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夏の終わりに。 本編



  
 八月のある日の日曜、私は幼馴染の裕介を連れて夏祭りに来ていた。周りからは時々付き合っているのかとか聞かれる私たちだがそんなつもりはなく、十年間以上仲良くしている私たちだがお互いに異性として意識した機会は一度もない。それはきっと彼も同じでお互いに好意がないからこの関係を十年以上も続けてこれたのだと思っている。付き合わないのか、とも聞かれるんだけど、小さい頃の情けないエピソードをたくさん知っているからそんな気も起きずにあくまで友達という関係を楽しんでいる。そんな私たちの話。

「やっぱり去年よりも小さくなってるね。年々小さくなってるよこの祭り」

 そういう彼に私も賛成して頷く。少子化の影響か、それともこの町が年を超えるたびに過疎って行っているせいなのかは毎年皆勤賞どまりな私たちには知る権利も機会もないからわからないんだけれども、祭りがどんどん小さくなっていっているのは小さいころに大きい祭りを経験している私たちにはすぐにわかった。

「今年もたくさん県外に行っちゃったんだって。ここにある大学と外にある大学ってそんなに差があるのかな。県外に行った人は都会の居心地の良さから離れられずに帰ってこないらしいし、いよいよ高齢化がどんどん進んでいっちゃうね」

 去年上京した先輩を思い出してそう言ってみる。あの人はやりたいことがここではできない、もっと大きくなりたい、と私たちがいるこの土地から離れていったけど田舎にはそんなにも価値がないのだろうか。私には思い出深いこの場所から離れていくことなんてできないから都会に行った人たちのことはまるで分からなかった。まあ、私にはあの人たちみたいにやりたい事も成したい目標もないから留まるだけなんだけどね。

「純粋にレベルも違うからね。都会にある大学とここら辺の大学じゃ。ここら辺にも入るのが難しい大学はあるんだけどやりたいこと極めるなら都会にある大学のほうが種類とかも豊富でほうが交通とかも融通が利くだろうから行きたくなる気持ちも分からなくもないね」

「んー、この話はやめよう。私たちは出たりしないじゃん! 悲しい話しをしてると楽しいはずの祭りまで悲しいものになっちゃうよーっだ」

 来年もまた祭りが小さくなるのかもって考えたり私たちを育ててくれたこの町がどんどん衰退していくんだなと考えたらなんだか悲しくなってきたので話を無理やり切り上げる。一緒にいた彼はまだ何か言いたげにしていたけど切り上げた私を見て「うん、そうだね」とだけ呟いて私の隣を歩いてくれた。
 
 これがいつもの私たち。彼は私の機嫌を取るのがうまい。自分一人で行動する勇気がなかったり男らしいところのない彼だがそういう優しいところは人よりもあると私は思っている。逆に男らしい人がタイプだと思っている私が異性として彼を好きにならない理由の一つでもあると思っている。彼のそんな絶妙な性格が私と彼を十年間以上つなげている最大の秘訣だと思っている。

 衰退した、といっても金魚すくいや射的などの目玉屋台は残っていて、私たちもそれらのもので遊ぶことで時間を消費していく。この祭りにしか毎年参加しない私にとって一年ぶりにやる屋台巡りはとても楽しくて時間を忘れるぐらいこの祭りに熱中していた。でもやっぱり一周するころにはやっぱり小さくなっているのを実感していて少し悲しい気持ちになる。

「イカ焼きでも食べる? 今日ぐらい奢るけど」

 悲しい気持ちになっている自分をみてか、そう提案してくる彼に少しだけ成長したんだなと感じる。ちょっと前までなら自分が楽しんでいただけでこちらの気なんて考えもしなかったのに。

「いつも奢ってよ」

 彼の成長に少しだけ悔しくなって嫌味っぽくそう言ってみる。

「馬鹿言うな。収入がない高校生相手になんてこと言うんだ」

「収入があったら奢ってくれるんだ」

「それは時と場合によるかな。でもイカぐらいは奢るから黙って奢られといてよ。一応女の子でしょ?」

 急に男っぽいことをしようとする彼に少しだけ笑ってしまう。でも唐突に女扱いしてくる彼に少しだけうれしくもなったのも事実だ。今までこんなことなかったのに唐突に女の子扱いしてきてちょっとだけ口元が緩んでしまう。やっぱり彼は成長してるんだ。それに対して私はどうだろうか。祭りが小さくなることに悲しくなってる私を置いていくようにどんどん大人になっている彼にどこで差をつけられたのだろうか。そんなどうしようもないことを考えてはさらに気持ちは沈んでしまうが、せっかく彼が落ち込んだ私を元気にするためにイカ焼きを奢ってくれると言ってるのだ。せめて彼には悟られないように元気なふりをしよう。それが私にできる唯一の抵抗。私だって気を遣わせるだけの子供じゃないという証明のためにも笑顔を彼に見せた。

