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相楽伊織 「隣のお姉さん」1

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 その人が僕の住むアパートに引っ越してきたのは二年目の春だった。大学進学を期に一人暮らしを始めた僕が、このアパートに住んで二年目が経った日のことだ。

 部屋でゴロゴロとくつろいでいると、インターフォンが鳴った。宅急便だろうか? 僕は玄関に向かった。

 ドアスコープから覗くと、見慣れない顔の女性が立っていた。保険の勧誘だろうか。僕はチェーンをかけたまま扉を開けた。


「初めまして。隣に越して来た者です」


 女性はそう言って頭をペコリと下げた。長い黒髪がカーテンのように垂れた。


「あっどうも」


 僕も反射的に頭を下げた。


「これ。粗品ですが」


 女性が持っていた物を渡そうとしていたから、僕はチェーンを外した。


「わざわざどうも」


 受け取りながら僕は彼女の顔をじっくりと見た。ドキッとした。長い黒髪はサラサラとしていてとてもいいにおいがしそうだ。顔も凛としていて人によってはきつく見えるかもしれないが、僕にはストライクゾーンだった。


「大学生ですか?」


 声も落ち着いた声をしていた。どうやら僕よりも年上のようだ。


「はい。そうです」


「そうなんですか。よろしくお願いしますね」


 そう言って彼女はまた頭を下げると、そそくさと行ってしまった。

 僕は呆けたようにその場に立ち尽くした。




 相楽伊織――それが彼女の名前だった。名前を聞き出すのは、さほど難しいことではなかった。彼女が引っ越してきた翌日のことだ。

 ゴミ捨てに行くと、彼女がいた。何やら困っているようだった。


「どうかされましたか」


「ロックの番号がわからなくて……ああ、昨日の」


 このアパートのゴミ捨て場はプレハブ小屋のような建物が建てられており、そこに捨てる決まりになっているが、番号式の鍵がかけられている。


「それだったら」


 僕は彼女に解除する番号を教えた。


「ありがとうございます。不動産、ゴミ捨て場の番号なんて教えてくれませんでした」


「それは酷いですね」


 これがきっかけだった。その場で彼女は名前を教えてくれた。




 それから僕たちはちょくちょくと話し合う仲になった。保険会社で働く彼女は転勤を受けてこのアパートに越してきたらしい。それまでは実家暮らしだったため、初めての一人暮らしで寂しいと言っていた。

 寂しさから、僕とよく話す関係になったのは嬉しいのだけれど、一つだけ困ったことがあった。


 それは洗濯物だ。無防備なのか、洗濯物をベランダで干しているのだ。それは当然のことなのだけど、問題なのは下着も一緒に干していることだった。

 彼女の部屋の構造上、盗まれる心配もなければ覗かれる心配もなかった。唯一、僕の部屋から以外――。


 恋人がいなかった。これまで十九年間生きてきた中で、一度も出来たことがなかった。女性に興味がないわけではない。むしろ付き合いたいし、セックスだってしたかった。

 ただ付き合えるチャンスがなかっただけ。そんな僕のすぐ横に越してきた美女。しかも洗濯済みとはいえ、彼女が穿いていた下着が手を伸ばせばすぐそこにある。

 良心の呵責(かしゃく)だとか、犯罪だとかそんなものは綺麗に消え去っていた。