［＃ページの左右中央］

［＃１字下げ］ショートショート［＃「ショートショート」は大見出し］
［＃ここから１６字下げ］
［＃ここから２０字詰め］
絹革音扇
［＃ここで字詰め終わり］
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］お仕置き［＃「お仕置き」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］お仕置き［＃「お仕置き」は小見出し］

「またあなたはこんなことして。何度言ったらわかるの？」
「だって･･･」
「だってじゃないの！もう、何回言っても分からないんだから。押入れにでも入ってなさい！」
「ふんっだ。押入れなんか怖くなんかないんだから」
「あら〜？泣き疲れて寝ちゃった子は誰だったっけ？」
「そんなの知らないもん！」

　スーッと押入れの襖が開けられた。

「華恋、入りなさい」
「･･･やだ」
「怖くないんじゃなかったの？」
「ねぇママ。もう絶対やらないから！ね、ね？いいでしょ!?ね？おねがい！」
「この前もそんなこと言ってなかったかしら？」
「だってホントに真っ暗なんだよ？自分の手だって見えないんだよ？」
「そうねぇ。怖いわよねぇ」
「でしょう？でしょう？」
「だからお仕置きなの！」
「･･･はい」

　少女は観念し押入れの中に入る

「じゃあね」

　また、スーッと襖が閉められた。

「ああ暗いなぁ。怖いなぁ」
「うるさいわよ〜。反省してないみたいだから延長しましょうか」
「嫌だな〜反省してるに決まってるじゃん。ただちょっと寂しいというか不安というか」
「さってと、お買い物行かなきゃ。サイフサイフ」
「えぇ!?行っちゃうの？ママ〜」

　ガタガタ

「ちゃんとストッパーは万全よ」
「そんな〜」



「!?」

　

　少女は押入れの奥に広がる漆黒の闇を凝視する。

「ママ〜？ママ〜？ママ!?」

　

　母を呼ぶ少女の声は震えている。

　

「なに？トイレ？帰ってくるまで我慢してね」

　

　母は玄関で靴を履いている。

　

「･･･いる･･･誰かいるの！」

　

　少女の声は確信の声に変化していった。

　

「いってきま〜す」

　

　押入れの襖が外の声を遮断する。

　キー

　

　無常にも玄関のドアが開かれる。

「待って！ちょっと待って！ママ！」

　

　懇願する少女の声は尋常ではない。

　

　ガタガタガタ！！！！

　

「何か！誰かいる！」

　

　外の活気にあふれた音が部屋の中に充満している。

　母は夕暮れ時の街へと世界を移す。

　

　バタン

　ガシャ

　

　玄関の鍵が掛けられた。


「ママァ！ママッ！待ってっ！ママ！ママアアアアア！」

ガタガタガタガタガタ！！！！！
ドンドンドン！！！

　

　部屋には襖を叩く音が鳴り響く。

　

　少しだけ外のにぎやかな音も漏れてくる。

　
　

　少女はゆっくりと奥を見る。

　

　そこにはただの闇が広がっていた。

　

　

　だが、その闇からはいつもとは違う空気が押し寄せてくる。

　

　

「うそ･･･イヤだ･･････イヤ･･･ちょっと来ない･･･ママ」

　

　見えずとも本能でわかることもある。

　

　何かが近づいてきていることをこの少女は察知していた。

　

　

「助けて･･････助けて！助けてえええええ！」

　
ガタガタガタガタガタガタガタガタ！！！！
ガタガタガタガタガタガタガタガタ！！！！
ガタガッ







カタカタカタッ･･･カタ
　

　


　

　

　あなたも押入れに子供を入れるときは中をちゃんと確認しましょう。
寝る前はベッドの下とかもね。

　

　
　　　　　　　［　　終　　］　　　　　　　　　
　

　

　



［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］たとえば･･･［＃「たとえば･･･」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］たとえば･･･［＃「たとえば･･･」は小見出し］

「たとえばさ。おっきな雲が空に浮かんでるとするでしょ？それが人みたいだったり、飴みたいだったり、車みたいだったり、地球防衛軍みたいだったりするでしょ？そういうのを見るとちょっとだけでも、嬉しくならない？」
　

　と、先客は振り返った。

　学校の屋上というものは、漫画やドラマなんかと違って、普通は出入りが難しい所である。それが授業中ともなれば尚更で、人気など皆無であるハズなのだ。普通は。

　

　屋上に出るには、容易に生徒が行けないようになっている梯子を昇らなければならない。この梯子は、平均身長の男子が手を伸ばしても届かないような所にあって、脚立かなにかが無い限り、昇ることは出来ない。

　

　よしんば、昇れたとしても、屋上に通じる扉には堅く鍵がかけられているから、一般の生徒は在学中に一度も屋上に出ることなく卒業していくのだ。普通は。

　

　だが、透馬は男子の平均身長よりもだいぶ背が高く、運動神経もよい。特に垂直跳びでは学年一だった。彼はいわゆる不良というヤツなのであるが、一応ＨＲといくつかの授業には顔を出すことにしている。卒業くらいは、ちゃんとしたいと思っているからだ。

　

　彼は律儀な不良だった。だが、そうとはいっても、授業に出るのはかったるいし、たまにはサボりたくなるものだ。偶然にも屋上へ通じる扉が壊れていることに気付いた彼は、たまに屋上へエスケープすることにしていた。

　

　誰も場所でのんびりと昼寝する。なんたる幸せで平穏なひと時であろうか。だが、その平穏も数日前から破られることになる。

　

　ひとりの少女の存在によって。

　

　

　今日も透馬が扉を開けると、しっかりコートを着込んだ少女が手すりにもたれて空を見ていた。上履きのラインは赤。３年生だ。つまりは、透馬よりも一学年先輩にあたる。それにしては小柄で、背の高い透馬の胸の辺りまでしかない。透馬はうんざりした声に、かすかな諦めを込めて言った。

　

