私、見てしまったんです。プロデューサーの秘密。
いつも部下たちに檄を飛ばしている熱血のプロデューサー。周囲からは「鬼軍曹」と呼ばれているあの方の秘密を私は知ってしまったのです。
それは野外ロケのことでした。秋が濃くなってきたあの日。初霜が観測されるほどの気温の中、撮影は行われていました。
「カット。一旦休憩に入りまーす」
一コマを撮り終えると、マネージャーがさっさと上着を持ってきてくれます。ADがポットから紅茶を淹れてくれました。
湯気の立つ紙コップを受け取ると、怒声が聞こえてきました。
「お前何しているんだよ! 機材を忘れるなんて。どうしてくれるんだ」
いきなりのことに身を竦ませた私に、マネージャーは肩を擦ってくれました。
「あの子またミスしたみたいね」
話を聞けば、よくミスをして怒られている子だそうです。私よりも年下に見える彼は何度も頭を下げていました。
しかし顔を上気させたプロデューサーの怒りは収まらないようで、しまいには「帰れ」と言われ始めていました。
「こんな場所で帰れるはずがないのにね」
そうです。私たちがいるのは人里離れた山中でした。民家はおよそ見当たらず、話では最も近くて数十キロの場所にあるとのことでした。ロケバスの中で寝ていた私には道順なんて分かるはずもなく、マネージャーの言葉に黙って頷きました。
必死に頭を下げる彼。私は助け舟を出そうかどうか悩みました。マネージャーに目配せをすると、私の意図を察してくれたようで、無言で首を振られました。
「ダメよ。何度もミスをするあの子が悪いの」
私はただマネージャーの言うことに頷く以外出来ませんでした。
結局彼はロケバスの中のトイレ掃除を命じられていました。トイレもない山中です。唯一機材を積んだ大型バスの中にだけトイレがありました。
バスの中へと消えていく彼を私はその姿が見えなくなるまで追いました。
ザワザワとした声が聞こえたのは、撮影の半分を終えようかとしている頃でした。ちょうどキリのいいところまで来たので、昼食にしようかと話になった時のことです。
「どうしたんですか?」
私はプロデューサーに声をかけました。
「あのバカがトイレを壊しやがったんだ」
苦々しい顔をしながら答えるプロデューサーに私は言葉を失いました。
聞けば、彼は何を思ったかトイレを詰まらせたとのことでした。逆流する水。機材は無事なようでしたが、一歩間違えれば撮影は中止になるところでした。
その元凶となった彼の姿はどこにもありません。トイレを詰まらせた後、疾走したのではと噂が立ちました。
「余計なことをしやがって……」
歯を食いしばるプロデューサーの顔を見ているのが怖くなって、私はその場から離れました――。
結局撮影は続行されました。彼は帰ってきません。そのことを心配する声は皆無でした。唯一、休憩の時に「あれだけ怒られればな」と同情する声はありましたが、彼の行方を心配している人は誰もいませんでした。
ほとんど朝から気温が上がらずに撮影をしているので、温かな飲み物が欲しくなります。しかしそれを飲むと、今度は尿意を催します。茂みに隠れて用を足すしかありません。
この時ばかりは彼を恨みました。トイレさえ無事ならばこんな外で用を足すことなんてなかったのに。
しかしそこで見てしまったんです。『鬼軍曹』と呼ばれるプロデューサーの秘密を――。