文字サイズ:

朝長美桜 『寝起き』

 とある日の朝、男はセットしたアラームよりも早く目を覚ます。その隣には静かに寝息を立てる美桜の姿があった。

 事の発端は昨夜、彼女のスケジュールを担当していたスタッフからの連絡であった。手配していたホテルが手違いにより宿泊出来なくなった為、東京での担当をしていた彼へと連絡が回ってくる。ホテルを数件当たってみるが満室が続き、仕方無く彼女を自らの部屋へと泊めることとなった。


「まさか、本当に隣で眠るとはな」


 美桜は彼を慕っており、男もまた彼女の事を気に入っていた。お互いにそれを感じる節があったのか、美桜は就寝前に恐くて一人では眠れないことを彼へと訴える。男は翌日の仕事に支障をきたさない為にと自らに言い聞かせながら、隣で眠るという形で彼女の申し出へと応えた。


「そうだ……朝に弱いのだったな」


 思考がはっきりとしてきた彼は隣の相手を起こそうと手を伸ばすが、彼女の特徴を思い出しその手を止める。どのように彼女を起こそうかと頭を悩ませながら彼はぼんやりと美桜の姿を眺めた。

 無防備な寝顔に、眠っている間の寝返りによって1番上のボタンが外れたのか僅かに乱れたパジャマ。それを見ていた彼は自然と自らの血が熱くなるのを感じる。


「情けない……何を考えているんだ、私は」


 頭に過った考えに自己嫌悪してから、それを払拭するべく左右に首を振る。その後起床を促すようにそっと彼女の頬をつつくが、美桜はそれから逃れるように相手へと背中を向けた。


「美桜、朝だぞ」


 今度は名前を呼びながら頬をつつく。彼女はもぞもぞと身体を動かしてから掛布団の中へと頭を沈めた。

 その姿に自然と小さく笑うようにしてから、男は美桜の頭をそっと撫でる。彼女はその手を振り払うようにしてから寝ぼけ眼をようやく彼へと掛布団の中から向けた。


「まだ早いから……今何時」


 目を擦るようにしながら、確実に不機嫌な声色で彼女は尋ねる。それを受けた彼が目覚まし時計へと手を伸ばしている間、徐々に覚醒し始めた美桜はようやく布団から頭を出した。


「8時半だな。久々にこんな時間に起きた」


 普段ならば数時間前に起床している彼は時計を見て日頃の行動を思い返しながら答えると、再び目覚ましをベッドサイドテーブルへと置く。その後再度美桜の方へと視線を向けると、起床してから始めて彼女と目が合った。

 寝起き故に彼の先程の話が頭に入って来なかったのか何とか目覚ましを見ようと美桜が相手に身体を寄せると、彼は改めて目覚ましを手に取りそれを彼女に見せた。


「何でこんな早くに起こすと……今日はお仕事夕方からなのに……」


 半ば頭は冴え始めては来たものの未だ眠気が残るのか、美桜はどこか不満そうに告げる。やがて暫く彼から視線を向けられている現状に気付いた彼女は、出していた頭を再び布団の中へと沈めた。


「あんまり見んとって……寝起き可愛くない……」


「そんな事は無いと思うが」


 美桜は今更ながら顔を見られまいと相手に対して背中を向ける。しかし否定をする彼の手が頭に置かれると、布団の中で動いていた美桜は再びゆっくりと顔を見せた。

 彼は一連の行動を眺めていたが、最終的に視線が自らへと向けられると彼女の髪をそっと撫でた。


「折角東京に居るんだ。行きたい場所は無いのか?」


「えーっ……無いかな」


 何とか彼女をベッドから出そうと彼が話を振ると美桜は困ったように間を空けてから、ようやく笑顔を浮かべつつも気の抜けたような声で答える。その後に彼女は再び相手との距離を詰めると、甘えるように額を彼の胸板の辺りに重ねた。


「みおたしゅね、もうちょっとこうしてたいの」


 恥ずかしいのか視線を上げずに彼女が言うと、噂に聞いていた美桜の口調に彼は僅かに驚いた表現を見せる。しかしながらすぐに落ち着きを取り戻すと、彼女を起こすことを諦めたように美桜へと布団をかけ直した。


「あっ、みおたしゅって言っちゃった……みんなには内緒にしててください」


 「話せるものか、このような事」 


 顔を赤らめながらも視線を上げた美桜が恥ずかしげに言うと、彼は小さく息を吐いてから落ち着いた様子で答える。再び眠ろうとする彼女であったが、思い出したように彼は美桜の肩を軽く叩く。

 疑問に思った彼女が相手に視線を向けながら小首を傾げると、彼はその視線を避けるように顔を背けた。


「寝るのは構わないが、服は直せ」


「ふく?あー……」


 指摘をされた美桜は自らの格好を見ると納得したような声を上げる。その後、何かを言いたげにボタンを指先で弄び始めた。

 無言の時間が気になった彼が視線を戻すと、にこにことしている美桜に違和感を覚える。告げようとしている言葉が気になるのか、彼は何とかその意図を汲み取ろうと美桜が弄ぶボタンに注視した。


「実は、わさと外してたりして」


「何だって?」


 間違いなく美桜の声で告げられたものの、普段からは想像がつかない彼女の発言に彼は耳を疑う。だが美桜が未だにボタンを止めようとしていない事から聞き間違いではなく彼女の発言であったことを確信する。

 そう認識した直後にその場の雰囲気が変わった事を感じ取り、異質な緊張が走った彼は固唾を飲む。


「あらまぁ。本気にされちゃった」


 空気を和ませるかのように、いつも通りにこにこと笑う美桜。しかしながやその笑顔は彼にとって少しだけ妖艶に映った。