ふと気がつけば不思議な白い坂道にたっていた。
彼の右側にはとても深そうな川や本でできた橋があり川の畔には白い石がゴロゴロと転がっている。
空を見上げれば自由に空を飛ぶ鳥。
左側を見渡せば標高の高い山が聳え立っていて山には桜が咲き誇っている。
坂の下には田んぼが広がっていて生き生きと農作業に勤しむ人がいる。
そして後ろを振り返れば遠くで大きなチェスの駒が動いている。
槍を持って彼を突き刺さんと猛進してくるようだ。
『明らかにこれは夢だ。それはわかる。でもなんでこんなメルヘン満載なんだ?』
彼が頭を抱えているとどこからか声が聞こえた。
「キミは誰?」
『俺?俺は……あれ?俺って…誰だっけ?』
「それじゃあ答えになってないよ」
くすくすと笑う声に彼は向っ腹がたった。
『じゃあお前は誰なんだよ?』
「そんなことよりさ、これ見てよ」
『はぐらかすのかよ…』
パチン!と指を鳴らしたような音が響くと深い川も本で出来た橋も白い石も飛ぶ鳥も高い山も桜も田んぼの人も駒も全てが消えて数人の女が魔法のように現れた。
みんながみんな彼を見ては笑顔を見せる。
ただ一人を除いて。
小さな彼女だけは槍を彼に向けて威嚇している。
よく見れば駒の持っていた槍のようだ。
ということは他の女達もそれぞれの化身ということなのだろう。
そんなことを考えていると右側には金銀財宝、宝の海や山が燦々と輝いている。
左にはありとあらゆる料理が所狭しと用意されていた。
「キミはどれが気に入ったかな?
金?食べ物?それとも女の子?」
彼は考えた腹の虫がなりながらも金に目が眩みそうになりながらも肉棒が反応しようとも。
彼は想像した。
彼女達と性交することを。
否、成功する事を。
目先の欲でなくその先の光り輝く坂の上の向こう側を確かめるために。
『よし、みんな!上を目指そう!皆で!』
沢山の金銀財宝や食料には脇目もふらずに只々彼は坂の上を目指した。
真っ新な彼女らに衣装を纏わせて。
彼は坂の上を只々突き進んだ。
眩い光に包まれながら。
「うん、それでこそのキミだよ!そんなキミが大好き!ほら、もう朝がやってくるよ?さ、頑張っておいで!ハハッ」
ーーーーーーーー
健太はゆっくりと瞼を開いた。
そしてすぐ横にあったiphonを手に取ると時刻は朝方の5時を過ぎたところだった。
真正面を見ればカーテンから薄っすら陽光が差し込んできている。
健太は体の倦怠感や眠気に苛まれながらもベッドから出ると大きく伸びをした。
『ん〜…!ふぃ〜…えーっと、昨日どうやって帰ったっけ…?愛梨さんの車乗ってそれから…ん〜…ま、いっか!さて、と!今日も頑張りますか〜』
健太は各所の骨を鳴らしながら朝の準備をこなしていった。
朝食、寝癖直し、歯磨き…とここまではテンポよく準備が進んでいった。
そして最後に着替えをしようとクローゼットを開いた途端彼は腰を抜かしてしまった。
昨日は雨が降っていないはずなのにクローゼットの床が濡れている。
濡れた箇所からはほんのり何か臭う。
臭いからして雨ではない。
そもそもこのマンションは15階まであり彼の部屋は8階にある。
雨漏りの線は消えた。
これが何なのか時間があればじっくりと調べる所なのだが今はその部分の簡単な掃除をして準備を急がねばならない。
健太はティッシュを何枚も取ったあと濡れた場所を軽く拭き傍にあった某消臭スプレーを噴射するとそこから視線を逸らした。
そして出発の目処を整えると健太は部屋を出た。
『…そういや、愛梨さん毎朝起こしにくるとか言ってたけど二回目でこれか。先行きがもっと不安になりそうだ』
