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 ホームからは初夏の海が見えた。夕方とは言え、昼間とは変わらぬ熱気が身体を包む。

 白石はゆっくりと改札まで歩いていく。

(・・・・・・そろそろ、かな)

 真は二人に小走りで近づいた。白石の背中が見えなくなったのを確認してから、小さく声を上げた。

「おい、待てよ」

 前を行く二人が同時に振り返った。

「あんたは・・・」

「彼女に近づくのは止めろ」

 なぜか真には、尽きることのない勇気が湧いていた。日頃、人に声を掛けるのも躊躇するくらいなのに見知らぬ女子を相手にこれほどきっぱり注意できるのが不思議でならなかった。まるで怖いと思うことさえなかった。胸に宿った正義を貫く気持ちが真を支えてくれていた。

「か、関係ないでしょ!」

 片方が感情的な声を張り上げた。その声があまりにも大きかったので、先を歩く乗客が一斉に振り返った。すかさず駅員も飛んできた。

「どうしましたか?」

「いえ、何でもないんです」

 もう片方が努めて穏やかに言った。乗客の多くが足を止め、何事かとこちらを見守っている。

 その中に白石の顔もあった。

(しまった、見つかった)

 思わず真は白石の視線から逃れるように顔を背けた。

 駅員への説明が続いていたが、真にとってそれはもうどうでもよかった。

「私たちは同じ高校の知り合いなんです」

 そう言って一人が有無を言わさず、真の腕を引っ張った。そして、三人揃って何事もなかったように改札を出た。

 改札の先には白石が待ち構えていた。

(白石はどんな気持ちでいるだろうか)

 真はまだまっすぐに彼女の顔を見られなかった。

「あなたたち、私をつけてきたの?」

 白石が口を開いた。その声はひどく挑戦的なものであった。その響きに、二人の女子もさすがに恐れをなしたのか何も言わずにその場をさっさと立ち去った。

 しかし、真はその場で動けなかった。いつしか駅に人の流れはなくなっていた。駅の待合には白石と真だけが取り残されている。

(どう説明すれば分かってもらえるのだろうかな)

 真の頭にはただそれだけが巡っていた。

「あなたも私をつけてたの?」

 白石は意外にも穏やかな声で言った。

「うん。・・・・・・いや、君のことが心配でつい。ごめん」

 言葉が喉に引っかかるように真が素直に話した。

「そんな心配、要らないのに」

 小さく息を吐いた白石は背中を向けるとさっさと歩き出した。真も無言でその後に続く。

 駅のすぐ裏は海が開けていた。白石はコンクリートの階段を下りていく。途端に潮の香りが強くなった。

 海開きはまだからなのか、海岸に人影はなかった。遠くの方でかすかに犬を散歩させる人の姿が見えた。