「また居るのかよ、センパイ。受験生じゃねぇのか？」

　

「いいんだよー。あたし、推薦決まったもん」

　

　センパイと呼ばれた少女は空を見たまま答える。透馬はその答えを鼻で笑い、貯水タンクの上で寝転んだ。あの小柄な少女がどうやって屋上に来れたのか、疑問を持たないでもないが、実際にここにいるわけだし、幽霊なんてオチは期待していない。

　

　それよりも、睡眠時間の確保の方が彼にとっては大事だった。しかし、少女が屋上に現れるようになってから、まともな睡眠時間を確保出来た例がなかった。

　

　今日も少女の存在を忘れ、うとうととし始めている時に聞こえてきたのが、先ほどの「たとえば」から始まるいつもの言葉だった。明らかに透馬に話しかけてきている。透馬は不機嫌さを隠さずに、けれども律儀に答えた。
　
「なるか、馬鹿。特に最後のはなんだ。意味が分からん上にあり得ねぇだろ」

　

「ひっどいなー。先輩に向かって馬鹿はないでしょ。馬鹿は」

　

「１８になって、地球防衛軍とかほざいてるヤツは馬鹿で十分だ」

　

「残念でしたー。あたしは１月生まれだから、まだ１７でーす」

　

「あぁ、だからちっこいのか」

　

「なっ、ちっこいのは関係ないもん！クラスのちはるちゃんは２月生まれだけど背高いよ！」

　

「そうか。じゃ、精神年齢に比例してるんだな」

　

「うー、馬鹿！まぬけ！デカかぼちゃ！脳味噌が豆腐通り越しておからのクセに！」

　

「小学生か、お前は。意味分かんねぇし」

　

　わざわざ透馬が寝そべる貯水タンクの上にまでやってきて罵詈雑言を浴びせかける少女に、透馬は呆れながらもツッコミを入れた。

　

「ふん、もういいもん！」

　

　少女は透馬にかまうのに飽きたのか、貯水タンクの縁に座って足をぶらぶらさせながら、また空を見上げ出した。

　そんな少女の背中を眺めながら、透馬は自問自答した。

　

　何故、自分は睡眠時間を阻害されると分かりながら、屋上にやってくるのか。もちろん、いつもいつも少女がいるワケではないのだが、いる確率の方が高いの。他にも昼寝をするのに適した静かな場所が、ないわけでもない。何故、そっちへ行かないのか。と。
　

（･･･たとえば、コイツが卒業しちまって、もう二度と屋上に現れないと知りながら、うっかり見上げた空に面白い形の雲が浮かんでたとしたら、きっとコイツのことを思い出すんだろうな）

　

　出会ったのはつい数日前。３年だということは知ってるが、名前もクラスも知らない。推薦で受かったという学校名はおろか、大学なのか短大なのか専門なのかも知らない。
　
　向こうも自分のことを知らないだろう。もし廊下ですれ違っても、知らんぷりするような仲だ。ただ、屋上での短い時間を共有するだけの仲。

　

　それだけなのに、気になる。
　

　言っていることは幼いし、動きも小動物みたいに落ち着きがない。外見は中学生と言っても通用するだろう。
　
　結論は出ている。

　

　見ていて飽きないのだ。見ていて、話していて面白い。だから、また屋上に来るのだ。

　

　彼女が卒業するまで･･･。

　その後のことは、その時考えればいいと結論付けて、透馬は目を閉じた。
　

　透馬が再び目を開けた時、少女はもういなかった。代わりに一冊のノートが風に煽られページが捲られていた。
　

（アイツのか）
　

　のそりと起き上った透馬はノートを手に取った。表紙にはローマ字で名前が書かれていた。
　

（３－Ｃのイクタさんね･･･）
　

　また明日も来るだろう。そう思い透馬はノートを手に屋上を後にした。

　



［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］君と花火と流星と［＃「君と花火と流星と」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］起［＃「起」は小見出し］

　&nbsp;８月１１日、午前２時の出来事。

２−Ｄ　齋藤飛鳥
&nbsp;同じく２−Ｄ　藤堂修仁
　

　
　&nbsp;彼等は高校の屋上のベンチで微妙な距離を取りながら座っていた。

&nbsp;　普段通い慣れてるこの高校も夜中となれば雰囲気が全然違って凄く新鮮なのだが、朝から若干曇り気味だったことも後押しして結構肌寒かった。

 「今日、本当に見れるか？」

 　心配そうに呟いた修仁は携帯を取り出し時刻を確認した。

 　色が薄く、シャギーを入れてある、男子にしては長めな髪。それに顔が童顔な故に、時々女子にも間違えられるのだが、修仁はれっきとした男の子だ。

　

　こんな夜中に制服では補導されてしまうので彼の服装はジャージにＴシャツという簡易な服装だった。
 本当はパーカーを羽織っていたのだが、今は飛鳥が着ている。

　そしてその彼女、肩に掛かる程度の髪は夜の暗さで隠れそうな位黒くて控えめなウェーブが掛かっている。顔は子猫、と言って伝わるかどうか曖昧な所だがとにかく可愛い。クラスの中でも人気が高い紛れも無い美少女だ。

 「見れるよ、きっと！」

　その飛鳥が満面の笑みで答える。


　

　そもそも、なぜこんな時間にこの場所にいるかというと、先週、飛鳥が見たニュースがきっかけだった。


 　流星群が来るらしい。
　
　ニュースを見て、こんな電話がすぐに来た。

　

　ペルセウス座流星群というらしい、毎年同じ時期に出没する定常群らしく。比較的に見やすいので子供達の自由研究とかにもオススメとか。

 　流星群を見たことがない修仁と飛鳥は興味が湧き、すぐさま作戦を練った。

 　企画書の題名は『Shooting Star』

 　そのまんま流星と名付けられたこの企画書。夏休みだというのに学校に２人は集まり、自分達の教室でその企画書に色々と必要な事、 主に屋上の合鍵作製、夜中の学校侵入経路、当日の予定などの作戦とその手順を細かい所まで詳しく、２人で相談しながら決めたことを書き込んだ。

