だ」

「弾けるの？」

　なかなか痛いところを突かれた。

「去年、親父からギターを譲ってもらったんだけど、全然。でも、これを機に弾けるようになればいいんだろ？」

　白石はじっと真を見つめていた。少しも目を逸らさなかった。彼女は思いがけない提案に心を動かされたようだった。しかし、すぐに表情を曇らせた。

「けど、みんなの前で演奏するんでしょ。大丈夫なの？」

「大丈夫さ。君が歌ってくれるなら俺も頑張って弾けるようにする」

「･･････分かったわ、一緒に出ましょう」

　白石は力強く言ってくれた。



［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］第二章［＃「第二章」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］１９話［＃「１９話」は小見出し］

　真は家に帰ると、着替えもせずに押し入れを開けた。去年の暮れに父親から譲り受けたギターの保管場所は分かっていた。

　ギターを手にしたばかりの頃の真はまるで大人になったような気がして嬉しく毎日本体をケースから出しては磨き、基本動作の練習に余念がなかった。しかし、いつの間にかその熱も冷めてしまった。ギターを手に入れるのと同時に自分は格好良くなった気でいた。それですっかり満足してしまった。ギターの練習を続ける動機が極めて弱かったのだ。

　だが今回は違う。確固たる強い動機が真にはあった。これは白石のため。自分に課せられた仕事のように思われた。

(今回はやり遂げないとな)

　埃の積もったケースを開け、ギターを取り出すとそう誓った。


　とりあえず、真は構えてみた。そして思いのままに弦を弾いた。アコースティックギターの六本の弦が創り出す乾いた音が部屋中に響き渡った。指の動かし方は体が覚えているようだ。しかし、この状態から舞台に立てるようになるまでにどれだけ時間を要するのか、考えるだけで真は気が滅入っていた。

　選曲は白石に任せてあった。真の仕事はその曲を演奏するだけ。彼女がメインで気持ちよく歌えるようにサポートする。ただそれだけだった。

　一通り全音階を出してから、真はギターを傍らに置き、カーテンを大きく開けて夜空を見上げた。

　翳りのない星空を眺め、白石のことだけを考えた。

　砂浜を駆け、波と戯れる少女は学校で見る彼女とはまるで別人だった。日頃の抑圧から解放され、自由に身体を動かす彼女には笑顔が溢れていた。

　そして、彼女は双子の妹だった。顔の似た姉がいるという。それを聞いた時、彼女の持つ不思議さが全て説明できるような気がした。しかし、今になって考えるとやはり彼女は不思議なままである。何一つ白石のことを理解できていなかった。

　真にはどうしてこれほど彼女のことが気になるのか。その理由が分からなかった。




　翌朝、白石は先に教室に来ていた。真の姿を認めると、すかさず立ち上がった。

「おはよう」

　白石は少し照れたような表情でそう言った。真には、こんな短い挨拶にも彼女の朗らかな気持ちを感じ取ることが出来る気がしていた。

「おはよう。曲は決まった？」

　席に着くなり真は早速訊いた。

「うん。でもその前に、昨日はいろいろとありがとう」

　白石は頭を下げた。

「いや、こちらこそ、無理言ってごめんな」

　彼女は小さく笑みを漏らした。

「それで、曲の件なんだけど」

　これほど明るい白石の顔を今まで見たことがなかった。

「どんな曲？」

「ここではみんながいるから･･････。お昼休みにちょっと付きあってほしいの」

「いいよ」

「じゃあ、食事が終わったら体育館裏に来て」

「分かった」

　真は白石が自分から積極的に話掛けてくれることが何より嬉しかった。これをきっかけにさらに親しくなれる。そんな予感を抱いた授業中、真は何度も白石の横顔を盗み見た。

　垂れてくる長い髪を持ち上げるようにしてノートを取っている。彼女もこちらの視線には気づいていて、それを意識しているようだった。

　しかし、彼女は馴れ馴れしく話掛けてはくれなかった。やはり学校ではどこか感情を抑えているように思われた。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］２０話［＃「２０話」は小見出し］

　昼食を食べ終えると白石は席を立ち、黙って教室を出ていった。しばらくしてから真もその後を追う様に教室を出た。

　確かに体育館の裏は人気のない場所で、内輪話をするにはこれ以上最適な場所はないのかもしれない。

　指定の場所に到着してみたものの白石の姿はなかった。

「こっちよ」

　辺りをキョロキョロ見回す真に突然そんな声が空から降ってきた。見上げると彼女は体育館に併設された階段の上にいた。

「ああ、そこか」

　真もスチール製の階段を上り始めた。階段は歩く度に金属の和音が周りに響き渡す。階段は途中で折れ曲がっていて、ついに地上からは見えなくなった。

「こんなところがあったなんて、知らなかったな」

「実はね、ここから体育館のステージ裏に出られるの」

「へえ」

　それも真には知らないことだった。階段の突き当たりにはドアが付いているが、鍵が掛かっているのか、こちらからはびくともしなかった。

　白石はそのドアを背に腰を下ろした。その隣に真も座った。朝からの日差しを受けて階段はほのかに温められていた。

　幅が狭いためか、並んで座ると妙な圧迫感がある。白石と身体が接触するほど近かったせいで真は少し緊張した。

　そんな真とは対称的に白石は案外平気そうな顔で楽譜を取り出した。

「これなんだけど」

　手渡された譜面を真はざっと眺めた。それがどんな曲調なのか、すぐには分からなかった。

(本当に数週間後にこの曲を弾けるようになっているのか？

　真の頭に不安が過った。

「この曲は、君のお気に入り？」

「そう、ね」

　真の質問にやや含みのある言葉で白石が答えた。

「ちょっと歌ってみてよ」

「いいわよ」

　彼女は柔らかなハミングでメロディーを表現していく。真は目で譜面を追った。

　爽やかな曲調の少しアップテンポな曲だが、メロディは比較的シンプルで、コードを押さえるにはそれほど苦労はない。これが真の感想だった。

(何より白石の声質に合いそうな曲だな)

