翌日、初めて授業を任されることになった。深山の担当は国語科だった為、授業研究を精一杯してから行ったのだが、聞いている生徒は誰一人いなかった。こうなることは初めから予想していたものの、流石に辛いものがあった。
授業が終わり、教室から出ようとすると火鍋の連中に放課後残るようにと引き留められた。彼女達の方から積極的に関わってくれるようになったのは嬉しいことであったが、少し怖いと思うところもあった。
放課後、クラスに向かってみると、いつものように教室の後方で鍋を囲み、お箸で突っついている彼女たちの姿があった。
「遅いぞ、先公」
「あのね、僕だって暇じゃないの」
「ウチらだって暇じゃねえんだよ」
「それで?何、話って」
「あんたもマジ女の人間になったんだから、ここのルールを覚えてもらわねえとな」
「ルール?」
クソガキが立ち上がり、前の黒板に向かっていった。そこには大きな三角形の図と、いろいろと文字が記されてあった。
「このマジ女にはこんな感じで五段階のヒエラルキーが存在している。一番下の一年生、中間の二年、そしてうちらがいる三年生、そしてマジ女の中でも最強の奴らが集まった吹奏楽部ラッパッパ、そしてその部長がこのマジ女のてっぺんってわけだ」
「わざわざ書いてくれたの?僕に説明するためだけに?」
「うるせえ、黙って聞いてろ」
一番後ろで胡坐をかいていたウオノメが深山の言葉を遮った。
「ラッパッパには四天王と呼ばれる連中がいて、こいつらを倒さなくちゃ、てっぺんには挑めねえ」
「いきなり部長とやりあうのは無理ってことなんだ?」
「ああ、まあでもこの四天王もかなり強い。まずはヨガ。ラッパッパ四天王の中でも門番的存在だ」
クソガキはどこから取り出したのか、ヨガと呼ばれるきれいな顔立ちをした生徒の顔写真を黒板に張り付けた。
「こいつの攻撃は読めねえ。気を使うとかなんとかって言ってるな」
彼女の言葉を補足するようにジセダイが口を開いた。
「そして次がマジック。こいつはラッパッパの中でも一番太刀悪いな」
「マジックで人を驚かせた後、隙を狙ってきやがるんだ。あと足技も威力が半端じゃねえ」
何故かドドブスがやたらとくっついてくるのが深山は気になったが、彼女たちの言葉に耳を傾けていた。
「そして、おたべ。こいつはマジ女の二番目のてっぺんといっても過言じゃねえな」
「マジ女の絶世期の頃からこいつはいるんだよなぁ」
ケンポウが少し渋い顔をしてそういった。
「絶世期って、いつ?」
「もう3年前か・・・?」
「えっ、このおたべって人いくつなの・・・」
「あっ、お前本人にそれ言うなよ?おたべに留年ネタは禁句だからな?」
くっついていたドドブスが、深山に釘を刺した。
「そして、四天王最強がウチらと同じクラスのさくらだ」
「さくらって、ああ、クラスにめったに来ない宮脇さん?」
「そう。こいつは去年、突然転校してきたと思ったら、あっという間に当時の四天王をボッコボコに倒していったんだ」
「ウチらも結構やられたよな」
「こいつらならてっぺんも狙えると思ったんだけどな・・・」
「部長が強かったんだ・・・?」
彼女たちの口調から、なんとなくその先の話の展開を察することができた。深山の言葉を受け、苦い顔をしたのはジセダイだった。
「ソルトの強さは別格だ。ウチらも目の前で見てたが、あのさくらでも、まるで歯が立たなかった」
「今のソルトは昔よりも強い。守るものができたからな」
「守るもの・・・?」
後方で火鍋を完食したウオノメがようやく口を開いた。
「あいつはマジ女のてっぺんにいるってことをようやく自覚したんだよ」
「どういうこと?」
「これまでは単なる暇つぶしでしかなかった。ラッパッパにいることも、喧嘩をすることも。だけど、桜と戦った四天王達の想いを受け取ったあいつは、本気でさくらとぶつかった。そしてその強さを改めて私たちの前に見せつけたんだ」
「そんなに強いんだ、このソルトって人・・・」
ヨガ以外にも四天王と部長の顔写真をクソガキは黒板に貼り続けてくれていた。
深山はただ黙って、その写真を見つめていた。