文字サイズ:
 その日は真にとって時の経つのがやたら遅く感じられていた。加えて朝から何をやっても手につかない感じだった。

(どうしてだろう)

 真は一度構えたギターを傍に置いて考えた。白石が積極的に自分を誘ってくれた。人と接することを頑なに拒否してきた彼女からの誘いだけに、真は内心驚き、また嬉しさもひとしおだった。

 これまで地元の祭りなど大して興味も湧かなかった。人混みよりも静かな場所の方が自分の性に合っていた。

 しかし、今回だけは違った。夕方がとても待ち遠しく感じられた。誰かが自分を待っているという期待感に心がわくわくする。

(白石も同じ気持ちでいるのか)

 少しばかり口元が緩くなっている気がするのを感じながらも、気をつけろよといつか正隆が言っていたのを思い出した。

 確かに彼女は学校でタバコを吸っていた。周囲の悪い噂は本当だった。あの時ばかりは真も正直、彼女に騙されていたのだと感じた。しかし、彼女は開き直ることもせずにいきなり謝った。

 その瞬間、真には何故か彼女を他人とは思えない見えない鎖で繋がっているような気がした。

(あの感覚は何だったのだろうな)

 本来なら彼女を突き飛ばして、さっさと立ち去ることだってできたはず。しかし、その場に踏みとどまった。コンサートの出場も取りやめよう、頭ではそう結論を出しておきながら、実際にはそんな気はさらさらなかった。

 むしろ、彼女とこれからも一緒に居よう、そんなことを考えたのだ。

(なんでだろうな)

 彼女の孤独をこれ以上放ってはおけないと思ったのだろうか。でも、それは真が引き受けるべき仕事ではない。

(いや、そうじゃない。そんな仕事だからこそ、自分にしかできないんだ)

 真はそう考えた。だが、心のどこかでは白石のことを完全に信じられない自分もいる。タバコが見つかって、彼女はひどく慌てていた。瞬時にこの先の不利益を予測した筈である。

 もしかすると、祭りに誘ったのは実はまるで別の考えがあってのことではないかという気さえもしていた。すなわち、このままではコンサートに出られなくなってしまう。彼女としてもその機会だけは失いたくなかった。そこで自分との関係を修復しておこうと算段した。例えそうであるなら、彼女は真のことを最大限に利用しようと考えていることになる。

(別にそれでも構わないか)

 どこか寂しさはあるが、それで彼女の学校生活に弾みがつくのであれば、それでよいのかもしれない。そう真は考えていた。