季節は春を迎えていた。学校に続く坂道には桜の花びらが無数に乱れ飛んでいる。それは無事に入学を果たした新入生に拍手を送っているかのようだった。時折吹く風はまだ少々冷たいが空は抜けるように青く、新たな出会いを演出するに相応しい風景だった。
高校二年の一条 真はそんな坂道を無感動に登っていた。目の前には去年と同じ光景が広がっている。彼の周りには慣れない制服を身にまとった後輩たちが、どこか緊張した面持ちで学校を目指している。自分も去年はこんなふうだったのか、と考えた。
新入生らは脇目も振らずただまっすぐに歩いていく。希望の中に不安が大きく影を落としているのか、心にゆとりが感じられない。彼らは、ただゴールまで突き進む競歩の選手のようである。
一方、上級生はこんな風景を目の前にしても気分が高揚することなどない。あるのは、日々の惰性と適度な怠惰だけである。友人と並んで登校する生徒はどうしても歩くのが遅くなるようだ。楽しい時間を少しでも長く共有しようと考えるのだろうか。
真はそんな彼らを縫うように先を急いだ。特に慌てる理由もないが、孤独であることが彼の歩みに速度を与える。
(何も自分に限ったことではない)
一人寂しく登校する者は、その場を早く去りたいのか、どんどん歩いていく。その歩き方はどこか新入生と共通するものがある。
そんな真のすぐ目の前に女生徒の後ろ姿が現れた。長い髪を後ろで束ねている。
彼女は一人でいるにもかかわらず、歩くのが遅かった。まるで周囲を確かめるように、ゆっくり進んでいく。
不思議な少女だった。明らかに新入生だと思われた。坂道を埋め尽すほどの桜に圧倒されているのだろうか。
それにしても彼女の歩みは遅すぎる。まるで小学生が通学路で目にする物に心を奪われて、立ち止まっては進む、そんな感じなのである。
真はそんな彼女をあっさりと追い越した。同じ高校生でありながら、まるで勝負にならなかった。少し先に進んでから、何気なく後ろを振り返った。慌ただしい朝に、ふらふら歩いている新入生の顔をちょっと拝んでやろうという気持ちだった。
彼女の姿は遥か後方になっていた。意外にも大人びた、整った顔つきをしていた。自分よりも年上に見える。背はやや高く、すらりと伸びた足がもつれるような動きをしている。
彼女は舞い降りてくる桜の花びらに、一々気を取られているようだった。次の瞬間、その姿は制服の波にすっかり飲み込まれてしまっていた。