 一度通ってきた道を引き返すように進んでいく。人口が少なくなったので祭りが小さくなった、といっても年に一度のビッグイベントだ。なんだかんだ人で溢れかえっているので少し歩くのが早い彼に置いてかれないように私も早足で対抗する。唐突な女扱いの後にこの扱いだ。やっぱり彼は女子心がわからないやつ。それでも私を元気つけさせてくれたりちょっとは成長したかもしれないけどね。

「いらっしゃい! イカ焼きが今の季節熱いぜ!」

 この暑い季節にどう熱いのか聞きたいところだがとりあえず置いといて私たちは彼が奢ってくれると言っていたイカ焼きの屋台に来ていた。分かりやすく頭に白いタオルを巻いたいかにもなお兄さんが接客しているのを見てやはり祭りはこうでなくちゃと安心する。

「サイズどれがいい?」

「やっぱりいいよ奢りなんて……バイトもしてないんだから無理しないでよ」

 屋台までついてきておいてあれだが急にお金のない高校生相手に奢られるのが申し訳なくなってしまう。私も高校生なんだけどね。

「お前と違ってお年玉とかしっかり溜めてるから。どうせ金ないだろ? サイズどれがいい?」

「ん……じゃあ小を一つお願いしようかな」

「お前いつもおっきいの頼んでんじゃん。お金のことはほんとに気にしなくていいから」

「……じゃあ中」

「おっけい」

 彼の財布事情を気にして小を頼んだが大きいのを頼みたいと思っていた気持ちがバレていたのが恥ずかしくなる。がしかし、大きいの食べたい気持ちを抑えることができずに思わず中を頼んでしまう。欲求には勝てないので仕方がない。人間だもの。まだまだ彼とは長く友達で入れるはずだし生きていればこの借りはいつか返せるだろう。

「おいしい?」

「うん」

「ならよかった。奢ってよかったってなるよ」

 どうして今日の彼はこんなにも優しいのだろうか。いつもは煽りあっているような私たちなのに今日の彼はどことなく優しくて男っぽいとよく言われる私でもさすがにしおらしくなってしまう。なぜ優しいのか、そんなの男女間で生まれる優しさの理由なんて私の中で一つしかない気がする。ただ単純なやさしさとか大人になったとかきっとそんなのではなく、私が想像できる中では一つしかなくて――

「馬鹿言わないでよ、今度は私が奢るから覚悟しといてね」

 頭の中で浮かんだ疑問を消すように彼に言う。もしも、もしもの話だ。彼が私に好意を抱いてるとしたらそれは嫌だな、と思ってしまうから。どうしても思ってしまうから。彼のことはもちろん好きだ。でも、それは友達として。友達としては大好きだ。でも恋人になったら? 異性として好きかなんて聞かれてもそんなの急すぎるし何より恋人なんて想像できない。彼に女らしく振る舞うなんてそんなの今更無理だ。

「今度……か。なあ、ちょっと話したいことあるし神社行かね?」

「……別にいいけど」

 あまりに彼が真剣な表情で言うから断れなくて彼の願いを承諾してしまう。私たちが来てる祭りは最後に花火なんてものはなくて別にそれのために見やすい場所を取ろうとする人たちはいないのでもちろん人は全然いない。なので必然的に二人きり名空間が作り出されてしまう。本来避けなければいけないような状況にしてしまったのは反省するが彼の初めて見る真剣な表情を前に断ることができなかったというのが本音だ。

「話したいってことって何の話だった?」

 早く心の中の疑問の答え合わせをしたいからか彼の話を急かしてしまう。出来れば外れてますようにという願いも込めてそう急かしてしまった。

「お前にしか言わないんだけどさ、俺さ、その……高校出たら一人暮らししようと思うんだ。東京で」

「え……ちょっと待って」

 私の予想とは大きく外れたことを彼は告げた。告白かと思った。告白ならどうしようなんて勝手に考えてた。全然違うのに。勝手に勘違いして一人で盛り上がってた。

 ――告白ならよかったのに。

「え、待ってよ。来年の祭りはどうするの。なんで? 急だよそんなの。だめだよ。だめでしょ……」

 急すぎる彼の発言に頭がまだ追い付いてこない。これない。知らなかったから。彼がこの町から出てくなんて想像もしてなかったから。心の準備もしてないままにいきなりそんなこと言われて「ああ、そうですか」なんて言えるほど彼との付き合い短くないから。そんなそっけなく終われる関係じゃないって少なくとも私は思ってるから。