　レポート用紙に１８枚、小さい子にもわかる図解付きだ。途中意見の食い違いがあって喧嘩したため、作るのに４日もかかってしまった。


　そして企画書通りに事を進め、なんの障害もなく今に至る。


 　屋上で見ると決めたのは、『星に抱かれる感じがして良い』、『高い所で見た方が星に近くて絶対綺麗だから！』と主張する飛鳥の意見が通ったからだ。

 「もしかしたら星に手が届くかもよ？」

 　微笑みながらそんなことを言っていた彼女に少しときめいたのは修仁だけの秘密だ。


　しかし、いざ屋上に行ってみたら微かだが問題が発生した。 確かに見晴らしはいいのだが･･･

　

「少し、寒いな」

 　手に息を吹きかけて小さく呟いた。寒くなると予想が出来なくて、待ち合わせ場所に薄いパジャマとバックという軽装備で来た飛鳥に上着を貸したので当然修仁の装備が薄くなったのだが。まさかここまで寒くなるとは予想出来なかった。軽く身震いをすると隣で飛鳥が心配そうに声を掛けた。

 「大丈夫？やっぱパーカー返した方がいい？」

　と言いながら上着のチャックを開けて行く飛鳥を修仁は引き止めた。

 「いや、大丈夫だから着てなさい、ってかそのパジャマを見せるな」

 　気付いてないかもしれないがパジャマの材質が薄く少し下着が透けている。上着を貸した理由の一つだ。修仁は直視出来ないでいた。

 「そう言ってもねぇ、借りてる以上こっちにも罪悪感があるのよ」

（いや、むしろこっちとしては目のやり場が困るのでずっと着てて欲しいのだよ）

　

　修仁は声なき声で訴えた。
　

　
&nbsp;「本当に大丈夫だから着てて、大体そしたら齋藤が寒くなるだろ？」

 「そうだね、じゃ･･･」

 　飛鳥は少し考えてから、上着の半分を羽織り、

 「･･･こうしよ！」

 　残り半分を修仁に見せた。入ってこい、という事らしい。それを見た修仁は軽くため息を吐いた。

 「齋藤、お前いつもそういう事してるから俺と付き合ってるって間違えられるんだぞ、そういうのは控えなよ」

 「寒いんでしょ？来ないの？」

 「いや、だからな」

「来ないの？」

 「だから、」
「来ないの？」

 　修仁は畳み掛けるように声を重ねられた。飛鳥の顔を見ると多少怒っているように見える。

 「不束者ですがよろしくお願いします」

 　修仁は頭を下げ、お邪魔することにした。
　

　だって怒ってる。恥ずかしくても入るしか修仁に選択肢はなかった。

　

　

　パーカーには彼女の温もりと甘い匂いが少し移っていた。

「はいどうぞ、狭い所ですがゆっくりしていってね」

 　飛鳥は笑う。

（俺のだよな？）
　

　修仁は首を捻りつつもう一度時計を確認した。
　

　時刻は午前２時半。


　流星群はもうとっくに始まっている時間帯だ、結構明るいので多少は曇っていても見えるはずなのだが･･･

　修仁が横に視線を移すと、肩に寄り掛かる飛鳥の小さな頭があった。


　慌てて修仁は視線を携帯の画面に戻す。
　

　飛鳥の宿を半分借りてから８分が経過した。それと同時に２人の会話が途絶えても８分が経過していた。

　

　



［＃改ページ］

［＃４字下げ］承［＃「承」は小見出し］

「ねぇ･･･」

 　飛鳥が声をかけたのは更にそれから５分ほど経ってからだった。

　

　
　修仁に寄り掛かる飛鳥の頭からは柔らかく甘い香りが微かに漂っていた。そんな状況に堪えられず、修仁は携帯のアプリを飛鳥からは見えないように角度を調整して気を紛らすためにやっていた。

　

「えっ！何？」&nbsp;
　

　緊張して返事が若干裏返ってしまったが、修仁はなんとか返事を返せた。


「私ね、修仁の事大好きだよ･･･」

「･･････」



 　修仁は無言で携帯を仕舞った。画面には設定が雑なＲＰＧのボス戦の戦闘画面が映っていたが、仕舞った。どうやら片手間に聞ける話ではないらしい。データならスリーブされてるはずなので大丈夫だろう。

 　構わず飛鳥が続ける。


 「修仁とバカやったり、一緒に先生に怒られたり･･･そんな毎日が凄く楽しかったよ」

 「楽しい、だろ？過去形にすんなよ」


　そんなことでしか反論が出来ない修仁。それは、修仁も飛鳥が好きだからだ。友達としてではなく多分、１人の女の子として。


　

　

　中学時代から友達同士になった２人は２年になった辺りから色々と暴れ回った。
　

　体育祭中にゲリラで種目に入ってない競技をやるように仕向けたり、先生とガチンコの追いかけっこをしたり、学祭でマイクジャックをやったり、卒業式では人気のない廊下にスプレーカンでみんなで落書きをしたりと、面白そうなことを友達を巻き込みながらやってきた。


　でも、その飛鳥の様子がおかしくなったのは今年の５月辺りからだ。

 「齋藤じゃなくて、下の名前読んで」

　

　最初はそんな辺りから始まり、６月頃からやたらくっついてくるようになった。手を繋いで来るようになったし、抱き着かれたりもした。
　
&nbsp;
　高校の１年辺りから修仁も徐々に気になり始めていた。
　