「どうかしら？」

　一通り歌い終わると白石は真の顔を覗き込むようにして訊いてきた。

「いいと思うよ」

　真にとっても白石が好きな曲なら何の問題もなかった。

「これ誰の歌なの？」

「私も知らないの。でもいい歌でしょ？」

「そうだね」

　そうは言ったものの真はすぐに違和感を覚えた。好きだと言う割には、誰の歌かは知らないと言う。それは少々妙な話だった。それならば白石はどうやってこの歌を知ったのだろうか。楽譜まで用意しているのに誰の曲か分からないはずはない。

(･･････そんなことより)

　真にはそんな些細な疑問よりもこの楽曲を特訓することが先だった。伴奏がしっかりできるようになって、初めて白石と音合わせが可能となる。今のままではかなり先の話になりそうだった。

　真は彼女に一週間の猶予をもらって、一人で練習を開始することにした。
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［＃改ページ］

［＃４字下げ］２１話［＃「２１話」は小見出し］

　夏休みが始まる直前に文化祭の案内が生徒に配布された。

　クラスやクラブ主催の催し物が企画され、模擬店もいくつか予定されていた。そしてコンサートの参加者も発表された。

　白石が真とコンサートに出場することを知ったクラスメートは、誰もが驚きを隠せなかった。教室は、しばらく二人の話題で持ちきりになった。

　それもそのはず。日頃孤独に過ごす白石と、地味で目立たない真が一緒にステージに上がると言うのだ。驚かない方が不思議だった。

　そんな中でも白石はいつも通りマイペースだった。周りの声には一切無反応だった。一方、真は人々の注目を浴びるようになり、教室は居心地が悪いものとなった。こんな時、人前でどんな顔をすればよいのかが真には分からない。

　体育の時間、友人の正隆が立ちはだかった。真の性格をよく知るだけに一番驚いたのは彼かもしれない。

「おい、本気かよ？」

　開口一番いきなりそんな言葉を投げかけた。

「あぁ、もちろん」

「学校中の笑い者だぞ」

「どうして？」

「どうしてって、分かるだろ。よりによって白石と一緒だなんて。一体どういうつもりなんだ？」

「彼女は歌が上手いから大丈夫だ。むしろ心配なのは、俺のギターの方だ」

「そういうことを言っているんじゃない。どうしてあんなヘンなヤツと組むんだ？」<div>
「別にヘンじゃないさ。みんな彼女を誤解しているだけだ」</div><div>
「どうなっても俺は知らないからな」

</div><div>　平行線を辿る議論に正隆は怒ったように言い残し立ち去った。真は不安な気持ちを焚きつけられた。

</div><div>(二人して学校中の笑い者、か。確かに俺には人に誇れる才能はない。けど、俺が一人でステージに立つわけじゃない。彼女がいる。彼女の歌声はきっと学校中の生徒を魅了するに違いない。ギターはそんな彼女の邪魔にならない程度でいいのだ。きっとうまくいく)</div><div>
</div><div>　真はそう自分に言い聞かせた。</div><div>
</div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　夏休みに入ると真はギターの練習に明け暮れる毎日だった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span></div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　自分でも着実に上達しているのが分かる。最初はおぼつかなかったコード進行も、今では完璧に頭に入っていた。後はいかに自然に演奏できるようになるかだけだった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span></div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　白石とは明日、学校で会う約束になっていた。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］だが一刻も早くギターを聴かせてやりたかった。これだけ仕上がっていれば、音合わせだって十分可能である。それに自身の上達ぶりを彼女に褒めてもらいたかった。［＃小さな文字終わり］</span></div><div><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　不意に真は白石の携帯に何度か電話を掛けてみた。しかし、呼び出してはいるものの一向に出る気配はなかった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span></div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　諦めた真はギターを抱えて一人学校へ出向いた。明日になれば彼女と会える。焦る必要はないにも関わらず。［＃小さな文字終わり］</span>
</div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span></div>

