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君と花火と流星と

「よし、じゃあ景気付けになにか面白い事しよっか?」

「・・・はい?」

 固く握った手を離さないまま、流星を見ていると、突然に飛鳥はそんな提案を出した。修仁は企画書にも書いていない事にびっくりした。


 「なんだよ?面白い事って」

 修仁の問い掛けに何か企んだような笑みを飛鳥は浮かべる。

「ふふ、それはね・・・」

  嬉しそうに歩きだす飛鳥。行先は最初に座ってたベンチ。しかし、修仁の腕がピンと伸びきった所で止まった。


「・・・・・・」


 飛鳥はしばらく無言で修仁の手を引っ張ったが、修仁は動こうとしない。やがて、痺れを切らしたように飛鳥が振り向いた。その顔はちょっと怒っていた。


「なんで、歩いてくれないの?」

「いや、歩きたくないし。てゆうか、手。離したら良いじゃん?」

「・・・なんでそう意地悪するかな?」

 飛鳥は軽く修仁を睨み付け少しだけ口を尖らした。


「いや、意地悪って・・・」


「いいから行くよ!」

「・・・はいはい」

 結局、ため息を一つ吐き修仁は飛鳥について行った。目的はベンチに置きっぱなしの鞄らしい。飛鳥は器用に片手で鞄を開ける。そして、中から取り出したのは・・・

「・・・嘘だろ?」

 飛鳥が誇らしげに見せたのは花火だった。

「ドカンと一発かましてやろうよ」

「ドカンとって・・・。これ手持ちしかないのか?」


 飛鳥の学校指定のスクールバックにはぎゅうぎゅうになるほど詰められた、ざっと1000は越える大量の花火。その中は、打ち上げや噴射、ねずみやロケット。等と言った類の花火は一切無く、全部スタンダードな手持ち花火で固められていた。

「だって、手持ちが1番盛り上げるでしょ?修仁とやるの楽しみだったし。だから小学校の時からのお年玉叩いて買い込んだんだよ」

「だから、って。どう考えても買い込んみすぎでしょ。何円分?これ」

「う~ん・・・2万円くらい?」

「馬鹿か!」


 修仁は思わず本気で怒鳴った。友人として飛鳥の金遣いの荒さが不安になった。


(2万って・・・しかも花火に・・・お年玉、こんなことに使うなよ。なんかすごい罪悪感だ・・・後で半額返してやろう)



「・・・ねぇ、さっきより怒ってない?」


 おずおずと飛鳥が尋ねた。

「いや、怒るというか、説教。そう、説教を後でします。放課後先生の所に来なさい」

「いつよ、放課後って」

 なんか分からないけどゴメンー、といつもの軽い調子で謝ってくる飛鳥を無視しつつ、修仁は彼女のバックを漁った。本来なら女性のバックを漁るのはマナー違反だけど、この際そんなことも言ってられない。しかし、探せど探せど鞄の中身は花火だけ。




「マジで手持ちしかないのかよ、どれくらいで終わらせるつもりだ?この子達」

「え?全部終わらせるけど?」

「無理だって!」


 鞄にパンパンの量の花火。本当に朝になっても終わりそうにない量だった。


「大丈夫だって!気合いでなんとかなるから。じゃ、早速1発目を・・・・・ってアレ?火は」

 最初の一本目に火を点けようした飛鳥だったが、どうも様子がおかしい。どうやら花火を持ってくるのに気を取られ、肝心のライターを持ってくることを完璧に忘れていたようだ。

 よほどショックなのか少し暴走気味にライターを捜す飛鳥。鞄を雑に漁りすぎて花火が何本か折れる音が聞こえた。それが終わると今度はボディチェックは始めた。パジャマのポケットに手を突っ込んだり、どこかに隠れてないかパシャマを脱ぎだそうとしたり。


「って待った、待った!齋藤!ストップ!ライターならあるから!持ってるから」


 飛鳥のパジャマ捜査をぼんやりと見学していた修仁は、淡いブルーの下着が見えた頃に慌てて飛鳥を止めに入った。ジャージのポケットから狼の柄が入ったターボライターを取り出し、急いで飛鳥に手渡した。