「勉強したくて、ここよりもレベルの高い大学に行きたくなって、将来なりたいものに少しでも近づけるようにさ」

 彼が頭いいのは誰よりも私が知っていた。よく友人からも馬鹿なあんたが良く裕介と仲良くできてるね、なんてこともたくさん言われたし私もそう思う。でもそんなのは今関係なくて彼ともう仲良くできないことが一番の問題であって。

「嘘じゃん。なんかのドッキリって言ってよ。来年からも一緒に祭りに行くって。こんなの嘘だよ……嘘でしょ……?」

 付き合ってるわけでもないのに涙が出てくる。彼は私にとって大事な人だから。ずっと仲良くしてたい大事な友達だから。

「ごめん」

 彼の謝罪が私に嘘じゃないって実感させる。認めたくないのに。来年からもう君がいないなんて絶対に認めたくないのに。でも認めるしかないなんてそんなのは辛いから。

「嘘だ」

「嘘じゃないよ。またお盆にも帰ってくるしあと半年はこっちにいるから。大学だって受かったわけじゃないし」

 そうじゃなくて、そうじゃなくて……。


 うまく引き留めたいけど言葉にできなくて、言いたいことがあるのに、それなのにどうやって言葉にすればいいかわかんなくて、ひたすら俯くことしかできなかった。

「何の相談もできなくてごめん。でももう決めちゃったから。君が悲しむと思ったら言えなくて。でも俺は自分の将来も大事だからどうしても行きたくて、今日はそれを伝えようと思って誘いを受けたんだ。ごめんね、せっかく楽しいはずの祭りで悲しくさせちゃった」

 ああ、そうか。彼はこのことを言おうと決めてたから私にやさしくしてたんだな。ずっと私と同じで将来のことなんて考えてないと思ってた。地元の大学に通うと思ってた。将来なりたいものなんてなくてずっと行き当たりばったりで。そんな子供みたいなこと私は思ってたんだ。でも現実は違ったんだね。君はなりたいものを見つけてて私よりずっと大人になってて回りを観れるようになってたんだ。私だけ成長できてなかったんだ。

「ちょっとだけ一人にさせてくれない。頭の中がごちゃごちゃでうまく言葉にできないから」

 そういうと彼は「わかった」といって私のそばから離れていった。

 ずっと一緒に居られると思ってたのにな、とため息をついても結果は何も変わらなくてまた悲しくもなってしまう。ずっと仲良くしてた彼に初めて見せた涙をハンカチで拭って今後のことを考える。付き合ってもないのにずっと仲良しで居れるなんてそんなのただの気のせいだったんだな、とまたため息をついてしまう。付き合ってもないのにずっと一緒に居られると思うなんてそんなおこちゃまな考えが通用するわけもないのにね。

 きっと彼はずっと友達でいてくれると思う。帰ってきたらなんだかんだ遊んでくれると思うし仲良く居られると思う。でもきっと彼には私以上に大切にしたい人ができるんだろうなって考えると寂しくなる。今までなら勝手に私たちが付き合ってると勘違いして女の子が近寄ってこなかったけど、きっと私という抑止力がなくなったらkれには簡単に彼女ができてその人を私以上に大切にするんだろうなって。そう考えるとすごく悲しい気持ちになる。そこで気が付いた。

 ああ、好きなんだって。

 一番仲の良い友達になりたかったわけじゃない。彼の一番で居たかったんだ。一番気にしてもらえる位置に居たかったんだ。そりゃ勘違いもされちゃうね。今まで独り占めしてたんだから。無自覚で恋人っぽいことしてたんだから。付き合ってもないのに。

 さっき好意を持たれてたら嫌だな、なんて思ってたけどそれは別れたらずっと一緒に居られなくなっちゃうからであって私が彼に求めてたのは恋人に求める独占欲に近いものだったんだ。馬鹿だな、私。ずっと一緒に居たのに自分の気持ちにも気が付けないなんて、悲しいんじゃなくて悔しいよ。人を好きになるのに男らしさなんていらなかったんだね。今更自分の気持ちに気が付いても、もう遅いんだね。止めれる立場じゃないんだね。もう手遅れなんだ。もう遅いんだ。気が付いたら涙があふれてきてたけど泣くことでしか悲しさを晴らせなかったからひたすら泣いた。泣いてやった。泣いても何の解決にならないなんて私が一番わかってるのに泣くしか今の私にはできなかったから。
 


 夏の終わり。

 終わるのは夏だけじゃなかったんだ。

 小学生が"夏休みが終わらなければいいのに"と祈ってるように私もこの関係が終わらないように祈っていたのに。

 夏休みが終わるように私たちの関係も終わりに向かっていったんだ。


                ―― 完 ――