　けどなにか違った。


　恋人と勘違いされたりしたことも何回かあった。

　
　&nbsp;修仁も飛鳥が好きだ。

　それは違わない。


　けど、恋人なんて生温い関係じゃないはずだった。


&nbsp;（思い出させてやんないと。齋藤に、俺達の関係を）

　
　修仁は''その関係''を守る為に今まで告白はしなかった。
　

（それなのに、それなのに、ちくしょう。お前にだけ楽な思いはさせてやんねぇよ）


 「ねぇ、修仁･･･」


 　ピタリと接近してる分、飛鳥が震えてるのが修仁には分かった。その震えは寒さからでは訳ではないだろう。しかし、その初々しく可愛い震えすら自省した修仁にとっては苛々する材料にしかならない。
　

　さっきまで隣に飛鳥がいることに緊張していたのが嘘のように今は冷静になっている。
　

（やっぱスイッチが変わると人って変わるものだな）
　

　修仁はしみじみ思った。つまり今の彼は･･･

（かなり･･･めちゃめちゃ怒っているんだよ！抜け駆けなんかさせてたまっか！）

　
&nbsp;「修仁･･･もしよかったら私と･･･」

　ズパァァァンとえげつない音と共に修仁のデコピンが飛鳥に炸裂した。

 「おい、齋藤。今の台詞･･･その先も言うつもりか？しばくぞ？」

　修仁は努めて冷静に言った。しかし、飛鳥にとっては理解出来ないでいた。全力で放てば小動物位なら殺せそうな威力あるそれは、もはや達人の域に達している。


「!?、!?、!?」

　

　何も考えることが出来ないのだろう、頭を抱えて、ただじたばたするだけ。そのせいで２人が羽織っていたパーカーがずり落ち、少し寒い。

「!?、!?、あ、あぁあ」

　しばらくして正気をとり戻した飛鳥はちょっと考えてからやっと怒鳴り出す。

「あんた！何考えてんの？人が柄でもないしんみりした雰囲気に告白しようとしてんのに！ってか何？あのデコピンの威力は？極めたの？」

 「あぁ、極めた」

 　修仁は笑顔で返す。

 「誇らしげに言ってんじゃねぇよ！最後に何て言った？しばくだぁ？先にしばき倒すぞ！」

　口調がおかしい。どうやらまだ混乱してるようだ。


　

　またしばらくして、飛鳥は息を調えて仕切りなおした。

「で？本当にどう言うつもりなの？人のせっかく･･･告･･･白･･･」
　

　途中から飛鳥はもごもごして修仁にはよく聞こえなかった。


 「てか、齋藤？」

　ん？と顔を向けてくる飛鳥に今度は優しく語りかけた。

「何年か前に決めた俺達の関係。忘れてるのか？」

 「･･･あっ」

　びっくりしたような顔を見せる飛鳥。やっと思い出したらしい。


　苦虫を噛みつぶしたような表情のあと、吹っ切れたように笑い出した。飛鳥の見上げた空にはいつの間にか流星群がもう流れ出していた。


 「そうだよね･･･違うよね」

　

　
　あれは中３の頃。一時期、恋人になろうかどうか２人で悩みあったことがある。恋人同士と勘違いされる２人が、ちゃんと関係をはっきりしようと喧嘩しながらも決めた、２人にとって最上の答え。



 「ゴメン！今の無しにして！忘れてたよ、私達の関係」

　飛鳥が笑い、修仁も笑った。星空の下で。


「『恋人以上の親友』だよね私達」

 「そう。やっと思い出したかよ、ばか」

 　もし仮に恋人になったら今の友情と言う関係が崩れてしまう。ありきたりの理由だが、２人にはこれが何よりも大事だった。

　

　『友達以上、恋人未満』という言葉から閃いて作った言葉。

 　『友達以上、恋人以上』 要するに･･･
　
　ずっと２人でバカやってようってこと。


　ベンチから腰を上げ、向かい合う。２人とも笑い合いながら、恋によって崩れてかけてた親友関係を直していく。けなしてみたり、昔を振り返って爆笑したり。

　そんなこんなで気付けば３時過ぎになっていた。


 　流星の数も減り、飛鳥は思い出したように手を叩いた。

 「あっ！願い事言うの忘れてた」


 　修仁の手を握り、引っ張るようにフェンスまで行った。
　

「何、お願いすんの？」

 　修仁がそう聞くと、飛鳥がぎゅっと握る手を強めた。

 「決まってんでしょ？ほら、修仁も一緒に言うよ。これは誓いでもあるんだからね」

「･･･了解」

　そう言って修仁も手を握り返す。

 「いくよ･･･」

 　飛鳥が合図を取る。

&nbsp;「一生最高の親友でいられますように！」

　手を繋ぎながら、せーので叫んだ。腹の奥から、吠えるような大声で。
　

　手を握ったまま向かいあってまた笑い合った。
　

　微かに飛鳥の目尻に涙が浮かんでたことを修仁は見て見ぬふりをした。自分も浮かんでたかも知れないから。

　

　
　これで、多分２人は一生親友でいられる。逆に一生恋人にはなれない。

　

　２人に浮かんでいたのはそんな涙だったのかも知れない･･･
　

　



［＃改ページ］

［＃４字下げ］転［＃「転」は小見出し］

「よし、じゃあ景気付けになにか面白い事しよっか？」

 「･･･はい？」

　固く握った手を離さないまま、流星を見ていると、突然に飛鳥はそんな提案を出した。修仁は企画書にも書いていない事にびっくりした。


&nbsp;「なんだよ？面白い事って」

　修仁の問い掛けに何か企んだような笑みを飛鳥は浮かべる。

「ふふ、それはね･･･」

&nbsp;　嬉しそうに歩きだす飛鳥。行先は最初に座ってたベンチ。しかし、修仁の腕がピンと伸びきった所で止まった。


「･･････」


　飛鳥はしばらく無言で修仁の手を引っ張ったが、修仁は動こうとしない。やがて、痺れを切らしたように飛鳥が振り向いた。その顔はちょっと怒っていた。


 「なんで、歩いてくれないの？」

 「いや、歩きたくないし。てゆうか、手。離したら良いじゃん？」

 「･･･なんでそう意地悪するかな？」


　飛鳥は軽く修仁を睨み付け少しだけ口を尖らした。
　

「いや、意地悪って･･･」
　
「いいから行くよ！」

 「･･･はいはい」

　結局、ため息を一つ吐き修仁は飛鳥について行った。目的はベンチに置きっぱなしの鞄らしい。飛鳥は器用に片手で鞄を開ける。そして、中から取り出したのは･･･

「･･･嘘だろ？」

　飛鳥が誇らしげに見せたのは花火だった。

「ドカンと一発かましてやろうよ」

 「ドカンとって･･･。これ手持ちしかないのか？」

　

