携帯電話が鳴った瞬間、私は小さな悲鳴を上げて身体を竦ませた。恐る恐る机の上に置いてある携帯電話のディスプレイを見ると、案の定あんにんこと入山杏奈さんからだった。
着信音を彼女だけ変えてある。鳴り響く着信音は恐怖のメロディーだ。着信を告げる携帯電話。このまま無視しておくわけにはいかなかった。私に選択肢はないのだ。
「はい。もしもし」
震える手でディスプレイを押すと、風の音が聞こえた。どうやら外で電話をかけてきたようだ。
『遅いわね。寝てた?』
事前にあんにんさんにはスケジュールを伝えてある。今日は休みだった。けれど電話になかなか出なかったのは、寝ていたわけではなく、恐怖心からだった。
「いえ。ちょっとテレビを観ていました」
『ふうん。私の家に来なさい。時間はそうね。お化粧はしてあるかしら』
「いえ。まだ」
もしかしたら呼び出しを食らうと思っていながらも、私は化粧はおろか朝食すら食べていなかった。何もする気が起きないのだ。
『そう。じゃあ一時間後に私の家に来れるかしら』
私に拒否権なんてあるはずがなかった。
「はい。分かりました」
通話が切れると、私の胃がキューッと痛みを訴えた。
自業自得といえば、そうだ。あんにんさんから受け継いだラジオのお仕事。私の実力不足で打ち切りとなってしまった。
ネット上では、某サッカー選手を冒涜するような真似をしたからだとする声があったが、私はそんなことをした覚えなんてなかった。
むしろ巧妙な罠にでも引っ掛かった気分だ。誰かが私を嵌めようとしている。そう思えてならなかった。
手早く化粧を済ませると、私はタクシーであんにんさんの自宅へと向かった。逆算をすればちょうどいい時間だ。
呼び出しに慣れた私は忠実な犬のようだった。
『入りなさい』
オートロックのマンション。エントランスに入ると、部屋番号を押す。向こうの声が聞こえ、扉が開かれた。
胃のムカつきは最高潮に達している。今日はどんなことをされるのだろう。前回やったことを思い出そうとするが、記憶が曖昧になっていた。
「時間通りね。偉いわ」
あんにんさんの部屋のインターフォンを押すと、中から応答はなく扉が開かれた。バラのような香りがふわっと飛び込んできた。
私は頭を撫でられると、「お邪魔します」と言って室内へと入った。
「今日は何をしましょうかね。ねえ。ひーわたん。何がいいかしら」
私が通されたのはリビングではなく、寝室だった。セミダブルのベッドはつい最近購入したという。
そう。私のために――。
「な、何でも構いません」
胃が痛みを訴え始めた。紐で固く縛られているようだ。
「そうねぇ。そうだ。せっかく来てくれていたのに飲み物を用意していなかったわね。すぐ用意するからここで待ってて」
あんにんさんは何かを閃いたようだ。その閃きは決して私にとって僥倖ではないのは確かだった。
待っていてといわれた私は、鎖に繋がれた犬のようにジッと待つことにした。