文字サイズ:


ピンポーン。



早朝5時。


部屋に響き渡るインターホン。


そのインターホンを押した人物は少し前に告げた通りに部屋の住人を起しに来た。


名前を弓沢愛梨、部屋の住人のマネージャーである。



彼女は部屋の住人と同年代であるが全くそうは思えないほどの落ち着きと見た目にも恵まれている。



何故その彼女がアイドルや女優をせず、部屋の住人のマネージャーをしているのかはまだ謎のベールに包まれている。


ーーーーー


数分が経っても部屋の住人からの応答はない。



未だに沈黙が保たれている。



そこで愛梨は仕方なくその部屋の合鍵を取り出し解鍵すると玄関のドアノブを時計回りに捻る。



すると玄関が開き彼女を迎え入れた。



「…予想通り、まだ寝てる」



愛梨は電灯が消えていることを確認すると迷うことなく彼がいるであろう寝室へと侵入していった。




部屋に入るとベッドに横たわる影に目をやると少し口角を上げた。



どうしてくれようか。



引っ叩いて起こす事が手っ取り早いが顔や体に傷をつけてはこちらの身が危ない。



耳に息を吹きかけたりして起こすべきか…否、性行為になってしまえば遅刻してしまう。



一人、心中で悶々とする愛梨は目の前に横たわっている影を静かに見つめ続けた。



見つめる事数分。



意を決した愛梨は喉を鳴らすとゆっくりと彼のベッドへと近づいていった。



ゆっくり、ゆっくりと近づいていき彼の布団に手をかける。



そしてテーブルクロス引きのごとく勢いよく引いた。






だが、彼の姿はなく代わりに枕とクッションが配置されていた。



なぜ?彼は何処に?



頭を抱えて少し後ずさりをすると何かにぶつかった。



そして次の瞬間視界が何かに覆われたのだった。



『ふふふ!だーれだ?』


「健太さん?ふざけてるんですか?怒りますよ?」


彼はもー、そんなにプンスカ怒んないでくださいよーと茶化して彼女の視界を元に戻し彼女を回転させると彼女に笑いかけた。



『おっはようございまーす、愛梨さん!』



ニカッと笑うこの部屋の主は特に悪びれる様子もなく彼女に朝の挨拶をした。



(まさかもう起きているなんて…)



『あーあ、早く起きちゃって失敗だったかなぁ…』



「…いえ、早起きは三文の徳と言いますので継続してくださった方が私も助かります。余計な仕事が減るので」



愛梨は刺々しくそう告げると彼に出発を促し玄関へと歩いていく。



『…俺は仲良くしたいだけなんだけどなぁ。ま、これからは相棒って事になるんだし』



返事をする気もなさそうな愛梨の後を追い彼も地下駐車場までかけていった。







ーーーーーー




少しずつ登りながら辺りを照らす朝日。



その日を背に一台の車が公道を走り抜ける。




『うへー、また今日もたんまりだこと』



健太は乗車前に愛梨に手渡されたスケジュール表にげんなりしながら目を通す。



「入ってすぐにこの量の仕事が来るのって珍しいんですよ?」



すかさず返答する愛梨に相槌をうつ。


『ふーん、そうなんですか…』



しばらくの沈黙の後何も喋らない彼に愛梨は一つ苦言を漏らした。



「…彼女達と私の前ではかなり態度が違うみたいですがどちらが本当のあなたなんです?」



『男でも秘密があった方が魅力的に見えると思いません?』



まるで事後のピロートークの様な話題も飄々と(かわ)す健太は軽く口元を緩ませた。



「相棒に隠し立てはあまりよろしくないと思いませんか?」



『そうっすね。俺と一夜を過ごす事が出来れば分かるかもしれませんよー?』



「……もう着きますよ」




数分後、先程まで発情期の獣の様であった健太も車を降りた途端に好青年の表情を見せる。



まるで多重人格者の如き変貌振りに愛梨は彼をしげしげと見つめた。




好色な三枚目か爽やかさ抜群の二枚目なのか。



どちらが仮面でどちらが素顔なのか。



愛梨は知りたい好奇心を抑えながらも彼を乃木坂46の面々が待つ楽屋前で彼を見送り、ミーティングへと急いだのだった。