　飛鳥の学校指定のスクールバックにはぎゅうぎゅうになるほど詰められた、ざっと1000は越える大量の花火。その中は、打ち上げや噴射、ねずみやロケット。等と言った類の花火は一切無く、全部スタンダードな手持ち花火で固められていた。

「だって、手持ちが１番盛り上げるでしょ？修仁とやるの楽しみだったし。だから小学校の時からのお年玉叩いて買い込んだんだよ」

 「だから、って。どう考えても買い込んみすぎでしょ。何円分？これ」

 「う～ん･･･２万円くらい？」

 「馬鹿か！」


 　修仁は思わず本気で怒鳴った。友人として飛鳥の金遣いの荒さが不安になった。
 
　

（２万って･･･しかも花火に･･･お年玉、こんなことに使うなよ。なんかすごい罪悪感だ･･･後で半額返してやろう）



 「･･･ねぇ、さっきより怒ってない？」


　おずおずと飛鳥が尋ねた。

 「いや、怒るというか、説教。そう、説教を後でします。放課後先生の所に来なさい」

 「いつよ、放課後って」

　なんか分からないけどゴメンー、といつもの軽い調子で謝ってくる飛鳥を無視しつつ、修仁は彼女のバックを漁った。本来なら女性のバックを漁るのはマナー違反だけど、この際そんなことも言ってられない。しかし、探せど探せど鞄の中身は花火だけ。




「マジで手持ちしかないのかよ、どれくらいで終わらせるつもりだ？この子達」

 「え？全部終わらせるけど？」

 「無理だって！」


　鞄にパンパンの量の花火。本当に朝になっても終わりそうにない量だった。

　

「大丈夫だって！気合いでなんとかなるから。じゃ、早速１発目を･････ってアレ？火は」

　最初の一本目に火を点けようした飛鳥だったが、どうも様子がおかしい。どうやら花火を持ってくるのに気を取られ、肝心のライターを持ってくることを完璧に忘れていたようだ。

　よほどショックなのか少し暴走気味にライターを捜す飛鳥。鞄を雑に漁りすぎて花火が何本か折れる音が聞こえた。それが終わると今度はボディチェックは始めた。パジャマのポケットに手を突っ込んだり、どこかに隠れてないかパシャマを脱ぎだそうとしたり。

　

「って待った、待った！齋藤！ストップ！ライターならあるから！持ってるから」


 　飛鳥のパジャマ捜査をぼんやりと見学していた修仁は、淡いブルーの下着が見えた頃に慌てて飛鳥を止めに入った。ジャージのポケットから狼の柄が入ったターボライターを取り出し、急いで飛鳥に手渡した。


　

　しかし、そのライターを受け取った瞬間、飛鳥の動きが止まり、じっと顔を見てきた。その顔は涙目だったさっきとは打って変わって、今は無表情。怒ってるわけでも、喜んでるわけでもなく、ただの0無表情。

 「･･･なんで、修仁はライターなんて持っているの？」

　ずい、と無表情のまま飛鳥が修仁に顔を寄せた。

 「もしかして･･･タバコ、吸ってたりしないよね？」



　問い詰めるでもなく、優しく確かめるように問いかける飛鳥の声色に疑われてるのではないかと気づいた修仁は必死に弁解は始めた。


「違う！違うって！これには少し事情が」

 「どんな事情？」

　

　飛鳥はさらに顔を寄せてくる。唇同士が触れるのではないかと修仁が危惧するほどに近い。


 「あぁもう、これだよ！これやろうとしてたんだ！」


 　修仁は観念したかのように乱暴にジャージのポケットから何かを出した。ポケットに入れてたのでパッケージはくしゃくしゃだが、すぐにその正体が飛鳥にも分かった。


 「花火？」


 　修仁は思わず顔を赤くし、視線を逸らした。



　コンビニで売っていた100円の線香花火。２人でやろうと決めてたものだが、飛鳥の花火のスケールが大きすぎて、急にみすぼらしくなり、恥ずかしくて出せなかった物だ。ライターは修仁が兄から拝借したものだ。