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［＃４字下げ］２２話［＃「２２話」は小見出し］

　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　学校は夏休みも開放されている。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］校門付近は木陰が揺れ、蝉の声が辺りに充満していた。門をくぐって、校舎へと向かう。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　グランドからは練習に打ち込む運動部員の掛声が聞こえてくる。それに覆い被さるように、音楽室からはトランペットの不安定な音が流れていた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真の足は体育館へ向いていた。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］コンサートに出場する連中が体育館で練習していることを知っていた。そんな彼らの様子を見ておきたいという気持ちからだ。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　体育館に近づいていくと、様々な楽器が入り混じって聞こえてきた。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］それとなく館内に目を遣ると、グループ同士が集まって練習に励んでいた。入念に音合わせをする者、本番さながらに演奏するバンド、激しいダンスをする女子がひしめき合っている。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真には一人でその中へ入って行く勇気はなかった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］そこで白石に教えてもらった裏の階段を思い出した。あそこなら静かで練習には最適かもしれない。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　ギターケースを担ぎ直して真は歩き出した。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　やはり思った通りだった。体育館から楽器の音が漏れてはいたが、人の気配はまるでなく、ひっそりとしていた。まさに穴場と呼ぶに相応しい。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真はケースからギターを取り出し、階段を上がった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］階段を折れたところで、人の気配を感じた。先客が居たのか。思わず視線を上げると、そこには白石の姿があった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は心底驚いた。まさか彼女と出くわすとは思ってもみなかった。白石も［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］突然の来訪者にびっくりして、慌てて何かを隠すような仕草を見せた。しかし、真［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］はその手が覆い隠した物を見逃さなかった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　タバコの箱だった。彼女は人目につかないこの場所で吸っていた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「ああ、もうびっくりしたじゃない」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真の姿を認めると彼女はそんな風に言った。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］しかし、その声は不自然に大きく、裏返っていた。明らかに動揺を隠せないといった様子である。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「やあ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は冷静に言った。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］やはり、白石はタバコを吸っていた。しかも校内で吸っていた。その行為はひどく挑戦的なものに思えた。噂は本当だった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は知らずに怒りがこみ上げてきた。これまで彼女を擁護してきた自分が、ひどく惨めに思われた。コンサートに参加する気も一気に失せてしまった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「それ、前から吸っていたのか？」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は彼女を睨んで言った。有無を言わせぬ強い口調となった。自分にはそれを言う権利があると思った。白石［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］はあっさり観念したようだった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「ごめんなさい」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「俺に謝ってどうするんだよ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は吐き捨てるように言った。ひ［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］どく裏切られた気分だ。これまで必死になっていた自分が裏でせせら笑われていたような気がした。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真の問いに白石は何も答えなかった。ただうつむいていた。まるで粗相をした召使いが主人から許してもらうのをじっと待っているようだった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　コンサートの参加を取りやめようかと本気で考えた。今辞退すれば、恐らく後ろ指をさされることは目に見えている。しかし今の心理状態で白石と一緒に出場する気にはなれなかった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「俺、帰るよ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　そう言ってギターのネックを持ち直すと彼女に背を向けた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「待ってよ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　そんな強い声と同時に、彼女の手が僕の腕を掴んだ。意外にも強い力に思わず振り返った。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「ごめんなさい。もう吸わないから」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　嘆願するよう小さく口が動いた。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］これほどに弱々しい白石を見るのは真も初めてだった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真はしばらく何も言わなかった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］どうしようかと考えていた。折角お互いがここまで来たのだ。自分が我慢して、これまでの関係が続けられるならそれでもよいと思った。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「分かったよ」［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は彼女の手を振りほどいた。［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「じゃ、私これを捨ててくる」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「それは後でいいよ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　校内でタバコの箱など捨てたら、余計に問題が大きくなりそうだ。とりあえず学校側には知られたくなかった。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「校外で人に言えない場所に出入りしている、ってのも本当？」［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真は強い調子で訊いた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「えっ？」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　白石はポカンとした表情になっ［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］た。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　それは誤魔化しや嘘のない自然な反応に思えた。本当に思い当たる節はないようだった。どうやらそれは噂に過ぎなかったようだ。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真の心に少しだけ安堵感が生まれ、よう［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］やく白石の隣に腰を下ろす気になった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］相変わらず体育館からは様々な楽器が奏でる不協和音が流れていた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「でも今日って、約束の日じゃなかったわよね」［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「ああ」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　ある程度演奏できるようになったから君に聴いてもらいたかった。そんな口まで出かかった言葉を真は飲み込んだ。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］代わりにギターを構えて静かに演奏を始めた。白石に上手く聞かせようという気持ちが緊張感を生む。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　ギターからは濁りのない澄んだ音が溢れ出した。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］彼女はその音色に驚いたようだった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］途中から彼女の歌声が重なる。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　途中コードを間違え、調子を狂わせてしまったが、白石はそのまま歌い続けた。［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　こんな自分の伴奏でも彼女の歌を支えているのが分かった。真［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］は彼女がこの歌を唄うのを初めて聴いた。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］彼女の歌声は淀みなく、力強く伸び切っていた。それは、人知れずこの歌を何度も練習した証に思えた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　演奏を終えると白石は肩を揺らすように拍手をした。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「上手ね、素敵だった」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　その言葉に真は少し照れくさくなった。［＃小さな文字終わり］</span><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］しかし手応えを感じたのも事実だった。これならコンサート当日までにもっと技術を磨けるような気がする。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　真には充実感が湧いていた。高校生活でこれほど心が満たされる出来事は今までなかった。［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「明日はどうする？　また一緒に練習する？」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　白石が尋ねてきた。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「いや、感じが掴めたからもう少し一人で練習してみる」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　今弾いてみて分かったのは、思ったより歌のテンポが速いということだ。コード進行に気を取られて、どうも自身のギターは彼女の歌声に置いていかれている。ここは改善すべきところだろう。それが克服できたら、また音合わせをすればいい。彼女の方に問題はないのだから、わざわざ一緒に練習する必要はないと真は思った。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「それなら、明日は時間空くよね？」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　白石が切り出した。それは最初から考えていた台詞のようだ。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「そうだね」［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「あのね、明日の夜、お祭りに行くんだけど、一緒に行かない？」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　明日は地元の夏祭りの日だった。［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「あぁ、すっかり忘れてたよ」［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　小学生の頃は両親に連れられてよく行ったものだが、最近は行ってなかった。ギターの練習の合間に出かけるのも気分転換になるかもしれない。［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「いいよ、一緒に行こうか」［＃小さな文字終わり］</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>
　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］「うん。よかった」［＃小さな文字終わり］</span>
　<br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif; font-size: 14px; line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］　白石は格別の笑顔を見せてくれた。［＃小さな文字終わり］</span>