ぶつぶつと独り言を叩きながらエレベーターで地下駐車場まで降りると奥に三つの人影が見えた。
「……」
「遅いなぁ…」
「荒井マネージャーがお休みだから今回は健太くんに付きっ切りのマネージャーが迎えに来るみたいだけど健太くんですらまだ来てないし…」
若月佑美と白石麻衣が話す中押し黙っているのは桜井。
早朝で機嫌が悪いのか全く話に参加しようとしていない。
『お早うございますっ!』
そんなことは御構い無しに三人に向けて健太は元気よく挨拶をした。
「おはよ!矢口くん」
「おはよう!健太くん」
「…お、おはよう…」
麗人のお二方は非常に爽やかな笑顔と挨拶を返してくれたのだが、約1名はオイルの切れた機械のようにぎこちない挨拶を返してきた。
そしてこちらが何か悪いことをしたのか全くもって視線を合わそうとしないのだ。
気にはなったが生憎ご両人がいる前で揶揄おうとは露にも思わない。
そして何より生駒に言われた言葉が壊れたラジオテープの様に頭に響いているためより一層アイドル然としなければと理性に誓ったのだ。
『皆さんは弓沢さん待ちですか?』
「うん、今日は荒井マネージャーが来れないから弓沢さんが代理なんだって」
「だけど、まだ来ないみたいなんだよね。健太くん何か知らないかな?」
白石が健太に疑問を投げかけたその瞬間なぜか桜井がピクンと反応した。
その反応を目で捉えていたのは健太だけだったのだが何故か追求してはならないという警報が健太の頭で響いていた。
『いやぁ…全くわかんないです。
でもすぐに来るとは思うんですが…」
そして待つこと十数分。
ふと確認した腕時計の時刻は6時20分を示していた。
目線をあげればようやく一台のワゴン車の姿が見えた。
車は健太たちの眼の前で停車し
車から降りてきたのは麗しの弓沢愛梨その人だった。
彼女は伝達が間違っていたことを丁寧に謝罪すると四人を乗車させる。
四人は間違いは誰にでもあることだと愛梨を責めはしなかったが運転席の当の本人は肩を落としかなり落ち込んでいるように見えた。
ーーーーーーー
ただ一人黒一点である健太はしばしのハーレムドライブにドギマギしていた。
右を見れば麗人一号の白石。
左を見れば麗人二号の若月。
若月の隣には外を眺めている桜井。
そして運転席にはアイドルではないがお色気たっぷりな弓沢愛梨。
香水なのかはたまた彼女達の体臭なのかはわからないが心地良い匂いが混ざり合い絶妙なフレグランスが彼の鼻孔を酔わせている。
少し視線を落とせば撫で回したり頬擦りしたくなるようなややほっそりとした太ももがむき出しになっている。
手を少し動かせば二人分の嬌声と魅惑の柔らかい感触が愉しめるに違いない。
この影響で彼の頭の中では理性と煩悩が壮絶な白兵戦を繰り広げていた。
《ゔるぁぁぁくぁむぉのぐぁぁ!キサマ!わ!アイドルだるぉっ、がっっ!生駒先輩にも言われたるぉっ、がっ!》
〈あぁ?目の前にこんなモッコリちゃんがいるのに黙ってみてろってぇんかい?!ゼーッたい損するぜ〉
《見ていいともいっとるぁんわぁぁぁ!そもそもキサマを野放しにしたから女共が泣くんだろ、がっ!》
〈全部嬉し泣きだゔぉけ!健太とヤれて幸せぇ!って泣いてんだよぉっ!〉
この脳内戦争のせいか健太は顔はとても凛々しい表情をしているのだが股間は山のようにモッコリしているというなんともシュールな事になっていたのだった。
目的地に達するその時まで白石と若月はそれには気づいてはおらず桜井も相変わらず外ばかり見ていてチラリとも健太の方を見ようとはしなかった。