&nbsp;
 「え、え？何？修仁も同じ事考えてたんだ！」

　飛鳥は大笑いした。こう言った時、冷やかされると余計恥ずかしくなるものだ。もう触れないで欲しいと修仁は心底願った。
　

　そんな修仁の気も知らず飛鳥は笑いながら線香花火を引ったくった。


「よし、せっかくだしこいつからやろうよ。最初に線香花火やってから、ラストにこっちの手持ち花火！どう？」

　
「普通、逆じゃね？ラストの要素デカすぎだ」

 「えぇ～、最後にド派手なほうがいいよ～」

 「手持ちってド派手か？･･･って一気に３本に火点けんじゃねぇ！」

 「てゆうか修仁、手持ち花火は手持ち花火、線香花火は線香花火って分別してるけど、両方とも同じ手持ちってゆう分類だよ？」

 「知ってるわ！！大体、お前も線香花火って言ってるじゃねぇか！あぁ！止めろそれ！線香花火はそうやって遊ぶ物じゃない！」

　あろうことか、飛鳥は３本同時に火を点けた線香花火を振り回しながら遊んでいる。当然のことながら即効で火玉が落ちた。


 「だからやめろって言っただろ！数少ないんだから、手持ちからやろうぜ」


 　今夜で何度目か分らないため息を吐いたが修仁だったが、その顔はどこか楽しそうに笑っていた。なんだかんだ言いながら飛鳥といるのが一番楽しいと感じている。
　

（やっぱ大好きだわ。友達的な意味で）
　

　そんなことを考えながら修仁には気になっている事があった。


 「いつのまに手を離したんだっけ？」


 　飛鳥は指摘された自分の手を見つめ、何秒かして握ってたはずの手が離れてる事に気付いた。

 「えっ！いつから？」

 「多分、だいぶ前から」


　おそらくはライター探してる辺り。手が寒くなっているのに気付いたのはもう少し後だったが。

 「繋ぐ？」

　飛鳥は笑顔で手を差し出す。


 「ん･･･」


 　修仁も曖昧に返事をすると手を重ねた。冷たい手だった。パジャマしか着てないなら当然である。


（もう一つ気付いたけどこいつ、俺のパーカーなんで脱いでんだよ）


　修仁がベンチに視線を移動させると、ぽつんと淋しそうにパーカーが佇んでいた。


 「よし、じゃあ再び手でも握った所で、花火やるぞー！」


「あのさ、よく考えたら、手を繋いだらどうやって火を付けんだ？」

　

　修仁の問いかけに飛鳥は答えない。聞こえてはいるが無視しているのだろう。
　

（ま、いいか）
　

　短く息を吐き修仁も飛鳥に付き合ってやることにした。
　

　



［＃改ページ］

［＃４字下げ］結［＃「結」は小見出し］

「つ、疲れた･･･」

　現在午前５時。あれから１時間ほどぶっ通しで花火をやり続けていた２人、流石に提案者の飛鳥も疲労の色を隠せないでいた。

 　大方100本は消費しただろうか。にも係わらずまだ鞄の底が見えない。修仁は改めて1000本という途方もない数の恐ろしさを思い知った。最初に火を付けた１本目から今現在手にしている物まで、ずっと花火から花火への火渡しで繋いだので、ろくに休憩は取ってない。当たり前と言えば当たり前だ。


 「はぁ、後片付けかぁ」

 　力なく飛鳥が呟く。バケツを持って来るのを忘れたので、残骸は当然のようにそこら中に散らばっている。

 「ビニール袋あるからさ、これに入れよう」

　修仁は買ってきた線香花火を入れていたコンビニの袋を差し出した。が、すぐに間違えに気付いた。

 （100本も入るわけねぇよ）


　線香花火を買った時に貰ったビニール袋では明らかに小さすぎた。よく考えればすぐ分かる事だが、極度の睡眠不足と疲労のせいでそこまで頭が回らない。

　

　
　路線変更。残骸は教室のごみ箱に捨てることにした。

　幸い教室の鍵は開いていたのでそのまま侵入。流石に数が多いので数回に分けて捨てていった。全ての作業が終わり、休憩がてら修仁は自分の席に着いた。

　

　教室の一番後ろ、窓際の隅。飛鳥の席はちょうど真ん中あたり。

　

　とくに交わす言葉もなく１５分程体を休めた所で修仁は重い体を持ち上げた。本当ならすぐにでも眠りたいところだが、ここは学校。夏休みとはいえそろそろ先生が来る時間帯。学校に侵入している身分としては見つかりたくはない。

 　修仁は寝息を立てている飛鳥を起こし教室を出ようと背伸びをする、そんな時にポケットに違和感を覚えた。さっきまで気がつかなかったが、中に何か入っている。

 　取り出してみるとそれはルーズリーフに書かれた企画書を折り曲げたものだった。

　

（一応持ってきたけど、いらなかったな）
　
　企画書を一瞥した修仁は自分の机の上に置いた。ポケットになにかが入っている感覚はなんとなく不愉快に思う。

　

　

　帰りは裏門から出て行くことにした。万が一、見つかった対策だ。裏門は人通りが少ない。しかし･･･
　
「齋藤、起きろ！齋藤」

　

　寝ている飛鳥は塀を乗り越えることは出来ない。ここまで来る間、一回として目を開けていない。
 壁や窓にぶつかりながら、ふらふらの足取りで来た。けど、流石にここは起きなければ乗り越えられないだろう。


　軽くため息を吐き飛鳥を揺さぶる。

 　起きない。

 　さらに揺さぶる。

 　しかし、起きない。


「仕方ない」

　意を決した修仁は飛鳥の頬を張った。
　

「何すんだゴラァァ！」

　起き抜けにぶん殴られた。しかもグーで。

&nbsp;
「･･････」

「まだ寝るのか！寝言か？今の寝言なのか？」

 「･･･うりさい･･･せっか･･･いい気分で･･････寝てたのに･･･起きちゃったじゃんか」

 「まだ寝てんじゃねぇかよ！いい加減目開けろ！」

 　結局、３０分その場で同じようなやり取りを繰り返した。いくら裏口でも朝っぱらから怒鳴り声を出しまくってるのに、誰にも見つからなかったのは幸運だった。



　

　

「海行こうぜ、海。みんな誘ってよ、なぁ齋藤」

　

　家路の途中、修仁は半分寝ている飛鳥に声をかけた。
　
「なにそれ･･･。ただ水着が見たいだけでしょ？」

 「ん･･･」

 「え、冗談なのに。もしかして図星？」

 「あ、いや。言われてみたら生ちゃんの水着は見てみたい･･･かも」

 「あたしは眼中にないってか」

&nbsp;　修仁の言う生ちゃん、生田絵梨花。２人のクラスメイトで友人。

「一応これでも努力してんだよ･･･」

　

