文字サイズ:
 それはあっという間のショーだった。最後の一発が夜空を彩ると、辺りは急に静けさを取り戻す。火薬の匂いだけが河川敷に残されていた。あちこちで拍手が沸き起こっている。

「とても綺麗だったわ」

 そう言って、白石は立ち上がるとスカートのお尻を叩いた。真も黙って腰を上げた。

 花火大会が終わると、一斉に観客が同じ方向に動き始めた。家路を急ぐという目的は皆同じ。人の波が延々と遠くまで続いていた。

 二人はそんな波に押し流されるように堤防を進んだ。

「はぐれちゃいそうね」

 白石は真の手を握った。真も無言で握り返り、黙ったまま白石のことだけを考えた。

(この手の温もりを大切にしたい)

 そう思った。






「ねえ、ちょっとそこで休まない?」

 白石の指は小さな公園に向けられていた。

「そうしようか」

 二人は人波から離脱し、堤防を下っていった。小道を行くと誰もいない空間に出た。真ん中には外灯が立っていてその下にベンチがひっそりと置かれた公園だった。

 握っていた手を思い出したかのように離すと、白石はベンチに腰掛けた。

 真の手にはまだ白石の温もりが残っていた。手が離れた後も、手が少し汗ばんでいたのが分かる。風を受けてすうっとする感じがあった。

 真は公園の外に自販機を見つけると、ジュースを買って戻って来た。一本を白石に手渡してから横に腰掛けた。

 真の耳にはまだ花火の余韻が残っている。空を見上げれば、続きがまた打ち上がるような気がする。

「今日は、来てよかったね」

 ジュースを一口飲んでから白石が言った。

「ああ」

「今夜は楽しかった」

 白石は心底嬉しそうな声で言った。

「これが青春ってやつかな?」

 真はいつかの台詞を思い出して言った。

「そうね。・・・・・・これが青春」

 白石は笑った。頭上の明かりが二人の姿を闇に浮かび上がらせていた。それはまるで舞台に立つ役者を思わせた。真は自然とコンサートのことが頭をよぎった。

「昨日、真くんのギターを聞いてびっくりしちゃった」

 白石が突然言い出した。

「どうして?」

「だって、最初は全然弾けないって言ってたし。本当はギターやってたんでしょう?」

「いや、本当に弾けなかったんだ」

「嘘。すぐに上達するはずないわ」

(君のために毎日練習したんだ。君の顔を思い出して弾いていたんだ)

 そう言ってもいいのだろうか。真は自問自答した。しかし、それは躊躇われた。

 白石は黙って真の顔を覗き込んだ。何も言わずにただ凝視している。まるで言葉を待っているようだ。

 しかし、どんな話を切り出せばよいのか真には分からなかった。

 お互いが言葉を譲り合って、気まずい空気が流れていく。


 白石は真から視線を戻すと、真っ白な足を交互にばたつかせるようにした。

「どうして今日は俺を誘ってくれたんだ?」

 真は思い切って訊いてみた。やはりどうしても訊いておかなければならないことだった。

「実は話しておきたいことがあって」

 白石は神妙な顔をして言った。

 この日の白石は様々な表情を持っていた。これほど感性豊かな少女だったのかと驚くほどに。教室の彼女はやはり別人に思われた。

「もしよ」

 白石が言葉を切った。

「もしも、私が芸能界デビューするって言ったら、どうする?」