「あっ、先生!」
その日の収録を終えたみなみが局を出ようと足を進めていると、自らが話したかった人物を見つける。彼女は嬉しそうにその相手に声を掛けてからぱたぱたと駆け寄った。彼女に呼ばれた人物は足を止めてくるりと振り返るとその視野にみなみを捉える。
「みなみ、お疲れ様。どうした?」
いつも以上ににこにことしているみなみへと疑問を抱いたのか彼は問い掛けるが、機嫌の良い彼女はすぐには答えずに相手が自分で気付いてくれるのを待つ。
暫く時間が経過したにも関わらずその答えが彼の口から出ることは無かったが、みなみは機嫌を損ねることなく相手の腕を軽く叩く。
「もー、仕方無いなぁ。大ヒントですよ?今日は何の日でしょう?」
いつも通りのマイペースな声で告げられると、彼ははっとする。その表情の変化で相手が気付いたと判断したのか、みなみはじっと彼を見つめながらその言葉を待つ。
「そうか、誕生日か。」
小さな声で呟かれたにも関わらずそれを聞き逃さなかったみなみはぱちぱちと拍手をする。その後祝いの言葉が続くであろうと期待して相手を見つめるが、彼は時計で時間を確認してから軽くみなみの肩を叩いた。
「そうでーす。みなみは……」
「すっかり忘れていた。あの先輩は何も言わなければ後から煩いのでな。みなみ、恩に着る。」
みなみの言葉を最後まで聞く前に彼は思い出したように自らの言葉を重ねる。その後みなみへと簡単に礼を告げてから慌ただしい様子でその場所を離れた。
突然の出来事にただ瞬きをして彼の背中を見送ったが、暫くして頭の中で今起きた事の整理がついた途端に不機嫌さを露にする。
「えっ、ウソでしょ?」
むしゃくしゃとした思いを抱えたまま出口に向かってあるいていると、自動販売機で購入したものを近くのソファーで口にしている堀未央奈を見つける。今のもやもやを誰かに話したいと考えていたみなみは迷うことなく未央奈の元へと歩み寄った。
突然声を掛けたにも関わらず未央奈はにこりとして彼女を隣に座らせるが、その後みなみは先程起こった一連の流れを怒濤のように話す。
一気に話を聞き終えた未央奈も目をぱちくりさせていたが、やがて小さく笑った。
「ひどくない?その程度でしか……」
「その程度?その程度って、どの程度?」
未だ不満を口にしてたみなみの言葉が引っ掛かったのか、未央奈は小首を傾げるようにしながら問い掛ける。それによって自らの失言に気付いたみなみは思わず動きを停止する。
「え?何でも無いから!」
なんとか誤魔化そうとみなみが慌てて否定の言葉を告げると、未央奈は察したようにそれからは深く聞き出す事は無かった。しかしながらその後に何かを考える仕草を見せると、彼女を見てみなみは首を傾げた。
「あ。本当にお祝いして貰える仲ならさ、留守電とか入ってるんじゃない?」
自らも首を捻るようにしながら未央奈は自分の考えを告げると、みなみは苦笑いをしながらも自らの携帯を鞄から取り出した。結果が気になる未央奈は携帯を操作する相手を眺めていたが、期待していないみなみは小さく首を横へと振った。
「えー、そんなめんどくさいこと……」
操作をしながら告げていたが、とあるものが目に入ったみなみは再び動きを止める。それで答えが分かった未央奈は笑いを堪えるように口元を手で覆った。
「入ってた」
「聞いてみれば?」
未央奈から促されたみなみは小さく頷くと、録音再生の操作を行い携帯を耳元へと近付ける。携帯に集中している彼女の緊張が伝わってか、未央奈もまじまじと相手を見つめる。
機械の通知音が聞こえてから、いよいよみなみの耳へと聞き慣れた声が届く。
『みなみ、お疲れ様。実は明日付くスタッフが変わったからその連絡をした。我儘を言わないようにな。』
相手の声に心拍数が跳ね上がるが自らの期待していたものと大きく内容が異なり、それに加えて翌日楽しみにしていた事までもが無くなると知った為にみなみの表情は険しくなる。
留守電の内容が聞こえない為に未央奈はみなみの表紙ががらりと変わった為に首を傾げた。
『あとは、みなみから言われていたように専用の着信音を設定した。今から流すぞ?』
しかしながら彼の声が続けた言葉にみなみの表情が明るくなる。
以前彼に半ば無理にお願いした事ではあったがそれを覚えてくれていただけではなく、約束通り設定までしてくれた事に彼女の鼓動が高鳴った。
だが、次の瞬間彼女の機嫌は一気に悪化する。
『 迷子の私を導く答え(サビいくよっ!)いつからだっけ?もど……』
聞き覚えのある歌が流れ、彼女はそれを最後まで聞く前に録音の再生を中断する。表情へと不満が現れている彼女はむすりとしながら携帯を鞄の中へと放り込んだ。
「ねぇー!もう、本当にむかつく!」
「みなみ、どうしたの?大丈夫?」
足をばたばたとさせながら不満を口にする彼女を見て、未央奈は心配そうに話を聞く。必死なみなみの訴えに耳を傾けていた未央奈であったが、彼の対応がユニークと感じたのかくすくすと笑い始める。
「ふふっ、先生らしいね」
「笑い事じゃないからぁ、もう!あ、帰らなきゃ!」
未央奈の言葉には頬を膨らませて反論していたが、ふと目に入った時計が指していた時刻に驚きソファーから慌てて立ち上がる。未央奈に手を振ったみなみは急いで自宅目指して駆け出した。
☆
急いだ甲斐もあり予定していた時間よりも早く家に到着すると、みなみはほっと胸を撫で下ろす。急いだことで乱れた呼吸を整えてから自宅のドアを開けた。
「ただいまー」
「あ。みなみお帰り。そういえば、なんか届いてたよ?」
室内に帰宅を知らせた際に1番に気付いた母親から声を掛けられると、みなみは首を傾げてから自室へと向かう。部屋の明かりをつけて目に入った包みには、見慣れている丁寧な筆跡で自らの住所が記載されていた。
「先生からだ」
送り主の住所を見る前に相手が分かるとみなみの頬は自然と緩む。丁寧に箱を飽けてから目に入ったプレゼントに、みなみはくすりと小さく笑った。それを取り出した際に手紙が同封されている事に気付き、彼女は深呼吸して手紙を開封した。
「ぜーったい、許さないし」
全て読み終えた後に手紙に向かって告げたみなみの表情は心から嬉しそうに綻んでいた。