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 それは体育の時間のことだった。

 体育館の窓からは校庭が見えるが、激しい雨足が遠くの景色をかき消していた。連日降る雨を大地は黙々と受け止めている。

 体育館には真のクラスと隣のクラスの男女が、一同に集められていた。六月のこの時期、館内は肌にまとわりつくほどの湿気が充満していた。じっとしているだけで汗ばんでくる。

 この日は体育館の半分を男子がバスケットボールに、もう半分を女子がバレーボールに使用していた。

 目の前ではクラス対抗のバスケの練習試合が始まっていた。床の上では、小気味いいシューズの音が絶え間なく響いている。真はコートの外でぼんやりと自分の出番を待っていた。

 運動がそれほど得意でない真にとって、他人の試合を見学するという時間は実にありがたい。ここは女子の目もある。誰もが自分の醜態を晒したくはない。

 真は何気なく隣のバレーコートに目をやった。女子たちもクラス同士で試合をしているようだ。こちらと同じく、試合に出ていない生徒が隅の方でその行方を見守っている。

 真はちょっとした好奇心から白石の姿を探してみた。

(・・・・・・いた)

 それほど苦労することもなく、彼女が目に映った。ちょうど奥のコートに入っている。彼女は周りよりも少しばかり身長が高いだけに頼もしいバレー選手のように見えた。しかし、身体の構え方がどこかぎこちない。どうやらスポーツはあまり得意ではないと真は直感した。

 その時、相手のコートから強いサーブが繰り出された。体育館の空気を切り裂くような音とともに、白いボールが鋭角に飛び込んできた。それは白石の身体にたちまち吸い込まれた。

 突然襲いかかったボールの勢いに白石は身体を動かすことすらできなかった。不用意に突き出した手に当たったボールは彼女の顔面を強打したようだった。身体がくの字に折れ、床に崩れ落ちた。すかさず相手クラスの女子から笑いが起こった。

 サーブを見事に決めた女子は戻ってきたボールを意のままに操っていた。自分のプレイに何の疑いもないようだ。どうやら相当バレーの経験を積んだ人物に思えた。

 白石はのろのろと身体を起こした。少し頭を振るようにして、それから鼻の辺りを手で押さえた。そしてネット越しに相手を睨みつけた。しかし、まだ足がわずかに震えているように見える。

 さっきのサーバーが、控えの女子に目で合図を送った。それから二度目のサーブを打ち込んだ。今度も体育館が震えるほど激しい音がした。

 白いボールはまたもや白石を襲った。今度は足をかすめ、白石は思わずバランスを失った。長い髪が助けを求めるように左右に揺れ、床に尻餅をついた。隣のクラスからはまた歓声が沸く。

 そこで笛が鳴り響いた。女子の体育教師が不格好に足を投げ出す白石に駆け寄った。そこでメンバーが交代となった。白石は右足を庇うようコートの外へ出ていった。

「わざとだよな、あれ」

 真のすぐ近くで誰かの声がした。気がつくと周りの男子の視線はバレーの方に吸い寄せられていた。

「だな。てか、あのサーブは俺らでも難しいぜ。あいつ、バレー部の副キャプテンだろ」

「狙い撃ちってやつかよ」

 真の知らない男子がそう言った。

(やっぱりな)

 違和を感じあのサーブは悪意に満ちていた。みんなの前で白石に失態を演じさせ、それを笑いものにしようという意図が含まれていた。

 どうしてそんなことをするのだろうか。確かに白石は人とうまく付き合えないかもしれない。しかしだからといって、彼女を非難する権利は誰にもない。彼女だって自分の意志で生きている。それを他人が矯正する必要もない。

 ふと真の頭に公開処刑という言葉が頭をよぎった。
(こんなやり方で他人を苦しめるとか・・・・・・卑怯だ)

 あのバレー部員を筆頭にこんな馬鹿げたことを企てた女子たちが心底憎くなった。

「おい、お前ら。どっちを見てるんだ」

 体育教師の怒鳴り声が響き渡った。