「なぁ。君さ、アイドルやらないか?」
健太は間の抜けた表情で衝撃発言をした”男”を見た。
自分では無いだろうと思った健太はすぐ近くにいたJ系のイケメンスタッフを指差す。
だが”男”は首を横に振った。
”男”の視線はこちらを向いている。
ああ、そうか後ろか!と後方数メートル先にいるザイル系スタッフを指差す。
再び”男”は首を横に振る。
あっ、じゃあ女の子だなとザイル系スタッフとは反対側にいる可愛らしい女性スタッフを指差す。
「違う。僕は君に言ったんだ」
まっすぐに健太を見つめる”男”。
黒縁眼鏡の下の小さな瞳は少し輝いているようにも見える。
健太はガクガクと老人の様に指先を自分に向ける。
すると”男”は口角を上げて頷く。
健太の表情は驚いているのかはたまた笑っているのかよくわからないが大変面白い顔をしていた。
周りのスタッフが健太の顔を見てクスクスとわらっている。
だが、そんな表情も束の間。極度の緊張感にただでさえ色素の薄い肌がどんどん白くなっていきとうとう失神してしまった。
ーーーーーー
数時間前。
5年続けた仕事を辞めてアルバイトを転々としていた健太は知人の紹介でテレビ局スタッフのアルバイトのためにとあるテレビ局に来ていた。
「前に遠足で来たことあるけどやっぱりすごいなぁ」
「そうかそうか。ま、運が良ければお目当の芸能人に会えるかもだけど浮かれちゃダメだからな?」
「了解です!矢口健太、死ぬ気で頑張ります!」
健太がついた仕事はスタッフ用の弁当の買い出しなどの雑用だった。
汗だくになりながらも笑顔でスタジオの全スタッフに弁当を配り終え、ようやく一息つこうとした矢先たまたま出演者として来ていた”男”が健太に声をかけた。
ーーーーーー
やがて目を覚ました健太はゆっくりと瞼を開く。
まだスタジオだろうと思っていた健太は体をゆっくりと起こした。
「……」
健太は絶句した。
スタジオではないからだ。
高級な漆黒のソファに目の前にはかなり高そうなテーブル。
そのさらに奥の机には歌詞のメモの様なものが散乱していて大会社の代表取締役が座る様な椅子の肘掛けのところにも歌詞のメモの様なものが落ちている。
その向こうで窓の外を眺めている”男”
「気が付いた様だな」
”男”は視線をこちらに向けるでもなく口を開いた。
「…な「なんでこんなところに?と言いたいのかな?」
「は、はひ」
”男”は短くため息をつくと窓に移る健太の顔を見つめた。
「肌は白石くらいか。目は…もう少し二重にしたほうがいいかもな」
「あのぅ…質問の答えになってない気が…いえなんでもないです」
この人怒らせるとヤバイかもと思いはじめた健太はすぐに発言を辞めた。
「ところで矢口健太くん、そのテーブルの上にある書類なのだが」
よく見るとテーブルの上に誓約書の様なものが置かれていた。
「そこにも書いてあるがこちらで当面の間の食・住は保障しよう。アルバイトの生活に戻りたくはないだろう?」
「えーっと、なんかアイドルをやる方向へといってる気が」
「いや〜、女ばっかりプロデュースじゃさ、アレかなと思ってさ?だから、さ?ビビッと来た君を男アイドル一号にしたわけよ」
健太はまだ返事してねーしと言う気持ちとなんでこのオッさん急にフランクな口調になってんの?というイライラを隠すために苦笑いを浮かべた。
「あ、そのハニカミ笑いは西野っぽいな」
苦笑いは絶やさず誓約書にひと通り目を通した健太は今までの人生の中でついてしまった職業病からか、サインを書いてしまった。
「し、しまったぁぁぁぁぁ!!!」
「じゃあ、明日からよろしく!最初はこのダンススタジオからだ。明日は初日だし俺も行くからさ。まぁ…頼んだ!」
「はぁ…もうイヤ」