ひとしきりピーコと新井先輩の結婚話で盛り上がりを見せた。この一ヶ月本当の笑い方を忘れてしまっていたが、この話題で思い出したかのように俺は笑った。
役所で働きながら草野球を続ける新井先輩は、試合でホームランを打ったらプロポーズをすると決めていたらしい。
三振が続いた第三打席。引き分けでも五回までのルールでこれが最終打席だった。
ワンアウト一塁。点差は一転のビハインドだった。打席に立つ新井先輩は自分が決めるのだと意気込んだ。
ピッチャーが投げる。新井先輩は柵越えを狙って強振する。が、ボールは転々と内野を転がり、セカンドの真正面。セカンドが捕って、二塁へ投げ、フォースアウト。ベースカバーに入ったショートがそれを一塁へと投げ、新井先輩の力走空しく、ダブルプレーが完成した。
野球にさほど詳しくない愛佳の説明だったが、俺には映像化されたように分かった。学生時代から新井先輩のダブルプレーの多さは有名だった。
試合は終わった。互いの健闘を称えあう両者の中で、新井先輩は一人泣いていたという。それはまさしく最後の夏に破れた高校球児さながらのような泣き方で、誰一人として近寄れなかった。
グランドの雰囲気は新井先輩のせいで、重苦しかったそうだ。せっかく勝った対戦相手も手放しで勝利を喜べない中で、突如として新井先輩は立ち上がった。
ベンチに座るピーコに駆け寄ると、その場で土下座した。額を荒れた土に擦り付ける正真正銘の土下座だった。
「最後の最後でごめん! でも、俺はあなたのことが好きです! ホームランは打てなかったけど、結婚してください!」
いつか答辞を読み上げたような声よりも力強く、叫ぶような声だったという。新井先輩が所属するチームも対戦相手もその場にいた全ての人々が彼と彼女に注目した。
「じゃあ、あたしとの結婚生活でホームランをかっ飛ばして!」
ピーコは涙ながらに、新井先輩に負けないような声量でそうプロポーズの言葉を受けたという。
余談ではあるが、ピーコは野球のルールを全く知らないらしい。新井先輩の打った打球もホームランだと思い込んでいたそうだ。
「しかしそう考えるとピーコの言った結婚生活でのホームランが気になるな」
「ああ、ボールが前に飛べばみんなホームランだと思ってたみたい。だから、『一緒に前へ進もう』って意味らしいよ」
「なるほど。そういうことか」
結果はさておき、幸せな二人であり、また羨ましいとも思った。
自分にはプロポーズなんて絶対に出来やしないのだから。