
そういえばシャワーを浴びていなかった。においフェチなのは構わないが、昔の恋人に汗を流していないペニスを舐められるのも抵抗感があった。
「ちょっとタンマ」
「何よ。包茎じゃないでしょ、確か」
愛佳の手のひらが薄い生地越しに添えられている。上下に擦られればあっという間に勃起してしまいそうだ。
「俺、シャワー浴びてくる」
「いいじゃん、そんなの。後回しで。フェラしたら浴びてくれば問題ないよ」
「お前に問題があるんじゃなくてこっちにあるんだ」
愛佳から離れると、支えを失ったペニスがトランクスの中でカマをもたげるように沈んだ。
「浴びてくる」
そう言い残し、俺は浴室へと向かった。
浴室は愛佳が使用したばかりだからか、まだ湯上りのにおいがした。意識すると、妙な気持ちになるから、頭の中を空にした。
熱いシャワーを勢いよく浴びながら俺はどうしたものかと考える。相手に流されるままホテルへ来てしまった。昔の彼女とのセックスに俺は応えるべきなのだろうか……。
真っ白にしたせいか、考えがまとまることは無かった。湯気のようにモクモクと立ち込めては消えていく。
俺は壁を殴った。鈍い音と共に
「なるようになれだ!」
バルブを捻って、今度は冷たいシャワーに切り替える。冷水が頭だけではなく、股間をも鎮めてくれそうだ。
シャワーを浴び終え、タオルで身体を拭くと、息を大きく吐いた。扉の向こうでは愛佳が待っていることだろう。ようやく戻ってきたかと、愛撫の再開をしてくるはずだ。
なるようになればいい。
俺は扉をゆっくりと開けた。
「……愛佳?」
扉の先にいるはずの彼女の姿はどこにもなかった。トイレだろうか。
しかしこのホテルはユニットバスだ。トイレはこの扉を開けなくては使用出来ない。だとすると、部屋の外でも出たのだろうか。
胸騒ぎがした。俺は慌ててズボンを探した。
ズボンはソファの上にあった。上着と一緒に綺麗に畳まれている。
「私、ガサツに見えるかもしれないけど、こう見えてA型だから洗濯物は綺麗に畳むのよね」
昔彼女が言っていた言葉がふいに思い浮かんだ。緊急事態かもしれないのに、そんなどうでもいい情報がパッと思い浮かぶなんて。
「ない……」
胸騒ぎが大きくなる。心臓が張り裂けそうな痛みを覚える。財布だけではない。携帯電話もなくなっていた。
「畜生! あの野郎!」
探せども探せども見つからない。疑いたくないが、犯人は奴しか考えられなかった。
騙されたのか――そう気づいた時には俺は失望感や怒りというよりも、どうしてだという思いだけが残っていた。