　自分の身体を摩りながら飛鳥が独り言のように呟いた。
　
「いじけんな･･･。高校生ならまだ育つだろ。大体、身体が見たくて海誘ったんじゃないっての」

 「･･･生ちゃん目当てじゃないの？」

 「違うって。海でもなんでもいいんだよ。とにかく夏休み遊ぼうぜってことだ」

 「ん、そっか。いいね」

 　飛鳥は欠伸混じりに答えた。

 「なに？そのうすい反応」

 「やっぱり、まだ眠い･･･早く寝たいよ」

 　そんな台詞を吐いた後すぐ飛鳥の家に到着した。ばいばい、と簡単な別れの言葉を言って自宅に入ろうとする飛鳥が待って、と修仁を呼び止めた。

「遊びに行くならバーベキューにしよう。水着は着たくないよ。海以外なら生ちゃんも誘っていいし」

 　最後に飛鳥は得意の笑顔で手を振っていた。
　

　しかし、残りの夏休み、2人が会うことはもう無かった。

　

　

　

　

　

　
「すみませんでしたーーーー！」

 　教員室の前で土下座しそうなくらいの勢いで担任に頭を下げる２人。

 　あの後、２人は仲良く揃ってインフルエンザに罹った。直った後も体調を崩したりで、結局遊ぶどころか宿題すらまともに終わらなかった。
　

　２人とも宿題は最後にまとめてやるタイプなのでほとんど白紙だった。さらに、何の考えもなく修仁が放置した企画書が見つかってしまい、登校初日からの呼び出しである。まさか屋上に焦跡が残るなんて思いもしていなかった。

　

　開放されたのは3時間後。

 「ばか、企画書を机の上に置いておくなんて･･･」

 　飛鳥が死にそうな声で呟く。

 「悪ぃ･･･。けどだ。、ドラマはここから始まるんだよ」

 「意味わからんし。早く帰ろうよ」

 　ガラガラっと２－Dの教室を開けるとまだ8人くらいの男女が残って駄弁っていた。

 「あれ？下校時間すぎてるよー？」

 　飛鳥が声を掛けると彼らがこちらを振り向いた。男子が５人、女子が３人。いつものメンバーだ。
&nbsp;もちろん･･･

「敵、発見」

 　生田を見つけた飛鳥が呟くと、すかさず修仁がチョップを入れた。

 「落ち着け、みんな待っててくれたんだよ」

　不思議そうにきょろきょろしている飛鳥に１人の女子がお金持ってる？と聞いた。

　

「え？なんで？」

　
「これから遊びに行くぞ」

 「は！？あんま持ってないよ！ってかどこ行くの？」

 「決まってんだろ？」

 　修仁の言葉にみんなが一斉ににやけだし、スクールバックの中からビニール袋を取り出した。中からは遊び道具、肉、野菜、そして花火。

「バーベキューだよ！」
　

　夏はまだまだ終わらない。　
　

　



［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］望月の夜に［＃「望月の夜に」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］望月の夜に［＃「望月の夜に」は小見出し］

　帰宅ラッシュで込み合ういつもと同じ電車のいつもと同じ車両から吐き出された俺は人波に呑まれていた。

　駅からそれぞれの方向へ向かう人たちはまるで、巣穴から這い出る蟻の様に列をなしバス停やタクシー乗り場に歩いて行く。例に漏れず歯車の一部みたいに帰路へ就いた俺はふと空を見上げた。ビルとビルの間から美しく輝く満月を見つけた。

「今日は満月か･･････」

　立ち止まり、一人そう呟くと遠い遠いいつかの情景が頭の中に浮かび上がった。


―――――――――――――

「ねぇ、本当に東京の大学に行くの？」

　卒業式の帰り道、ふいに後ろから声をかけられた。

「あぁ、そんな事ウソついてどうすんだよ」

　振り返った俺は目の前にいる少女に答えた。

「そっかー。そりゃ寂しくなるね」

　ガキの頃からずっと一緒に歩いていたこの道もこの日が最後だ。

「そうだな･･･」

「あ！見て見て！」

　さっきまで俯いていた彼女は俺が感傷に浸る間も与えず袖口を引っ張り空を指差した。

「ほら満月！」

　彼女の指の先には一切の翳りも無い満月が煌々と煌めいていた。

「･･･月が」

「ん？」

「月が綺麗だな」

「うん！ホント雲一つない満月だね」

　俺の言葉をそのまま捉えた彼女は笑っていた。

―――――――――――――






「ふっ」

　たかが満月を見ただけで10年も前の出来事を思い出した自分自身についつい失笑が漏れてしまった。だが、再び足を動かし始めた。


「･･･もう10年か」

　10年。言葉にすればすぐだが、実際にはとてつもなく長く感じる年月。


　地元を去り、名門大学を卒業し、誰もが知っている一流企業に就職し、出世街道をひた走り、人生の伴侶も得た俺の人生は誰の目から見ても順風満帆だと言えた。ほんの数週間前までは･･････


　あの日、たった一つ。たった一つの選択を誤ったばかりに俺は出世街道からも外され、余りにも役不足な部署に異動させられ、更には最愛の妻にも逃げられてしまった。


　腐りきり、どん底を味わった俺には"生きる屍"という表現がお似合いだった。



　無意識にポケットの携帯を取り出すと、アドレス帳からある人物のページを画面に表示させた。


　この10年、携帯を何度換えても消えることのなかった数少ない番号の一つ。



　何を思ったのか、俺は発信を押してしまった。

(10年も前の番号だぞ。繋がる訳ないじゃないか)

