二人は木陰に入った。ここからは校庭が見渡せる。時折吹く風が木々の葉を揺らし、乾いた音を奏でた。
しばらくすると約束通りに鳥居が現れた。彼は不機嫌そうな顔で立っていた。まだ白石を敬遠しているような感じだ。
そんなことは構わず真は紹介を始めた。
「鳥居、こちらが白石麻衣さん。彼女の歌は最高だぞ」
次に白石の方を振り返った。
「こちらが、俺の友達の鳥居正隆。去年同じクラスだったんだ」
白石の目がわずかに輝いた。どうやら、最初の観客となる人物に興味を持ったようだ。
「真君のお友達? よろしくお願いします」
お辞儀をすると髪が肩からこぼれた。
「よし。じゃ、ちょっと弾いてみるから、聴いてくれよ」
「はいはい」
鳥居は軽く手を挙げ、石のブロックに腰掛けた。
「じゃ、行くよ」
真は白石に目で合図を送った。
前奏が始まった。この前奏のパートだけでも真は何度練習したことか分からなかった。今ではもう身体に染みこんでいる。
(ここまでは俺のペースだ)
真の右腕だけが曲をリードする。そこへ白石の歌声が合流してくる。
彼女の澄み切った声が辺りに響き渡った。それは校庭の隅々までも届いているようだ。そして、ついには大空へと吸い込まれていく。
鳥居の顔がみるみるうちに変わっていくのが分かった。
(予想通りだ)
真の思惑通り鳥居は予期せぬものを目の当たりにし、度肝を抜かれたように口をぽかんと開いたままでいた。
その反応に真の中に自信が湧いた。
ペースはどんどん上がっていく。真は白石の歌声にしっかりついていけている。
真は腕が痺れるほど、強く速くストロークした。身体が浮かび上がってくる感覚。このまま歌声に乗って、どこか遠くまで飛んでいけるかのように思える。
彼女は最後までしっかりと歌い上げた。しかしまだ伴奏は続く。
(まだ最後の一仕事がある。白石を無事に送り出すんだ。悔いのない様に旅立ちを見守ってやろう)
真はただそれだけを考え、最後まで力強く弦を弾く。
そして、最後の弦を弾いた。演奏が終わると校庭には静けさが訪れていた。
しかしギターの音色がいつまでも鳴り止まぬ余韻があった。演奏は終わったというのに、周りの空気は共鳴し続けていた。
鳥居は立ち上がって拍手をした。驚いた目をして、いつまでも拍手をし続けた。
それに重なるように、別の拍手も聞こえてきた。音の行方に目を向けると、鉄棒付近に8人ほどの人垣ができていた。
(いつからいたんだよ?)
演奏中はまったく気づかなかった。彼らは互いに顔を見合わせて頷き合っている。
真は白石が隣で自分に視線を向けているのが分かった。その視線を痛いほどに感じながら、ゆっくりとギターを置いた。
「凄いよ」
「上手だったわ」
近付いて来た鳥居と白石の声がぶつかった。真の中には、満足感だけがあった。ついに完成したんだ、と感慨が湧いた。
「ホント、凄いよ。格好良すぎる。どうやってこんなにできるようになったんだよ?」
鳥居は興奮しているようだ。
「いや、凄いのは俺じゃない。彼女の方だ。俺は引き立て役に過ぎないよ」
「確かに白石さんの歌は上手だった。なんつうか、プロっぽいって言うの?高校生の次元じゃない」
「ありがとうございます」
鳥居の賛辞に白石は小さく礼を言った。
「けど、お前のギターも良かった。圧倒的な迫力が感じられた」
「私もびっくりした」
鳥居の言葉に賛同して白石も横から言った。
「前よりも、うんと上達してた」
二人の言葉を聞いて、真は素直に嬉しくなった。
(白石と組んでよかった。彼女がいたから、ここまで来られた)
真は見えないように小さくガッツポーズをした。
「これは、ひょっとすると優勝も狙えるかもな」
鳥居が真面目な顔をして言った。