　<span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: 'Lucida Grande', sans-serif;  line-height: 21px; background-color: rgb(237, 247, 255);">［＃１段階小さな文字］
［＃小さな文字終わり］</span>


［＃改ページ］

［＃４字下げ］２３話［＃「２３話」は小見出し］

　その日は真にとって時の経つのがやたら遅く感じられていた。加えて朝から何をやっても手につかない感じだった。

(どうしてだろう)

　真は一度構えたギターを傍に置いて考えた。白石が積極的に自分を誘ってくれた。人と接することを頑なに拒否してきた彼女からの誘いだけに、真は内心驚き、また嬉しさもひとしおだった。

　これまで地元の祭りなど大して興味も湧かなかった。人混みよりも静かな場所の方が自分の性に合っていた。

　しかし、今回だけは違った。夕方がとても待ち遠しく感じられた。誰かが自分を待っているという期待感に心がわくわくする。

(白石も同じ気持ちでいるのか)

　少しばかり口元が緩くなっている気がするのを感じながらも、気をつけろよといつか正隆が言っていたのを思い出した。

　確かに彼女は学校でタバコを吸っていた。周囲の悪い噂は本当だった。あの時ばかりは真も正直、彼女に騙されていたのだと感じた。しかし、彼女は開き直ることもせずにいきなり謝った。

　その瞬間、真には何故か彼女を他人とは思えない見えない鎖で繋がっているような気がした。

(あの感覚は何だったのだろうな)

　本来なら彼女を突き飛ばして、さっさと立ち去ることだってできたはず。しかし、その場に踏みとどまった。コンサートの出場も取りやめよう、頭ではそう結論を出しておきながら、実際にはそんな気はさらさらなかった。

　むしろ、彼女とこれからも一緒に居よう、そんなことを考えたのだ。

(なんでだろうな)

　彼女の孤独をこれ以上放ってはおけないと思ったのだろうか。でも、それは真が引き受けるべき仕事ではない。

(いや、そうじゃない。そんな仕事だからこそ、自分にしかできないんだ)

　真はそう考えた。だが、心のどこかでは白石のことを完全に信じられない自分もいる。タバコが見つかって、彼女はひどく慌てていた。瞬時にこの先の不利益を予測した筈である。

　もしかすると、祭りに誘ったのは実はまるで別の考えがあってのことではないかという気さえもしていた。すなわち、このままではコンサートに出られなくなってしまう。彼女としてもその機会だけは失いたくなかった。そこで自分との関係を修復しておこうと算段した。例えそうであるなら、彼女は真のことを最大限に利用しようと考えていることになる。

(別にそれでも構わないか)

　どこか寂しさはあるが、それで彼女の学校生活に弾みがつくのであれば、それでよいのかもしれない。そう真は考えていた。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］２４話［＃「２４話」は小見出し］

　白石とは校門前で待ち合わせをしていた。

　夕方、約束の時間には少し早かったが、真は家を出た。夏の夕日はまだ空高く残っている。外に出た途端、昼間と変わらぬ熱気に包まれた。手足が動く度に、身体にまとわりつくようだ。

　その途中、真は浴衣姿の若い女性たちと遭遇した。この暑さの中、みんな屈託のない笑顔を見せていり。今夜は花火大会がある。彼女たちはそれを楽しみにしているのかもしれない。

