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 蒼い虚空を滑るように白い雲が流れてゆく。登校途中の遊歩道には桜並木が植えられている。

 春風に散った花びらは陽光に照らされ、白い吹き溜まりになっていた。不規則な風が吹く度、薄い桃色の花びらが舞う。

「てめえ、ふざけんじゃねぇよ」

 路地奥から怒声が聞こえた。いや、七瀬にとってはただの雑音にしか聞き取れない。彼女は周囲に視線を巡らせ、気配を感じる路地裏を覗き込んだ。

 住宅街の狭間。コンクリートのどぶ川の続く狭い路地に学生服の集団が誰かを囲んでいる。囲まれている一人も学生服だ。

(・・・・・・喧嘩?)

 七瀬は立ち止まり、成り行きを見ていた。制服からして自分の通う高校の生徒だ。一人を囲んでいる集団の方は体格からして上級生だろう。囲まれている一人は少し小柄で、しかし髪を金色に染めている。

「一年のくせに、なんだよその髪は?」

 集団の一人の唇が読めた。言葉を発した上級生が小柄な少年の頭髪に手を伸ばす。髪の毛を掴む動作だろう。

 しかし、少年は自分の髪の毛に触れさせはしなかった。あっと言う間に拳を突き出したのだ。

「あっ!」

 七瀬は息を呑み込んで思わず声が出た。しかし、集団には届かない。彼が突き出した拳を皮切りに、一気に揉み合いになる。

 金髪の少年は身体をクルリとひねって、パンチを繰り出すと集団の一人が後ろに倒れこんだ。

「ふざけんなよ!」

「ふざけてんのは、そっちっすよね」

 雑音が飛び交う。時折読める言葉はいかにも乱暴でガサツなものだ。

 体つきの大きな上級生と金髪少年が制服の襟首をつかみ合ったまま、身体をぶつけ前後に揺さぶり合っていた。他の連中は躊躇して手を出さずにいる。少年の素早いパンチを警戒してるのだろうか。もみ合いの中、どぶ川の低いフェンスに金髪少年の身体が押し付けられた。ガシャンと高い音がした。

「先生っ!」

 その瞬間、七瀬は声を発していた。なんとも素頓狂な声色が路地裏に響く。

 多勢に無勢。無意識に少年に加勢していた。その声に気付いた上級生の集団はゾロゾロと路地裏の向こうへ消えて行った。


(ふぅ)

 安堵のため息を吐く七瀬は視線を感じた。金髪の少年が七瀬を見ている。背中に冷たい電気が走るような鋭い視線。傍に建つアパートの日陰の中で小さく眼光が光ったように思えた。

 路地裏から微かに冷たい風が吹き抜ける気がした。彼女は狼の瞳にでも魅入られたような気がして、慌てて視線を逸らし慌ててその場所から離れた。