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 突然、部屋の電話が鳴り響いた。真は手から卒業アルバムを解放すると受話器を取った。

「もしもし、高校のクラス委員だった、二階堂です」

 電話の向こうからはやや控えめな声がした。

「ああ、どうも、こんばんは」

「久しぶり、一条君。懐かしいね」

 二階堂は急に馴れ馴れしい口調に切り替わった。それは彼らしい演出のように思われた。二階堂は成績優秀でずっとクラス代表を務め上げ、スポーツも万能だった記憶がある。そのため女子からは常に人気があった。今もその面影を残しているのだろうか。

「確認のために電話したんだ。明日は来てくれるんだろ?」

 二階堂は早速そんな話を切り出した。

「もちろん。夕方六時に高校だったよね?」

「そう、グランドが駐車場になっているから車はそっちに入れてくれよ」

 今回の同窓会は母校の体育館で行われる。実は来年、この体育館が老朽化を理由に、建て替えられることになっている。そのため、消えゆく体育館を会場にしようという案が持ち上がったらしい。体育館に生徒、恩師が一同に会し、料理もそこへ運ばれる手筈になっている。

「それじゃ、明日は遅れずに頼むよ」

 二階堂は最後にそう付け加え、電話を切ろうとした。
 

「あ、ちょっと待って、聞きたいことがあるんだけど」

 真は間髪を入れずに引き止めた。

「うん? 二次会のこと?」

「いや、違うんだ。二階堂君は白石って名前に聞き覚えがあるかい?」

「シライシ?」

 怪訝そうな声が受話器から伝わる。

「古石じゃなくて?」

「そう、白石麻衣っていうんだけど」

 お互いが受話器を耳にしたまま、無言になった。二階堂はしばらく考えているようだった。

「そんな名前は名簿にはないけど」

「転校生とか、そういう子は?」

 真はなおも食い下がる。

「いや、そういうのも全部名簿には入っているから間違いないよ」

「そうか」

 口ではそう言ったものの、さほど失望感はなかった。こちらも卒業アルバムで確認済みである。あくまで念のために、という程度だった。

「上級生か下級生なら、どうだろう? 知らないかい?」

「いや、僕の知る範囲ではそんな名前はいなかったと思うよ」

 人脈の広かった二階堂が言うのだから間違いはないだろう。

 それでは白石麻衣とは一体、どこの誰なのか。謎は謎のままである。

「その白石ってのは、どういう子なんだい?」

 今度は二階堂が逆襲してきた。真は返答に窮した。まさか例のメモの話をする訳にもいかない。

「いや、いいんだ、こっちの勘違いだな、多分」

「そうか、気になるなら調べてみようか?」

 二階堂の申し出に真は少しひかれながらもいらないと、固辞した。

「・・・ところで、まだギターは弾いているのかい?」

 二階堂は思い出したかのようにと訊いてきた。

「ギター?」

 一瞬、何の話か分からなくて聞き返した。

「ギターだよ。ほら、文化祭で弾き語りしただろ?」

「ああ、あれか」

 真はやっと思い出した。確かにそんなことがあった。

「今でもやっているのかい?」

「いや、全然」

「そうか、残念だな。もし今もやっているなら、明日体育館で弾いてもらおうと思ってさ」

「いや、あれからまったくやってないから無理だよ」

 真はきっぱりと言った。

「それじゃ、明日はよろしくな」

 二階堂ら快活に笑うと電話を切った。文化祭でギターを弾いたことなど、今の今まで忘れていた。同時にさ、体育館に特設ステージを設けて、学生コンサートが開かれた。歌や楽器に自信のある連中が、次から次へとステージに上がって楽曲を披露した。

 自分もギターを片手に参加した。そう言えば、それほどうまくもないギターをどうして人前で弾こうと思ったのだろうか。今にしてみれば、不思議な話だ。

 当時、確かにギターに興味を持って、独学で練習を始めた記憶がある。しかし、それをコンサートという大舞台で披露するほど、うまくなかった筈である。それに、そもそも自分はそんな活発な性格でもない。

 では、一体どういう経緯でコンサートに参加することになったのだろうか。謎は膨らむ一方である。

 しかし二階堂は、本人ですらとっくに忘れていることを、よく覚えていると感心するいや、いくら彼でもそれは不可能か。おそらく、同窓会での話題作りのために、当時のイベントのプログラムや写真を掘り返して見たに違いない。

 もしそうなら、明日はそのギターの話がみんなの前で持ち出されそうだ。それはそれで少々恥ずかしいな、と思った。

 それにしても、二階堂も大変である。確かに彼とは同じクラスだったが、そんなに深い付き合いがあったわけでもない。それでも彼は幹事である以上、当時目立たなかった自分を持ち上げるような演出をせねばならない。

 ふと壁の時計に目をやった。夜の十時を回ったところである。谷山はおそらくこの後も、そういった電話を掛け続けるのだろう。とても自分には務まる仕事ではない。

 さて、どうやら明日の同窓会には白石麻衣が現れないことだけは確かである。名簿に載ってないのだから、それも当然だろう。

 明日クラスメートの何人かに訊いてみようと思った。しかし、二階堂ほどの人物が知らないようでは、おそらく期待薄ではあるが、ひょっとすると何か分かるかもしれない。白石麻衣のことはともかく、真には、明日の同窓会が楽しみになってきた。決して人から注目される存在ではなかったが、それでも今、高校時代の懐かしい日々が蘇ってくる。

 そんな思い出に身を委ねているといつしかその不思議なメモの存在を忘れてしまっていた。