　真は約束の時間より、30分以上も早く着いてしまった。

　もちろん、そこには白石の姿はなかった。鉄の門扉は閉じられている。この時間、生徒はみんな帰ってしまい、校内はひっそりと静まりかえっている。

　ただ、職員室には明かりが点いていた。どうやら先生だけ残っているようだ。

　門扉は施錠されてはおらず、少し力を入れるだけでゆっくりと開いてくれた。

　真は校内に入った。そして、身を隠すよう体育館に向った。自然と足は例の階段に向いていた。時間を潰すには丁度いいかも知れない、と真は考えた。

　空はどこまでも茜色で細長い雲が幾筋も浮かんでいる。体育館の裏側には夕日は差し込んでいない。そのため、あらゆる物が黒い影と化していた。

　昼間の印象とはまるで違う。どこか寂しげな雰囲気が漂っている。
　
　真はゆっくりと階段を登り始めた。

「真くん！」

　突然、頭上から声がした。弾かれたように真は顔を上げた。

　そこには白石がいた。彼女も周りに同化して、ただのシルエットだった。白いブラウスだけが妙に浮かび上がっていた。

　昨日、ここで見たのと同じ服装である。彼女はずっとここに居たような錯覚を覚えた。まるで時間が止まっているかのように感じられた。

「白石さん、どうしてここに？」

　真は思わずそんな声を掛けた。

「まだ時間には早いでしょ。だから待ってたの」

　夕暮れが彼女から顔の表情を奪っていく。感情を読み取ることは叶わない。

　まさか、またタバコを吸っていたのではないか。

　真は瞬時に彼女の周りを確認した。

　しかし、そんな形跡はなかった。もとより、彼女が慌てていないところを見ると、それは的外れのようだ。

「大丈夫よ、心配しなくても。吸ってないよ」

　白石は真の心の内を知ってか、笑ってそう言った。

　安心したのも束の間、真は白石を信じてあげられなかった己が恥ずかしくなった。


「いつからここに？」

　しかし、すぐに気持ちを切り替えて尋ねた。

「今、来たばかりよ」

「それならいいんだけど」

「ヘンなの」

　白石は大袈裟に笑った。明らかに彼女の気分は高揚している。祭りを楽しむ準備がすっかり出来上がっているのようだった。

「それじゃあ、行きましょ」

　二人は階段を下りると誰もいない校庭を抜け、一気に校門まで駆けていった。

　真は誰かに見つかりはしないかとスリルを味わっていた。白石も笑いながら走っていた。


［＃改ページ］

［＃４字下げ］２５話［＃「２５話」は小見出し］

　しばらく歩いて行くと、徐々に祭りの喧騒が二人を包み込んだ。

　大きなウサギの風船を持った子どもが、お父さんの手に引かれて歩いてくる。食べ物を頬張りながら闊歩する中学生らとすれ違った。

　白石は左右に屋台が並ぶ道をゆっくりと歩く。そんな彼女に歩幅を合わせて真もゆっくりと歩いた。

　真はふと、桜の季節を思い出した。

(そう言えば、初めて会った日も彼女はこうして物珍しそうに歩いていたよな)

「お祭りは初めて？」

　真は白石に訊いた。

「初めてじゃないわ。昔、家族と一緒に来たことがあるの」

「俺も同じだ」

「そうなの？　今は？」

「一緒に来るような友達もいないからな。もうずっと来てなかった」

「私もそう」

「お互い、友達がいない者同士って訳だ」

　真がおどけて言うと白石は髪を揺らして笑った。


「でも、今日は違うよね」

　そして、真面目な顔で言った。白石の瞳は真をしっかりと捉えていた。



　祭りの屋台は昔と何ら変わらない。焼き物を売っているすぐ横で、金魚すくいをやっていたりする。ゲームが普及した今でも、昔ながらの素朴な遊びをしたくなるのは何故だろう。ゲームの原点が実はここにあるからかもしれない。


　真は白石と射的の屋台に来ていた。

　白石は身体を曲げるようにして銃を構えた。そして、的のぎりぎり近くの所で発射した。だが、的は当たってもびくともしなかった。熱くなって何度かやるも、戦利品は小さなクマのぬいぐるみ一つだけであった。

　白石の隣で真は『才能』というものを考えていた。

　白石には歌という立派な才能がある。では、自分には何があるのだろうか、と。

　さっきは似た者同士だと笑ったが、才能では白石の方がはるかに上回っていて、自分は彼女の目にはちっぽけな人間に映っているはずで、それがひどく情けないものだ、と。


　辺りがすっかり暗くなって人々が大移動を始めた。どうやら花火大会が始まるようである。二人も堤防を上がって、並んで土手に座った。仄かに夏草の薫りがした。


　花火が一発打ち上がる毎に観客の歓声が沸いた。漆黒のキャンバスに真っ白な模様が描かれる。その模様は重なりあって、予測のつかない複雑な造形を生む。同時に身体を芯から揺さぶる大音響が見る者を圧倒する。

　真はこっそりと白石に視線を向けた。白石の目は大空に描き出される、瞬間の芸術にすっかり奪われているようだった。その一つひとつを、目に焼き付けるように見入っていた。

(やっぱり、白石のことが好きなんだろうな)

　恋心と呼ぶにはまだ形ははっきりとはしていない。しかし、白石の不思議な魅力に真は確かに惹きつけられている。

(白石はどう思っているのだろうか？)

　真は白石の横顔を見ながら考えた。白石は真の気持ちに少しでも気づいているのだろうか。

(今はただ彼女と一緒に居たい)

　真は静かにそう願った。


　

［＃改ページ］

［＃４字下げ］２６話［＃「２６話」は小見出し］

　それはあっという間のショーだった。最後の一発が夜空を彩ると、辺りは急に静けさを取り戻す。火薬の匂いだけが河川敷に残されていた。あちこちで拍手が沸き起こっている。

「とても綺麗だったわ」

　そう言って、白石は立ち上がるとスカートのお尻を叩いた。真も黙って腰を上げた。

　花火大会が終わると、一斉に観客が同じ方向に動き始めた。家路を急ぐという目的は皆同じ。人の波が延々と遠くまで続いていた。

　二人はそんな波に押し流されるように堤防を進んだ。

「はぐれちゃいそうね」

　白石は真の手を握った。真も無言で握り返り、黙ったまま白石のことだけを考えた。

(この手の温もりを大切にしたい)

　そう思った。






「ねえ、ちょっとそこで休まない？」

　白石の指は小さな公園に向けられていた。

「そうしようか」

　二人は人波から離脱し、堤防を下っていった。小道を行くと誰もいない空間に出た。真ん中には外灯が立っていてその下にベンチがひっそりと置かれた公園だった。

　握っていた手を思い出したかのように離すと、白石はベンチに腰掛けた。

　真の手にはまだ白石の温もりが残っていた。手が離れた後も、手が少し汗ばんでいたのが分かる。風を受けてすうっとする感じがあった。

　真は公園の外に自販機を見つけると、ジュースを買って戻って来た。一本を白石に手渡してから横に腰掛けた。

　真の耳にはまだ花火の余韻が残っている。空を見上げれば、続きがまた打ち上がるような気がする。

「今日は、来てよかったね」

　ジュースを一口飲んでから白石が言った。

「ああ」

「今夜は楽しかった」

　白石は心底嬉しそうな声で言った。

「これが青春ってやつかな？」

　真はいつかの台詞を思い出して言った。

「そうね。･･････これが青春」

　白石は笑った。頭上の明かりが二人の姿を闇に浮かび上がらせていた。それはまるで舞台に立つ役者を思わせた。真は自然とコンサートのことが頭をよぎった。

「昨日、真くんのギターを聞いてびっくりしちゃった」

　白石が突然言い出した。

「どうして？」

「だって、最初は全然弾けないって言ってたし。本当はギターやってたんでしょう？」

「いや、本当に弾けなかったんだ」

「嘘。すぐに上達するはずないわ」

(君のために毎日練習したんだ。君の顔を思い出して弾いていたんだ)

