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第一章『現れた教育実習生』 11

「痛い・・・、もっと優しくしてよぉ・・・」

一人暮らしをしている深山の部屋に、女性の柔らかい声が響いた。

「これぐらい我慢しろ。あーあ、女の子が顔に傷なんか作って」

怪我をした彼女たちの応急処置を彼は一人で行っていた。

彼女たちは偶然にも担当しているクラスの生徒で、高橋朱里、加藤玲奈、向井地美音、大島涼花、内山奈月の五人で、チーム名を『チーム火鍋』と呼ぶらしい。

「勘違いすんなよな。これでアンタに貸しを作ったわけじゃねえから」

"ジセダイ"こと向井地美音が口元の傷を消毒してもらいながら、深山を睨み付けてそう言った。彼女たちはお互いを少し変わった呼び名で呼び合っているらしく、なぜそのような名前になったのか、本人たちもよく分かっていない様子だった。

「はいはい、とりあえずこれでよし。んじゃ最後、高橋さん」

窓側を向いて胡坐をかいて座って、ずっとこちらに背中を向けていた彼女に話しかけた。だが彼女からの返答は全くなく、ただ黙っているだけだった。

「おい、ウオノメ。呼ばれてっぞ」

"クソガキ"こと大島涼花が彼女の顔を覗き込んだ。まあ、またなんでそんなひどいあだ名になったのだろうか。だが"ウオノメ"こと高橋朱里は、彼女の言葉にも応えず、ゆっくりとその口を開いた。

「先公、アンタに聞きたいことがある」

「何?」

ようやくこちらに体を向けた彼女は、右膝を立てて、片手をその膝の上に置いてから、深山のことを睨み付けた。

「どうして、ウチらを助けた」

「えっ・・・」

彼女の言葉に深山はすぐに返すことができなかった。実をいうと、自分でもなぜ彼女たちに救いの手をさしのばしたのか、自分でもわかっていない。

だがあのとき、彼女たちが目の前でぼこぼこに殴られていたのを見たとき、何かが彼の中で叫んだ。彼女たちを助けろと。しかしそれは喧嘩から助けるという意味だけではなかった。

「決まってるでしょ、君たちの先生だから」

「先生って言っても、まだ教育実習生だろ」

"ケンポウ"こと内山奈月が冷静に間に割って入ってきた。どうやら彼女は頭の中に日本国憲法の百三条もの条文すべてを頭に入れているらしい。

「それでも今は君たちの先生だから」

「そういうことを聞いてんじゃねえんだよ」

ウオノメは依然として深山を睨み付けたままだった。

「アンタ、本当は滅茶苦茶強いのに、あえて手を出さなかっただろ。私は見てたんだ、お前の手が握り締められてたことに」

しまった。と思った。感情のコントロールはここ数年で何とか体得できたと思っていたが、僅かばかり自分の無意識下での動きがあったようだった。

「そうなのか?でも見る感じ、そんなに強そうには見えないけど」

「甘いんだよ、ジセダイ。さくらの時も同じだった。見た目とは違う底知れないオーラと気配。私はそれにビビッて、あいつに喧嘩を吹っ掛けちまったんだ」

「それでうちらまで巻き込まれて、返り討ちにあっちまったってわけか」

"ドドブス"こと加藤玲奈が、ウオノメの言葉に納得したように頷いた。ドドブスと言われて、最初は何のことかぴんと来なかったが、どうやら『ドブス』の裏をかいてかわいいという意味で『ドドブス』という名前らしい。なら、なぜ普通にかわいいと評価をしないのだろう。

「なあ、答えろよ。あんたはいったい何者なんだ」

ウオノメの質問に深山はすぐに答えることができずにいた。あの事はこの子たちには話してはいけない。そう思ったからだ。今はまだ、伝えるべき時ではなかった。

「ジムに通ってるんだよ。趣味でね、体を鍛えてるんだ」

「なんだよ、そんなことかよ!ったく、ウオノメも変なこと言うなよな?」

深山は笑顔を浮かべながら、立ち上がり台所へと向かった。背中から感じるウオノメの視線が痛かったが、彼はあえて気にすることを勝手に良しとした。

「みんなお腹空いたでしょ、なんか食べる?」

「えっ、いいのか?」

「まあ、とは言っても、そんな大したのは用意できないけど」

「アタシらは火鍋さえあれば何でも」

「わかった、じゃあちょっと買い出しに行くから、誰か付き合ってよ」

彼の言葉に真っ先に手を挙げたのはドドブスのみであった。