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堀未央奈 『焼肉』

「んー、本当に美味しい!」


 男に連れられて焼肉屋を訪れると、肉と一緒に白米を頬張ってから絶賛をする未央奈。彼女の食べるペースの早さに僅かばかり驚きながらも彼は次々と肉を焼いていく。相手が肉を焼くのを買って出てくれた為に、食べる事に専念できる未央奈は満面の笑みを浮かべながら食べ進めていった。


「未央奈は本当に美味しそうに食べるな」


 暫くその様子を見ながら黙々と肉を焼いていた翼であったが、やがて彼女へと声をかける。未央奈はその言葉にきょとんとした様子を見せて箸を止めるが、やがてくすくすと可笑しそうに笑いだした。

 彼女の反応に彼は思わず首を傾げる。


「だって、本当に美味しいですよ?」

 

 彼女の言葉に彼が納得したように頷くと、再び未央奈は食事を再開する。しかしながら何か思うことがあったのか、暫くすると再び箸の動きを止めて彼の方向へと視線を向ける。

 未央奈が突然変わった話題を切り出す節があることは彼は知っていた。その為からか、彼は気構えをして相手の言葉を待った。


「やっぱり、人間がお肉を食べたくなるのは本能なんですかね」


 彼女はすぐには話を切り出さず、少し間を空けてから呟くように告げる。その際に未央奈の視線は目の前で焼かれている肉へと注がれていた。


「未央奈、何の話だ?」


 彼女の口にした言葉を受けて彼は直感的に嫌なものを感じ取る。仕事を行う中で彼女の趣味を理解している為に、次の発言が大方予測できた彼は小さく溜め息を吐いた。


「だって、ゾン……」


「未央奈。きっとその話は今するのに相応しくない話題だろう」


 未央奈が予想通りの言葉を告げる前に彼はその言葉を遮る。嬉々として語ろうとしていた彼女は自らの発言が中断されたことを不満そうに頬を膨らませた。

 そんな食べることを中断した未央奈とは対称的に、拗ねている相手を気に留める事もなく男は箸を進める。それを見た未央奈も仕方無さそうに箸を動かし始める。


「先生なら、理解してくれると思ったのに」


 相変わらず落ち込んだまま告げてはいるものの、食事のペースが一切変わっていない彼女を見て彼は思わず笑いそうになる。それに耐える男は未央奈の食事のスピードを考慮してか再び肉を焼き始めた。


「今でないならいつでも話は聞いてやる」


「本当ですか?」


 彼の発言を受けると間髪を入れず未央奈は嬉々として尋ねる。頷く彼を見て満足したのか、再び当初のように機嫌良さそうに食事を進めていく。しかしその後すぐにもう1度彼女の箸が止まる。

 これほどまでに次の発言が読めないメンバーがいただろうか。そんな事を考えながら男は顔を上げた未央奈と視線を交えた。


「先生は、私がゾンビになったらどうします?」


 先程は止められた話題を、彼女は躊躇無く切り出す。普段ならかわす事が造作もない質問であったが、彼女の表情がふざけている様子もなく真剣なものであることが彼をより一層悩ませた。

 何とか彼が返事の言葉を探している間、未央奈は相手の顔を真っ直ぐに見つめ続ける。


「今、答える必要があるのか?」


「 気になっちゃって、やっぱり」 


 話題が話題ということもあり彼の箸の動きも止まると、彼は何とか解答を先延ばしにしようと彼女へと問いかける。しかしながら未央奈はそれに対して迷う様子を一切見せること無くこの場での回答を相手へと迫る。

 入った場所が個室で良かったと安心する傍ら、上手い言い回しが思い付かない為に彼女の質問へと未だ頭を悩ませる。その間、未央奈の視線は揺らぐこと無く彼の姿を捉え続けた。


「ゾンビになろうが未央奈は未央奈だろう」


 暫くの沈黙が続き、重々しいながらもようやく男は口を開く。この言葉で良かったのだろうかと、彼は数日前の事を思い出しながら考える。

 未央奈と焼肉屋を訪れる数日前、彼は突然未央奈からの告白を受ける。あっさりと告げられて言葉を失っていた彼からの返事を聞く前に、未央奈は答えはすぐでなくて良いことを告げてその場を立ち去っていた。

 恐らく先程の質問はそれに対する答えを求めていたんだろうと、彼は自らの言葉を受けて目をぱちくりさせている未央奈の反応を待つ。


「えっ、食べられてくれるんですか?」


 ようやく反応をした未央奈は目をきらきらとさせながら、生き生きとした様子で彼へと問い掛ける。

 しかし嬉しそうに告げてはいるものの、彼女が返した言葉の内容が内容であった為に彼は先程の自らの見解に対して疑問を抱いた。


「その言い回しは何とかならないか?」


 真意を確かめるべく彼は未央奈へと尋ねるが、機嫌良さそうに笑う未央奈はにこにことしながら男の隣の席へと移動をする。相変わらずまじまじと見詰め続けて視線を外そうとしない彼女に根負けし、彼は一瞬未央奈から視線を外す。

 その次の瞬間だった。


「じゃあさっそく……」


「待て、未央奈。もう1度言うが場所と時を考えろ」


 彼の腕を掴んだ未央奈は今にも噛みつく勢いでその腕に向かって顔を近付ける。それに気付いた男は何とか彼女の額をもう片方の手の平で相手の額をおさえ、腕に噛みつかれるのを回避した。


「時と場所を考えたら良いんですか?」


 残念そうにしていた彼女は男からの言葉で再び表情を明るくする。彼は観念したように小さく数回頷いた。


「じゃあ先生の変わりにこのお肉を食べまーす」


 隣の席から動かずに自分が先程座っていた場所から皿などを移動させると、未央奈は再び肉を頬張り始める。その姿をぼんやりと眺めながら、彼は告白をしてきたはずの未央奈の接し方が以前とほとんど変わらない事に頭を悩ませる。

 そんな悩みなど露知らず、視線に気付いた未央奈は彼に向かって微笑んだ。