　そう言ってもいいのだろうか。真は自問自答した。しかし、それは躊躇われた。

　白石は黙って真の顔を覗き込んだ。何も言わずにただ凝視している。まるで言葉を待っているようだ。

　しかし、どんな話を切り出せばよいのか真には分からなかった。

　お互いが言葉を譲り合って、気まずい空気が流れていく。


　白石は真から視線を戻すと、真っ白な足を交互にばたつかせるようにした。

「どうして今日は俺を誘ってくれたんだ？」

　真は思い切って訊いてみた。やはりどうしても訊いておかなければならないことだった。

「実は話しておきたいことがあって」

　白石は神妙な顔をして言った。

　この日の白石は様々な表情を持っていた。これほど感性豊かな少女だったのかと驚くほどに。教室の彼女はやはり別人に思われた。

「もしよ」

　白石が言葉を切った。

「もしも、私が芸能界デビューするって言ったら、どうする？」



［＃改ページ］

［＃４字下げ］２７話［＃「２７話」は小見出し］

「えっ、芸能界？」

　あまりにも唐突な言葉に真の思考は追いつけずに自然とオウム返しとなった。

「そうよ」

　白石は大きく頷いた。その顔には、いたずらっ子のような表情が浮かんでいた。何かの冗談なのだろうか。

「それって、本当の話？」

「一応は本当。でもまだ、正式に決まった訳ではないんだ」

　真の頭の中は混乱していた。ただ漠然と白石と離ればなれになる運命を想像していた。

「いつ、デビューするの？」

「まだ決まってない」

「どういうきっかけで？」

「スカウト。中学の時に」

(あぁ･･･なるほどな)

　真は白石の答えに納得した。そういうことなら歌の上手さも合点がいった。


　芸能界という遠い世界がこれほど現実味を帯びてくるなんて真は考えたこともなかった。身近でこんな話が沸き起こることもあるのだと少々感慨深くもなった。

　しかし、まだ分からない点もある。確かに白石は整った顔立ちをしているし、歌声だって普通の高校生とは思えないレベルにある。それらは確かに芸能界で通用するのかもしれない。

　だが、性格面はどうだろうか。彼女は人と交わるのが決して上手な方ではない。果たしてそれで芸能界を渡り歩いていけるのか。

(いや、違うな)

　真は思い直した。これから芸能界へ進むことでどのみち学校を辞めることになる。だからこそ学校ではあんな振る舞いをしていたのではないか。友達をろくに作らなかった理由もそこにある。

　これまでの彼女の不思議さも少しは説明できるような気もした。

　しかし、どうして白石はこんな話をしてくれたのだろうか。どんな反応を期待しているというのだろうか。

　真は思考がまとまらず、もうこれ以上に掛ける言葉も見付からなかった。

「はぁ、何だかすっきりした。あなたに隠し事するのはどうも後ろめたい気がして」

　白石は夜空を見上げて言った。真には長い髪の横顔は今までとはまるで違って見えた。

　芸能人という、自分とは無縁の資質を持っているからに違いない。

「家族の人は知っているんだろ？」

　横顔に真はそう投げかけた。

「うん、家族には言ったわ」

「反応は？」

「両親は一応賛成みたい。お前の好きにしなさい、って」

「双子の姉さんは？」

「猛反対。あなたには向かない、だって」

「ふうん」

　顔のよく似た双子の姉。彼女は今、どんな気持ちでいるのだろうか。真には想像も出来ない。

「でも、お姉ちゃんの言うことは正しいかもしれないよね」

　意外な言葉だった。姉の意見を素直に受け入れるというのは随分と慎重な態度である。普通なら他人の忠告に耳を貸さず、一人で突っ走ってしまうところだ。

「家族以外には言ってないの？」

「ええ。あなたが初めてよ」

　真は嬉しいような、寂しいような複雑な気分になった。確かに打ち明けてくれたことは素直に嬉しいのだが、やはり手放しで喜ぶことができない。彼女が雲の上の世界に行ってしまったら、もう会うことさえままならない。

「でもさ、中学でスカウトされたんだろ？ どうしてすぐに行かなかったの？」

「そのまま東京に行ってしまうのが、何だか怖くて。地元で高校生活をちゃんとしたかったんだ」

　白石の言葉に真は一つの疑問を生んだ。

(芸能プロダクションってのは、そんなに待ってくれるものなのか？ 他にも才能ある若い子はたくさんいるだろうに。なぜ、白石なんだ？)

「それで、君としてはどうなの？ やっぱり芸能界に入りたいのか？」

　真はややぶっきらぼうに訊いた。今の気持ちがそのまま表れてしまった様だ。

「あなたはどう思う？」

　しかし、白石は逆に訊き返してきた。白石の人生なのだから自分で決めればいいと思える。他人にあれこれ言う権利もない。だが、もし白石がいなくなってしまったら、それはそれで寂しさもある。