 しかし、そのライターを受け取った瞬間、飛鳥の動きが止まり、じっと顔を見てきた。その顔は涙目だったさっきとは打って変わって、今は無表情。怒ってるわけでも、喜んでるわけでもなく、ただの0無表情。

「・・・なんで、修仁はライターなんて持っているの?」

 ずい、と無表情のまま飛鳥が修仁に顔を寄せた。

「もしかして・・・タバコ、吸ってたりしないよね?」



 問い詰めるでもなく、優しく確かめるように問いかける飛鳥の声色に疑われてるのではないかと気づいた修仁は必死に弁解は始めた。

「違う!違うって!これには少し事情が」

「どんな事情?」


 飛鳥はさらに顔を寄せてくる。唇同士が触れるのではないかと修仁が危惧するほどに近い。


「あぁもう、これだよ!これやろうとしてたんだ!」


 修仁は観念したかのように乱暴にジャージのポケットから何かを出した。ポケットに入れてたのでパッケージはくしゃくしゃだが、すぐにその正体が飛鳥にも分かった。


「花火?」


 修仁は思わず顔を赤くし、視線を逸らした。


 コンビニで売っていた100円の線香花火。2人でやろうと決めてたものだが、飛鳥の花火のスケールが大きすぎて、急にみすぼらしくなり、恥ずかしくて出せなかった物だ。ライターは修仁が兄から拝借したものだ。


 
「え、え?何?修仁も同じ事考えてたんだ!」

 飛鳥は大笑いした。こう言った時、冷やかされると余計恥ずかしくなるものだ。もう触れないで欲しいと修仁は心底願った。


 そんな修仁の気も知らず飛鳥は笑いながら線香花火を引ったくった。


「よし、せっかくだしこいつからやろうよ。最初に線香花火やってから、ラストにこっちの手持ち花火!どう?」


「普通、逆じゃね?ラストの要素デカすぎだ」

「えぇ~、最後にド派手なほうがいいよ~」

「手持ちってド派手か?・・・って一気に3本に火点けんじゃねぇ!」

「てゆうか修仁、手持ち花火は手持ち花火、線香花火は線香花火って分別してるけど、両方とも同じ手持ちってゆう分類だよ?」

「知ってるわ!!大体、お前も線香花火って言ってるじゃねぇか!あぁ!止めろそれ!線香花火はそうやって遊ぶ物じゃない!」

 あろうことか、飛鳥は3本同時に火を点けた線香花火を振り回しながら遊んでいる。当然のことながら即効で火玉が落ちた。


「だからやめろって言っただろ!数少ないんだから、手持ちからやろうぜ」


 今夜で何度目か分らないため息を吐いたが修仁だったが、その顔はどこか楽しそうに笑っていた。なんだかんだ言いながら飛鳥といるのが一番楽しいと感じている。


(やっぱ大好きだわ。友達的な意味で)


 そんなことを考えながら修仁には気になっている事があった。


「いつのまに手を離したんだっけ?」


 飛鳥は指摘された自分の手を見つめ、何秒かして握ってたはずの手が離れてる事に気付いた。

「えっ!いつから?」

「多分、だいぶ前から」


 おそらくはライター探してる辺り。手が寒くなっているのに気付いたのはもう少し後だったが。

「繋ぐ?」

 飛鳥は笑顔で手を差し出す。


「ん・・・」


 修仁も曖昧に返事をすると手を重ねた。冷たい手だった。パジャマしか着てないなら当然である。

(もう一つ気付いたけどこいつ、俺のパーカーなんで脱いでんだよ)


 修仁がベンチに視線を移動させると、ぽつんと淋しそうにパーカーが佇んでいた。


「よし、じゃあ再び手でも握った所で、花火やるぞー!」


「あのさ、よく考えたら、手を繋いだらどうやって火を付けんだ?」


 修仁の問いかけに飛鳥は答えない。聞こえてはいるが無視しているのだろう。


(ま、いいか)


 短く息を吐き修仁も飛鳥に付き合ってやることにした。