「健ちゃん!じゃ、私帰るね!」
眩しいくらいの笑顔を見せて玄関へと向かう姉。
あれから結局、姉は弟の胸の中で眠り抱き枕にされた健太は熟睡には至らなかったため目の下に軽くクマが出来てしまっていた。
『…何かあったら連絡してよ?気をつけて帰ってね』
ここにはもう来るなと言いたいところではあったが言ったところで聞いてくれる気がしない。
最大限気を使って振り絞った言葉に姉はまたまた抱きついてきた。
「あー…もぅ、健ちゃん可愛すぎぃ〜!たまには実家帰って来てね?ママも杏奈ちゃんも健ちゃんと会いたがってるから!」
『休みが入ったらね』
弟のぞんざいな返しにも全く気にすることなく姉は足取りも軽やかに帰って行った。
開いた玄関の向こう側からは朝日が顔を見せていた。
『さて、今日も頑張るかなっ!』
健太は頬をパチパチと叩き気合を入れ直した。
そしてリビングを突き進みベッドルームへ入ると規則正しい寝息を立てて眠る2人の影が見えた。
白石麻衣と橋本奈々未だ。
仕事の疲労が蓄積されているにも関わらず惜しみなく助言・指導をしてくれる二人。
よくイタズラされることもあるが”年下の姉”と”年上の弟”いう関係が定着しつつある。
出会ってから数週間というところだが深川麻衣に言われた事がようやくわかってきたように感じる。
『…綺麗なだけじゃなくてけっこう優しいんだもんな…』
ジリリリリリリリリリッッ!!!
けたたましいアラームの音が部屋に鳴り響く。
そして飛び起きた麻衣の唇が健太に触れた。
『!!』「!?」
触れていた時間は極僅かの時間だった。
2人とも唇を重ねたことよりも耳の奥を穿つ騒音を止めたかったのだ。
そして爆音の元凶が橋本の携帯だと知るや否や未だ目覚めない橋本の携帯を操作して止める。
『ふぅ…』「ふぅ…」
ようやく騒音は鳴り止んだが今度は2人の心音がそれに反比例するかの如く高鳴っていく。
『えっと…あの…その…今のは不慮の事故といいますか…』
「……」
白石は顔を俯けたまま健太を見ようとしない。
健太もそのまま押し黙ってしまった。
橋本の規則正しい寝息以外聞こえないほどに2人は沈黙を貫いていた。
5分、10分もの沈黙を解禁したのは白石の方だった。
「ねぇ」
『は、はい』
顔を見上げると再び唇が重なる。
「……ふふっ!今度キスする時は健太くんからしてね?それじゃ、ななみん起こすのよろしく〜!」
ぽかーんと口を開けている健太に飛び切りの笑顔を向けると手櫛で髪をとかしながらベッドルームを出て行った。
視線を橋本の寝顔に戻す。
彼女は全く微動だにしない。
騒音クラスのアラームにも微動だにしない彼女をどうやって起こせばよいのだろうか。
首を回して時間をみれば朝の6時手前。
そもそも本当に眠っているのだろうか。
顔をゆっくりと橋本に近づけていく…
ゆっくり…ゆっくりと。
グイッ!
目の前に顔が迫ったその時、急に首を何かに掴まれてそのまま橋本の方へと引き寄せられた。
『わぁっ…』
そして抵抗する間もなく橋本の唇へ
「ん…ふぅ…おはよう、健太くん」
『っはぁ…奈々未さ…おはよう…ございます』
「ん〜…やっぱりさ、敬語やめよ?」
それはごもっともなのだがいくら年下であろうとも橋本は先輩。
呼び捨ても本来ならしてはいけないものだと思っている健太はその言葉に反論した。
『いやぁ、そればっかりは…』
「まいやんとキスしたのバラされるのと、私を襲おうとしたことバラされるのどっちがいい?」
橋本に反則技を使われた。
どっちもリークされれば地獄を見る。
秋元康ないしスタッフにでもばれれば芸能界いや、この世から消されるかもしれない。
メンバーにばれればキスを強要されたり強引に宿泊を迫るやも…
『うーん…』
思考の末に健太が出した答えは
『わ、わかったよ…な、奈々未』
「うれしいっ!!ありがとう!健太っ!」
呼び捨てにされた事に触れるよりも先に抱きつかれてテンパる健太。
『な、奈々未…おちつ、おちついて!』
「健太の方こそ落ち着きなよ!これからこういうPV撮影とか増えたりするかもなんだから慣れとかなきゃ!ね?予行練習 予行練習!」
健太を独り占め出来て大層ご満悦の橋本は我に帰る。
「あ!ヤバいヤバい、急がなきゃ!」
飛び退いた橋本はそそくさと身支度を整えると風のように去っていった。
『やべっ!オレも急がないとっ!!』
健太もまた忙しない動きで身支度を済ませると玄関を飛び出していった。