真は家に帰ると、着替えもせずに押し入れを開けた。去年の暮れに父親から譲り受けたギターの保管場所は分かっていた。
ギターを手にしたばかりの頃の真はまるで大人になったような気がして嬉しく毎日本体をケースから出しては磨き、基本動作の練習に余念がなかった。しかし、いつの間にかその熱も冷めてしまった。ギターを手に入れるのと同時に自分は格好良くなった気でいた。それですっかり満足してしまった。ギターの練習を続ける動機が極めて弱かったのだ。
だが今回は違う。確固たる強い動機が真にはあった。これは白石のため。自分に課せられた仕事のように思われた。
(今回はやり遂げないとな)
埃の積もったケースを開け、ギターを取り出すとそう誓った。
とりあえず、真は構えてみた。そして思いのままに弦を弾いた。アコースティックギターの六本の弦が創り出す乾いた音が部屋中に響き渡った。指の動かし方は体が覚えているようだ。しかし、この状態から舞台に立てるようになるまでにどれだけ時間を要するのか、考えるだけで真は気が滅入っていた。
選曲は白石に任せてあった。真の仕事はその曲を演奏するだけ。彼女がメインで気持ちよく歌えるようにサポートする。ただそれだけだった。
一通り全音階を出してから、真はギターを傍らに置き、カーテンを大きく開けて夜空を見上げた。
翳りのない星空を眺め、白石のことだけを考えた。
砂浜を駆け、波と戯れる少女は学校で見る彼女とはまるで別人だった。日頃の抑圧から解放され、自由に身体を動かす彼女には笑顔が溢れていた。
そして、彼女は双子の妹だった。顔の似た姉がいるという。それを聞いた時、彼女の持つ不思議さが全て説明できるような気がした。しかし、今になって考えるとやはり彼女は不思議なままである。何一つ白石のことを理解できていなかった。
真にはどうしてこれほど彼女のことが気になるのか。その理由が分からなかった。
翌朝、白石は先に教室に来ていた。真の姿を認めると、すかさず立ち上がった。
「おはよう」
白石は少し照れたような表情でそう言った。真には、こんな短い挨拶にも彼女の朗らかな気持ちを感じ取ることが出来る気がしていた。
「おはよう。曲は決まった?」
席に着くなり真は早速訊いた。
「うん。でもその前に、昨日はいろいろとありがとう」
白石は頭を下げた。
「いや、こちらこそ、無理言ってごめんな」
彼女は小さく笑みを漏らした。
「それで、曲の件なんだけど」
これほど明るい白石の顔を今まで見たことがなかった。
「どんな曲?」
「ここではみんながいるから・・・・・・。お昼休みにちょっと付きあってほしいの」
「いいよ」
「じゃあ、食事が終わったら体育館裏に来て」
「分かった」
真は白石が自分から積極的に話掛けてくれることが何より嬉しかった。これをきっかけにさらに親しくなれる。そんな予感を抱いた授業中、真は何度も白石の横顔を盗み見た。
垂れてくる長い髪を持ち上げるようにしてノートを取っている。彼女もこちらの視線には気づいていて、それを意識しているようだった。
しかし、彼女は馴れ馴れしく話掛けてはくれなかった。やはり学校ではどこか感情を抑えているように思われた。