福岡空港に一台の車がやってきた。
「ちょっと早すぎたな。」
運転手である男、大塚光圀は窓を開けてアイスコーヒーを一口飲んだ。
「千尋。美晴。トイレ行くなら今のうちに行っておけよ。」
今日は千尋の十回目の誕生日で、光圀の妻である莉乃が東京での仕事から帰ってくる日だ。
「じゃあ、俺行ってくる。」
「私も。」
子供二人が車から降りるのを確認すると光圀は車をロックし、シートを倒して、仮眠をとりだした。
『コンコン』
「光圀。早く。」
窓を叩くのは莉乃だった。
光圀はシートを起こし、ロックを解除した。
「お帰り。」
助手席に座る莉乃に光圀は半分寝ぼけながら声をかける。
「只今。子供達は?」
ミーハーな人に騒がれないか多少ビクビクしていても、子供の心配をする莉乃は良い母になった。
「トイレだよ。下手すりゃママを探しているかもな。俺は美晴に電話かけるから、莉乃は千尋に電話かけてくれ。」
「その必要なさそうよ。」
子供達にスマートフォンを持たせている為、子供達を呼び出そうとしたら、車の正面から手をふる二人がいた。
「和食党の光圀さん。今日はどちらまで?」
「回転寿司だけど。」
「あのときみたいね。」
「季節は逆だけどな。」
夫婦で思い出を語りながら、笑い合っていると、子供達が車に乗り込んできた。
「どうしたの?」
「千尋が生まれてもう十年。ちょっと、思い出を話していただけさ。」
思い出に変わりはない為、そう誤魔化した。
「父さん。早く回転寿司に行ってくれよ。」
「よく解ったな。」
「姉さんの誕生日で、父さんは和食党。しかも、ケチだからって姉さんが。」
「私、そんなこと言ってないって。」
美晴が光圀の心中を当てたと思ったら、千尋の推理だったようだ。
否定文を言う千尋の口調が早口になっていた為、簡単に光圀と莉乃は理解した。
「お腹も空いたし、行くか。と思ったけど、今度は俺がトイレ。」
「ちょっと、お父さーん。」
何気ない幸せがここにあった。