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君と花火と流星と

「ねぇ・・・」

 飛鳥が声をかけたのは更にそれから5分ほど経ってからだった。



 修仁に寄り掛かる飛鳥の頭からは柔らかく甘い香りが微かに漂っていた。そんな状況に堪えられず、修仁は携帯のアプリを飛鳥からは見えないように角度を調整して気を紛らすためにやっていた。


「えっ!何?」 


 緊張して返事が若干裏返ってしまったが、修仁はなんとか返事を返せた。

「私ね、修仁の事大好きだよ・・・」

「・・・・・・」



 修仁は無言で携帯を仕舞った。画面には設定が雑なRPGのボス戦の戦闘画面が映っていたが、仕舞った。どうやら片手間に聞ける話ではないらしい。データならスリーブされてるはずなので大丈夫だろう。

 構わず飛鳥が続ける。


「修仁とバカやったり、一緒に先生に怒られたり・・・そんな毎日が凄く楽しかったよ」

「楽しい、だろ?過去形にすんなよ」


 そんなことでしか反論が出来ない修仁。それは、修仁も飛鳥が好きだからだ。友達としてではなく多分、1人の女の子として。




 中学時代から友達同士になった2人は2年になった辺りから色々と暴れ回った。


 体育祭中にゲリラで種目に入ってない競技をやるように仕向けたり、先生とガチンコの追いかけっこをしたり、学祭でマイクジャックをやったり、卒業式では人気のない廊下にスプレーカンでみんなで落書きをしたりと、面白そうなことを友達を巻き込みながらやってきた。


 でも、その飛鳥の様子がおかしくなったのは今年の5月辺りからだ。

「齋藤じゃなくて、下の名前読んで」


 最初はそんな辺りから始まり、6月頃からやたらくっついてくるようになった。手を繋いで来るようになったし、抱き着かれたりもした。


 

 高校の1年辺りから修仁も徐々に気になり始めていた。


 けどなにか違った。

 恋人と勘違いされたりしたことも何回かあった。


  修仁も飛鳥が好きだ。

 それは違わない。


 けど、恋人なんて生温い関係じゃないはずだった。


 (思い出させてやんないと。齋藤に、俺達の関係を)


 修仁は''その関係''を守る為に今まで告白はしなかった。


(それなのに、それなのに、ちくしょう。お前にだけ楽な思いはさせてやんねぇよ)


「ねぇ、修仁・・・」


 ピタリと接近してる分、飛鳥が震えてるのが修仁には分かった。その震えは寒さからでは訳ではないだろう。しかし、その初々しく可愛い震えすら自省した修仁にとっては苛々する材料にしかならない。


 さっきまで隣に飛鳥がいることに緊張していたのが嘘のように今は冷静になっている。


(やっぱスイッチが変わると人って変わるものだな)


 修仁はしみじみ思った。つまり今の彼は・・・

(かなり・・・めちゃめちゃ怒っているんだよ!抜け駆けなんかさせてたまっか!)


 「修仁・・・もしよかったら私と・・・」

 ズパァァァンとえげつない音と共に修仁のデコピンが飛鳥に炸裂した。

「おい、齋藤。今の台詞・・・その先も言うつもりか?しばくぞ?」

 修仁は努めて冷静に言った。しかし、飛鳥にとっては理解出来ないでいた。全力で放てば小動物位なら殺せそうな威力あるそれは、もはや達人の域に達している。


「!?、!?、!?」


 何も考えることが出来ないのだろう、頭を抱えて、ただじたばたするだけ。そのせいで2人が羽織っていたパーカーがずり落ち、少し寒い。

「!?、!?、あ、あぁあ」

 しばらくして正気をとり戻した飛鳥はちょっと考えてからやっと怒鳴り出す。

「あんた!何考えてんの?人が柄でもないしんみりした雰囲気に告白しようとしてんのに!ってか何?あのデコピンの威力は?極めたの?」

「あぁ、極めた」

 修仁は笑顔で返す。

「誇らしげに言ってんじゃねぇよ!最後に何て言った?しばくだぁ?先にしばき倒すぞ!」

 口調がおかしい。どうやらまだ混乱してるようだ。


 またしばらくして、飛鳥は息を調えて仕切りなおした。

「で?本当にどう言うつもりなの?人のせっかく・・・告・・・白・・・」


 途中から飛鳥はもごもごして修仁にはよく聞こえなかった。


「てか、齋藤?」

 ん?と顔を向けてくる飛鳥に今度は優しく語りかけた。

「何年か前に決めた俺達の関係。忘れてるのか?」

「・・・あっ」

 びっくりしたような顔を見せる飛鳥。やっと思い出したらしい。


 苦虫を噛みつぶしたような表情のあと、吹っ切れたように笑い出した。飛鳥の見上げた空にはいつの間にか流星群がもう流れ出していた。


「そうだよね・・・違うよね」



 あれは中3の頃。一時期、恋人になろうかどうか2人で悩みあったことがある。恋人同士と勘違いされる2人が、ちゃんと関係をはっきりしようと喧嘩しながらも決めた、2人にとって最上の答え。



「ゴメン!今の無しにして!忘れてたよ、私達の関係」

 飛鳥が笑い、修仁も笑った。星空の下で。


「『恋人以上の親友』だよね私達」

「そう。やっと思い出したかよ、ばか」

 もし仮に恋人になったら今の友情と言う関係が崩れてしまう。ありきたりの理由だが、2人にはこれが何よりも大事だった。


 『友達以上、恋人未満』という言葉から閃いて作った言葉。

 『友達以上、恋人以上』 要するに・・・


 ずっと2人でバカやってようってこと。


 ベンチから腰を上げ、向かい合う。2人とも笑い合いながら、恋によって崩れてかけてた親友関係を直していく。けなしてみたり、昔を振り返って爆笑したり。

 そんなこんなで気付けば3時過ぎになっていた。


 流星の数も減り、飛鳥は思い出したように手を叩いた。

「あっ!願い事言うの忘れてた」


 修仁の手を握り、引っ張るようにフェンスまで行った。


「何、お願いすんの?」

 修仁がそう聞くと、飛鳥がぎゅっと握る手を強めた。

「決まってんでしょ?ほら、修仁も一緒に言うよ。これは誓いでもあるんだからね」

「・・・了解」

 そう言って修仁も手を握り返す。

「いくよ・・・」

 飛鳥が合図を取る。

 「一生最高の親友でいられますように!」

 手を繋ぎながら、せーので叫んだ。腹の奥から、吠えるような大声で。


 手を握ったまま向かいあってまた笑い合った。


 微かに飛鳥の目尻に涙が浮かんでたことを修仁は見て見ぬふりをした。自分も浮かんでたかも知れないから。



 これで、多分2人は一生親友でいられる。逆に一生恋人にはなれない。


 2人に浮かんでいたのはそんな涙だったのかも知れない・・・