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「矢口、最後に…最近どうだ?」



健太の目の前に座る男は小さな眼をこちらに向けてひどくありふれた質問を投げかけてきた。



笑みを含んではいるもののニヤニヤと意地悪い笑みに見えないこともない。



見目麗しい女だらけのグループに放り込み不祥事を起こしたら…どうなるかわかってるな?と重圧をかけるこの男に文句の一つでもいいたかった。



『正直なところまだ話しきれてないメンバーも少々いますが大多数のメンバーとレッスンを通して何とか馴染めてきてるとは思いますね』



”本音”をひた隠し”建前”を流暢に口から吐き出す。



本音を言いたいのは山々だが秋元康と自分以外にもう一人いるのだ。



キャプテンの桜井玲香だ。



元々は彼と彼女が語り合っていたのだが秋元に急に呼ばれたのだ。



「ブナンなコメントだね?健太くん」


桜井の発言に秋元がニヤリとほくそ笑む。



『…無難でも言いたい事は言えましたので』


ちっとも1ミリもほんの僅かも言いたい事は言えてはいないが健太はピシャリと言うと秋元に眼を戻す。



「そうかそうか…さて、随分と話し込んでしまったな。ここでお開きにするから。矢口、桜井ご苦労さん」




「あ、はい、では失礼します」

『失礼します』



ドアを閉めると桜井が少し俯いた。


落ち込んでいるのか怒っているのかはたまた緊張感が解けた顔なのかよくわからない表情を浮かべている。



『えーっと、玲香さん?大丈夫ですか?』



「はぁ………え?あ、うん、大丈夫」



深く溜息を吐いてる時点で大丈夫じゃないですよね?と喉まで出かかったのだが、また面倒事になりえそうだと考えた健太は口を噤みエレベーターのスイッチを押す。



静まり返るエレベーター内で最初に口を開いたのは桜井の方だった。




「ねぇ、健太くん。話したいことがあるんだけど……聞いてくれる…?」



『もちろん、僕で宜しければ』



健太は微笑みながら軽く頷き桜井の呼びかけに応えた。



「あの…さ、健太くんは…女の子とお付き合いした事って…ある?」



すごくありふれた平凡な質問に健太は吹き出しそうになった。




20年以上も生きているのだ。



恋人関係はもちろんの事、

肉体関係や友人関係も含めれば両手足では数え切れないくらいは経験済みだ。



ただ、こちらの予想を大きく上回る行動をとる者やモデルの様な美女は苦手なのだが。



健太は心の中で問答しつつさらりと「あります」と告げた。



すると桜井は一瞬だけ曇った表情を見せたのだがすぐにまた顔を赤く染めながらアイドルとして果たして発言するのはどうかと物議になりそうな発言を口に出した。



「へぇ……じゃ、じゃあ…ちゅーとか、えっと…エッチなコトとか…も?」



『そりゃありますよ。なんなら試してみますか?』



「え?いやいやいやいや!?試さないよぉ!」



久方ぶりにいたずら心に火が点いた健太は微笑みながら桜井に躙り寄る。



『気持ちいいですよ…?キスもそれ以上のコトも…ほら、目を閉じて…』



すぐに追い詰められた桜井はギュッと目を閉じる。




トン…




何かが額にあたる。




桜井がゆっくり目を開けると額に健太の人差し指が置かれていた。



『ふふっ、ホントにするわけないじゃないですかぁ!』



「…もぉ、健太くんのいじわるっ!」



エレベーターが開くと同時にいたずらな笑みを浮かべた健太は風の様に去っていった。



「はぁ…」


取り残された桜井は再び深いため息を吐いた。




「覚悟出来てたんだけどなぁ…」



少し肩を落とした桜井は健太の後を追って歩き始めた。