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「返してっ、ねえ返してよっ!」


 お気に入りの人形を奪われた少女は必死に叫びながら追いかけるが、人形を持った男子の方が足が速く、追いつくことができなかった。


 幼稚園の園庭での出来事である。いつもなら先生が注意し人形を取り返してくれるところだが、別の場所で起きた男子どうしのケンカに構ってしまっているせいで、少女の危機に気づいていない。


「追いついたら返してやるよ」 


 自分のほうが足が速いと確信したその男子は、人形を振りながら少女を挑発する。


 決して悪意によるものではなかった。どの年代の男子にでも備わっている、気になる女子にちょっかいを出したくなるという性によるものであった。だから彼も、少女が泣き出す前には返そうと思っていた。泣かせてしまっては、後で怒られるのは自分だ。


 少女の声に涙が混じる。これはまずいと思った彼は、「わかったよ」と言いながら少女に歩み寄った。乱暴な方法ではあるが、どうしても彼は少女に構って欲しかったのである。おそらく、これが彼の初恋なのだろう。


 が、彼が少女のもとへたどり着くことはなかった。




「シャイニィィィング・・・・・スラァァァッシュ!」


 当時放送されていた戦隊ヒーローの必殺技を叫びながら、一人の男子が彼に痛烈なチョップを繰り出したのだ。少女しか見ていなかった彼は横から飛んできたチョップを鎖骨のあたりに思い切り喰らい、尻餅をついてしまった。


「なにすんだよっ!」


「シャイニィィィング・・・・・バスタァァァ!」


 という名の飛び蹴りによる追撃。実際は巨大ロボが放つビームの事であるが、まあ何でもいいのだ。これも見事にヒットし、彼の手から人形がこぼれ落ちた。少女より先に、彼が泣き出してしまった。とんでもなく痛かったのだ。


 シャイニングの男子は人形を拾い上げ、砂を払うと、それを少女に返した。


「あ・・・ありがとう」


「それ気に入ってるやつだと?家に置いてこないと失くしちゃうぞ」


「でも、ずっと持っていたくて・・・」


「じゃあ、誰かに持っていかれた俺に言えよ。すぐに取り返してやるから」


シャイニングの男子は得意げに言った。技が上手く決まって満足しているようだ。


「うんん。・・・あ、でも、泣かしちゃったのは謝らないと・・・」


人形を奪った彼はまだ泣いていた。その鳴き声で先生も何かあったと気づいたようだ。


「いいんだ。涙の数だけ強くなれるって誰かが言ってた。アスファルトに咲く花のようになれるんだって」


「あすふぁるとって何?」


「知らん」


シャイニングの彼もある意味で乱暴だった。先生にばれると捕まって怒られて遊ぶ時間が減ってしまうので、シャイニングの彼は少女の手を引いてその場を離れることにした。


「いつもありがとう」


こうやって少女を助けるのは、今日が初めてではなかった。


「俺はいつでもお前の味方だから」


「・・・本当に?いじめたりしない?」


「しない!ずっとお前の味方だ!」


少女は手を引く少年の背中を見つめながら、笑った。

誰が予想できただろう。


その時はまさかこんな形で敵対することになるんて、思いもしなかった。