文字サイズ:

志田愛佳 「再会」2

73cb2a7bcf910b3eec0203d6.jpg




 愛佳の車は軽自動車だった。スズキのワゴンR。初めて乗ったが、軽にしては天井も高く普通車のように見えた。


「変わらない町並みでしょ」


 自嘲するように愛佳が言った。どうやら俺が車内をキョロキョロしているのが、外の景色を見ているのだと思ったようだ。


「そうだな。変わったのはあの老人ホームぐらいだ」


 助手席のサイドミラーを見ると、くっきりとあの建物が見えた。


「最初は建設反対の声が大きかったんだ。『この町にあんな大きな建物はいらない。外観を損ねる』って。でも、実際完成して入居者が一斉に申し込んだのを見て、『あの建物をこの町のシンボルにしよう。介護に力を注ぐ美しい町だ』って、掌を返したの。笑っちゃうわ。数ヶ月前までと言っていることがまるで正反対なんだもん」


 ハンドルを片手で操作しながら、空いた手で口元を隠すようにして愛佳はクスクスと笑った。


「大人なんてみんなそんなものさ」


 狡猾(こうかつ)な老人たちの顔が思い浮かぶ。どんなに嫌悪しようとも、自分をやがて同じ道をたどることになってしまう気がした。


「そうね。大人はみんなズルいもの」


 先ほどとは違う、真面目な口調だった。俺はどう返事をしたらいいのか分からず、話題を変えることにした。


「親父、大丈夫かな」


 ポツリと出てきたのはそんな言葉だった。自分でも何を今更と思う。

 親父が倒れたのは一ヶ月前だった。仕事に行く途中で意識を失い、そのまま入院となった。運転中だったが幸いなことに、周囲には田畑しかなく、親父の車は畑へと突っ込んだ。


 農作物を荒らし、ビニールハウスに突っ込んで車は停まった。速度もそこまで出していなかったのに加え、誰も轢かなかったのが不幸中の幸いだった。

 事故を目撃した畑の所有者によって、すぐに救急車が呼ばれたのもまた運が良かった。どこまでも多運に恵まれた親父だが、唯一恵まれなかったのが息子だった。


 十八歳で逃げるようにして実家を飛び出した親不孝な息子は、父親が事故に遭ったというのに一ヶ月間音信不通だった。

 お袋からの着信にもメールにも全て無視した。いっそのこと死んでしまえばいいとさえ思っていた。


 だが、本当にそれでいいのだろうかという逡巡(しゅんじゅん)がずっと心の中で渦を巻くように存在した。隣国で起きた事件のはずなのに、傍観者でいることが正しいのかと疑うような一ヶ月だった。

 どうせ死ぬのならせめて一度だけでも顔を合わせてやるか。重い腰を上げ、有給休暇を使って実家へと戻ってきた。

 この十年間、毎日のように辞めたいと思いながら働いた。有給休暇はほとんど使った試しがなかったから、同僚に教えてもらった。


 滅多に使わない有給休暇の申請に加え、心の葛藤で疲弊していたのだろう。同僚は「何かあったのか」と心配そうな顔をしていた。