昼食を食べ終えると白石は席を立ち、黙って教室を出ていった。しばらくしてから真もその後を追う様に教室を出た。
確かに体育館の裏は人気のない場所で、内輪話をするにはこれ以上最適な場所はないのかもしれない。
指定の場所に到着してみたものの白石の姿はなかった。
「こっちよ」
辺りをキョロキョロ見回す真に突然そんな声が空から降ってきた。見上げると彼女は体育館に併設された階段の上にいた。
「ああ、そこか」
真もスチール製の階段を上り始めた。階段は歩く度に金属の和音が周りに響き渡す。階段は途中で折れ曲がっていて、ついに地上からは見えなくなった。
「こんなところがあったなんて、知らなかったな」
「実はね、ここから体育館のステージ裏に出られるの」
「へえ」
それも真には知らないことだった。階段の突き当たりにはドアが付いているが、鍵が掛かっているのか、こちらからはびくともしなかった。
白石はそのドアを背に腰を下ろした。その隣に真も座った。朝からの日差しを受けて階段はほのかに温められていた。
幅が狭いためか、並んで座ると妙な圧迫感がある。白石と身体が接触するほど近かったせいで真は少し緊張した。
そんな真とは対称的に白石は案外平気そうな顔で楽譜を取り出した。
「これなんだけど」
手渡された譜面を真はざっと眺めた。それがどんな曲調なのか、すぐには分からなかった。
(本当に数週間後にこの曲を弾けるようになっているのか?
真の頭に不安が過った。
「この曲は、君のお気に入り?」
「そう、ね」
真の質問にやや含みのある言葉で白石が答えた。
「ちょっと歌ってみてよ」
「いいわよ」
彼女は柔らかなハミングでメロディーを表現していく。真は目で譜面を追った。
爽やかな曲調の少しアップテンポな曲だが、メロディは比較的シンプルで、コードを押さえるにはそれほど苦労はない。これが真の感想だった。
(何より白石の声質に合いそうな曲だな)
「どうかしら?」
一通り歌い終わると白石は真の顔を覗き込むようにして訊いてきた。
「いいと思うよ」
真にとっても白石が好きな曲なら何の問題もなかった。
「これ誰の歌なの?」
「私も知らないの。でもいい歌でしょ?」
「そうだね」
そうは言ったものの真はすぐに違和感を覚えた。好きだと言う割には、誰の歌かは知らないと言う。それは少々妙な話だった。それならば白石はどうやってこの歌を知ったのだろうか。楽譜まで用意しているのに誰の曲か分からないはずはない。
(・・・・・・そんなことより)
真にはそんな些細な疑問よりもこの楽曲を特訓することが先だった。伴奏がしっかりできるようになって、初めて白石と音合わせが可能となる。今のままではかなり先の話になりそうだった。
真は彼女に一週間の猶予をもらって、一人で練習を開始することにした。