　今、学校生活の中で芽生えた心の充足感もあっという間に消えてしまうだろう。それだけは充分に想像出来た。

「俺には芸能界なんて未知の世界だから、何のアドバイスも出来ないよ。けど、君がやりたいと思うことを正直にやればいいと思う」

　白石は頷いて聞いていた。

「分かったわ、今日はどうもありがとう」

　白石はそう言って先にベンチから立ち上がった。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］２８話［＃「２８話」は小見出し］

　白石と別れてから真は一人歩きながら考えた。花火に酔いしれた人々のうねりは、今ではすっかり消えていて、夜空だけが静かに彼を見守っていた。

　鈴虫の鳴き声が耳を捉えて離さず、それはまるで激しい雨のように迫ってきた。

(彼女は芸能界にスカウトされていた)

　白石の言葉を聞いた時、真の頭は真っ白になっていた。それほどの大物を相手にしていたのかと、全身が震える気がした。

　確かに才能がある。それは素人目からもおぼろ気に分かっていた。しかし、芸能界デビューを約束されるほどのものとは思ってもみなかった。

(そう言えば･･････)

　コンサートで歌おうとしているあの曲はひょっとすると彼女のデビュー曲なのかもしれない。以前彼女は誰の歌なのかは知らない、と言っていた。あの時は違和感を覚えたが今にしてみれば、まだ世間に発表されていない曲なのだから、それもあながち嘘ではなかった。

(白石はどうするつもりなんだろうな)

　自分の思い通りにすればいい。真は彼女にそう言った。しかし内心では芸能界など不確実な世界ではなく、このまま高校生活を共に過ごし、現実の世界に留まってほしいという願いも少なからずあった。

　真は二人は一つのチームだと勝手に決めつけていた。彼女を支えてやるのは自分しかいない。そんな思い上がりがあった。笑止千万である。

　白石は他人を必要としてはいない。今、自らの力で飛び立とうとしている。真は立ち止まると道端の石ころを蹴飛ばした。それはどこか草むらへと吸い込まれていった。一斉に鈴虫の声が止むと辺りは静寂に包まれた。

　一呼吸おいてから、真は月夜の道を再び歩き始めた。

(白石のことを誤解してたのかもな)

　真の頭に新たな思いが浮かんだ。彼女は学校生活で少しも孤独を感じてはいなかったのではないのだろうかと。

　彼女にはしっかりとした考えがあった。近い将来、芸能界へ進むには高校を中退せねばならない。当然、友人とも別れることになる。だったら最初から友人を作らないのが得策と考えたのではないか。彼女は敢えて孤独の道を選んでいたのではないかと。

　真は無意識に夜空を見上げた。無数の星が降りかかる。

(それでも、自分の想いを伝えるべきだったのかな。そして、芸能界へは行かないでほしいと正直な気持ちを言ってもよかったのかな)

　正解の分からない問題を抱えたまま真は家路へと急いだ。




　白石との音合わせを数日後に決め、真はまた一人でギターの練習を再開した。

　しかし、今までのように身が入らない。白石はコンサートでデビュー曲を披露して、みんなの前から姿を消すような気がしていたからだ。しかし、それは彼女に相応しい幕引きなのかもしれない。

　真は彼女に振り回されてばかりいるように思えた。彼女が学校生活に溶け込めるように、コンサートへの参加を提案したというのに、最初から学校を辞める気でいたなら、それも必要なかったということになる。

　真はギターを仕舞った。

「どうすりゃいいんだよ」

　煮え切らない感情が溢れ出ていた。




　次の日、ポストに一枚のハガキが入っていた。それは白石からの暑中見舞いだった。表に住所が書いてある。いつか彼女と行った海近くの町だった。

　裏を返すと、風鈴とスイカの絵の横に見覚えのある文字で言葉が添えてあった。

「ギターの調子はどう？　コンサートうまく行くといいね。夏祭りはとても楽しかったよ。いい思い出になりました、本当にありがとう」

（いい思い出･･･か）

　真はハガキを握りしめたまま、切ない気持ちになった。やはり、彼女は芸能界に進むことを決意したのだろう。いい思い出というのは、芸能界に入る前の最後のいい思い出ということなのだろう。

　白石の心は確実に動き出している。彼女は一人で立派に自分の道を歩き出した。真の力に頼る必要などない。

　今度のコンサートに出場することに果たして何の意味があるのだろうか。真は彼女を誘った自分がひどく惨めに感じられた。

　白石は普通の高校生として人生を送るような人間ではない。もっと大きな夢が待っている。

(白石をしっかり芸能界へ送り出してやろう。そう、彼女を愛している自分だからこそ、それを全うする義務がある)

　真は吹っ切れた様に心が軽くなる気がしていた。

(コンサートが白石にとって最後の思い出になるのなら、それをよりよいものにしなけりゃならない。それがオレの責任だ)

　真はハガキを机の隅に立て掛け、ケースからギターを取り出した。

(もっと練習しよう。それで、学校中の生徒の拍手で彼女を送ってやろう)

　強くそう思っていた。


［＃改ページ］

［＃４字下げ］２９話［＃「２９話」は小見出し］

　日が流れて行き、いよいよ文化祭が明後日に迫っていた。

　この日、真は白石と最後の練習をすることになっていた。真は鳥居に電話を掛け、リハーサルに立ち合ってもらえないかと頼んだ。第三者からの客観的な意見を聞いてみたかったからである。

　鳥居も最初は白石と関わり合いたくないと断ったが、お前の頼みなら仕方ない、と最後は渋々了承してくれた。

　体育館には朝から出場者が続々と訪れている。本番の出演順にステージでの演奏が認められていた。そんな中、もギターケースを抱え、校門にやって来た。

　白石は木陰で真を待っていた。真の顔を認めると白石は弾かれたように駆け寄った。

「おはよう」

　夏の日差しを一杯に受け、彼女の顔は輝いていた。

(こうやって見ると、確かに美人だよな。高校生としては。やや大人びた顔立ちに綺麗な髪も似合ってるし。やっぱり、テレビの中の存在になってしまうのかな)