　自分の愚行に気付き電話を切ろうとしたその瞬間、電話が繋がった。


「ウソだろ!?」

　呼出音を聞きながら、驚きのあまり声が出た。


『もーしもーし』

「も、もしもし」

『やっとかけて来たよ』

「なんで？」

『なんでって･･････。あの日のこと忘れたの？自分で言ったんじゃんか』

「え･･･」


　もう一度あの日を思い返してみた。




―――――――――――――

「月が綺麗だな」

「うん！ホント雲一つない満月だね」

「･･･ふ」

「え、何で笑ってんの？可笑しなこと言った？」

「いいや。お前には10年早かったな」

「なにそれー？またバカにしてるー」

「なんでもねぇよ」


―――――――――――――



「･･･あぁ」

『思い出した？』

　そういえば言った気がする。いや、はっきり言った。

「お前･･･覚えてたのか？」

『ふふん。見直した？』

「いや、そこまでは」

　顔は見えないが電話の向こうでドヤ顔をしているのが手にとる様にわかった。

『ちょっと！･･････まぁいいや』

『えっとさ･･･』

「･･････」

『月が綺麗だね』

「あぁ･･･綺麗だ」

　もう一度見上げた満月は滲んでいてはっきりと見えなかった。







［＃ページの左右中央］

［＃２字下げ］SAKURA［＃「SAKURA」は中見出し］

［＃改ページ］

［＃４字下げ］SAKURA［＃「SAKURA」は小見出し］

　沈黙が続いていた。

　４月の夜に吹く風は春の到来を拒むように寒気を帯びていて、本来なら満開になっている公園の桜はまだつぼみの状態だった。それほどまでに今年の冬は冷たく、長く、厳しかった。

　人気のない公園の２つのブランコが軋んで揺れていた。
　
「なにか、話があったんじゃないの？」

　呟いた言葉さえ突き放すような冷ややかさに満ちていた。言われた彼も彼女が嫌いなタバコを吸ったまま聞き流すようにやれやれ、と言わんばかりに肺を満たした煙に露骨な不機嫌さを乗せて吐き出した。

「電話かけてきたのはそっちでしょ？　そっちから言うのが筋じゃない？」

　煽るように言うと押し黙る彼女を責めるように一瞥した。するとさらに沈黙が場を支配した。

　約一月ぶりに会う２人の間に流れる寒冷前線は今後、例え死傷者が出る夏が来ようとも停滞を続けることだろう。それほどに２人の関係は凍り付いているのは誰の目から見ても明白で、別れないでいることの方が不思議だと言う者さえもいた。


　彼がこの公園で告白してから３年。その頃はまだお互い学生で、学校の帰りによく通ったこの公園は２人の時間を誰よりもよく見てきた。


　桜の木々は知ってる。些細なことで何時間も喋りあえた幸福な時間を･･････

　桜の木々は知ってる。２度目の季節に２人は別々の進路を選んだことを･･････

　桜の木々は知ってる。新しい環境は２人に新しいパートナーを運んできたことを･･････

　桜の木々は知ってる。２人がもう、いつか約束した未来なんて求めていないことを･･････

　桜の木々は願ってる。もう一度大きな声で笑いあう２人の姿を･･････



「用がないなら、寒いし帰るぞ」

　３本目のタバコを吸い終えて言った言葉はさながら差し替えられた台詞のようで、本来話すべき言葉は二日酔いのような不快感と共に彼の胸に残ったままだった。

　彼女の方ももう何ヶ月も前から、いや２人が別々の道を歩み始めたあの日に言うべきだった言葉を今も抱えているが、それをいざ口に出すことはできずにいた。

　桜の木はそんな二人をずっと見届けてきた。

「じゃ･･････」

「コーヒーが飲みたい」

　立ち上がった彼の言葉を遮るように彼女ははっきりとした口調で言った。

「せっかく立ち上がったんだからいいでしょ？　それくらい、私も行くからさ」

　仕方ないと言わんばかりにそのまま２人は公園の入口にある自販機まで歩いた。その最中も会話はなく、ただ黙って、足音さえ重ならず、だが話さなければならないことだけは一緒だった。

「奢るよ。好きなの選んで」

　彼は千円札を入れるとぶっきらぼうに言った。

「じゃ、お言葉に甘えるよ」

　彼女は『ＨＯＴ』と書いてあるコーヒーのボタンを押し、屈んで落ちてきたそれを手にする。

　しかし･･････

「あれ？」

「どうした？」

　彼は思わず覗き込んで彼女が手に取ったコーヒーを見る。

「冷たいんだけど･･････」
　
「間違って押したんじゃねーの。ま、俺はそんなことしねーけど」

　続いて彼も彼女とは違う自販機で確かに『ＨＯＴ』と書かれているコーヒーのボタンを押した。

「間違ったわけじゃないんだけどな」

「そんなこと言っても･･････ん？」

　目を見開いた彼の顔を見て、彼女は異変にすぐ気付いた。

「もしかして」

「冷たいのが出てきた」

　思わず２人とも目を点にしたままお互いの顔を見合わせた。ずいぶんまともに見れなかったその顔は驚くほど間の抜けたものになっていた。

　それはにらめっこにも似ていて一瞬の静寂のあとに訪れるのは、闇を切り裂くような砕けた笑い声のハーモニーだった。

「あはははははは、なんて、なんて間抜けな顔･････」

「はははは、そっちこそ。ひでー顔だ。はははっ」

　２人は缶コーヒーを握ったまま相手の頓狂な顔を指差して笑った。

　そして次の瞬間、２人はその勢いのまま言えなかった言葉を口にした。

「もう、別れよっか」

「そうだな。コーヒーまで切っちまうんじゃ、もう修復はできねーもんな」

　小さな公園の自販機の前で２人は缶コーヒーを片手にずいぶん長い間笑い合っていたのを桜の木々は忘れない。

　温かな笑い声につぼみだった桜が芽吹いたことを２人は知らずに、２人の長い冬は終わりを告げた。

「じゃあな」

「うん。元気でね」

　言いたいことが言えたのか２人の顔はさっきまでとは別人のように清々しかった。

　まるで春のうららかな日差しを浴びてカフェで談笑する２人の様に。そう、未来は同じ姓になることさえ誓ったあの頃の様な無邪気さで溢れていた。　

　しかし、桜の木々は知らない、２人が別れたあとに飲んだコーヒーは微かに熱を帯びていたことを･･････

　桜の木々は知らない。本当は『やり直したい』と口にしたかったことも･･････

　桜の木々は知らない。飲んだ後に噎せたふりをして微かに流れた涙を隠したことも･･････

　桜の木々は知らない。