　真はそんなことを考えながら挨拶を返した。その後、二人は肩を並べ、文化祭の立て看板の横をすり抜けて行った。

　体育館ではすでに演奏が始まっていた。流れてくる曲の完成度の高さに真は自然と身が引き締まった。

　出番を待つ間、各組は自由に練習してもよいことになっている。真は校庭の片隅で、白石と音合わせをすることにした。

　話したいことが山ほどある筈なのに白石の前ではまるで言葉が出てこなかった。

　真は横目で隣を歩く彼女を見た。彼女の表情からは迷いは見られなかった。芸能界に進むことを決心したに違いない。後は真っ直ぐ進むだけである。何の躊躇もないはずだ。

(それに比べて俺は･･････)

　白石との別れが着実に近づいている。そんな不安な気持ちばかりが身体を襲う。何とかして彼女とは別れたくない。抑えきれない心の叫びは彼女まで届いているのだろうか。

　こんな気持ちで果たして呼吸を合わせることができるのだろうか。

　真は自嘲気味に小さく笑った。



［＃改ページ］

［＃４字下げ］３０話［＃「３０話」は小見出し］

　二人は木陰に入った。ここからは校庭が見渡せる。時折吹く風が木々の葉を揺らし、乾いた音を奏でた。

　しばらくすると約束通りに鳥居が現れた。彼は不機嫌そうな顔で立っていた。まだ白石を敬遠しているような感じだ。

　そんなことは構わず真は紹介を始めた。

「鳥居、こちらが白石麻衣さん。彼女の歌は最高だぞ」

　次に白石の方を振り返った。

「こちらが、俺の友達の鳥居正隆。去年同じクラスだったんだ」

　白石の目がわずかに輝いた。どうやら、最初の観客となる人物に興味を持ったようだ。

「真君のお友達？　よろしくお願いします」

　お辞儀をすると髪が肩からこぼれた。


「よし。じゃ、ちょっと弾いてみるから、聴いてくれよ」

「はいはい」

　鳥居は軽く手を挙げ、石のブロックに腰掛けた。

「じゃ、行くよ」

　真は白石に目で合図を送った。


　前奏が始まった。この前奏のパートだけでも真は何度練習したことか分からなかった。今ではもう身体に染みこんでいる。

(ここまでは俺のペースだ)

　真の右腕だけが曲をリードする。そこへ白石の歌声が合流してくる。

　彼女の澄み切った声が辺りに響き渡った。それは校庭の隅々までも届いているようだ。そして、ついには大空へと吸い込まれていく。

　鳥居の顔がみるみるうちに変わっていくのが分かった。

(予想通りだ)

　真の思惑通り鳥居は予期せぬものを目の当たりにし、度肝を抜かれたように口をぽかんと開いたままでいた。

　その反応に真の中に自信が湧いた。

　ペースはどんどん上がっていく。真は白石の歌声にしっかりついていけている。

　真は腕が痺れるほど、強く速くストロークした。身体が浮かび上がってくる感覚。このまま歌声に乗って、どこか遠くまで飛んでいけるかのように思える。


　彼女は最後までしっかりと歌い上げた。しかしまだ伴奏は続く。

(まだ最後の一仕事がある。白石を無事に送り出すんだ。悔いのない様に旅立ちを見守ってやろう)

　真はただそれだけを考え、最後まで力強く弦を弾く。


　そして、最後の弦を弾いた。演奏が終わると校庭には静けさが訪れていた。

　しかしギターの音色がいつまでも鳴り止まぬ余韻があった。演奏は終わったというのに、周りの空気は共鳴し続けていた。

　鳥居は立ち上がって拍手をした。驚いた目をして、いつまでも拍手をし続けた。

　それに重なるように、別の拍手も聞こえてきた。音の行方に目を向けると、鉄棒付近に８人ほどの人垣ができていた。

(いつからいたんだよ？)

　演奏中はまったく気づかなかった。彼らは互いに顔を見合わせて頷き合っている。

　真は白石が隣で自分に視線を向けているのが分かった。その視線を痛いほどに感じながら、ゆっくりとギターを置いた。


「凄いよ」

「上手だったわ」

　近付いて来た鳥居と白石の声がぶつかった。真の中には、満足感だけがあった。ついに完成したんだ、と感慨が湧いた。

「ホント、凄いよ。格好良すぎる。どうやってこんなにできるようになったんだよ？」

　鳥居は興奮しているようだ。

「いや、凄いのは俺じゃない。彼女の方だ。俺は引き立て役に過ぎないよ」

「確かに白石さんの歌は上手だった。なんつうか、プロっぽいって言うの？高校生の次元じゃない」

　
「ありがとうございます」

　鳥居の賛辞に白石は小さく礼を言った。

「けど、お前のギターも良かった。圧倒的な迫力が感じられた」

「私もびっくりした」

　鳥居の言葉に賛同して白石も横から言った。

「前よりも、うんと上達してた」

　二人の言葉を聞いて、真は素直に嬉しくなった。

(白石と組んでよかった。彼女がいたから、ここまで来られた)

　真は見えないように小さくガッツポーズをした。

「これは、ひょっとすると優勝も狙えるかもな」

　鳥居が真面目な顔をして言った。



