店内は驚くほど広かった。都内ならおおよそ二、三軒ほどの広さの店内に俺は感嘆の声を漏らした。
「つい最近出来たんだよ。オープン当初はすごい行列だったんだから」
驚く俺に満足したのか、愛佳は得意げだった。
しかし、愛佳の言うすごい行列は、都会の通勤ラッシュには及ばないだろう。そう思ったが、口に出すことはしなかった。
「さっきも言ったけど、ここケーキがすごく美味しいんだ」
車中で耳にたこが出来るほど聞かされていた。フランスに修行へ行ったオーナーが作るケーキは愛佳いわく「都会でも絶対に通用する」そうだ。
じゃあ、なんでわざわざこんな田舎で店を構えたのだろう。疑問を抱きつつ、店へとやって来た。
「もちろん食べるよね」
さすがに断わりづらい雰囲気だった。
「ああ。だけど食べきれなかったら食べてくれ」
「だらしないなぁ。男でしょ」
こっちは嘔吐をしているのだ。しかし体調不良ではなく、単に実家アレルギーなだけだから何も言い返せなかった。
店員にオーダーを告げると、“シン”と会話が途切れた。都会ならうるさいはずの店内が、田舎だとどうしてこうも静かなのだろう。
人がいないわけではない。実際に、空席の方が少なかった。それなのに静かなのだ。田舎の人間はこんなにも静かにお茶を楽しめるものなのだろうか。
「……十年振りだね」
愛佳は駅前で言った言葉を繰り返した。
「ああ。そうだな」
また会話が途切れ、“シン”となった。
店員がやって来て、テーブルにケーキとコーヒーを置いていった。
「食べよっか」
「ああ」
愛佳はチョコレートケーキを、俺はチーズケーキを選んだ。
感想としては、普通だった。そこら辺のケーキ屋で買うのと大差が無いように思えた。
「うん。やっぱり美味しいね」
けれども、愛佳はまるでこの世の最高級品を食べているかのような笑顔を見せていた。
「ちょっとそっちもちょうだい」
「全部食べていいぞ」
「もう。そんなこと言わない」
チーズケーキを頬張ると、また笑顔になる愛佳を見て、いくらかざわめきたつ心が鎮まったような気がした。
「そういえばさ、ピーコちゃん覚えてる?」
愛佳に言われ、俺は記憶の糸を手繰り寄せる。高校生から順に、中学生、小学生と。やがて糸に獲物がかかった。
「ああ、あのピーコか」
小中と同級生だった女の子のあだ名がピーコだった。あだ名の由来は某芸能人に似ているからだったと思う。
「そう。ピーコちゃん結婚したのよ」
「あのブスが!」
親父の事故をショックだとすると、ピーコの結婚報告は衝撃だった。
「ブスは言いすぎ。でもまあ、気持ちは分かるけど」
愛佳は堪えきれないのか、クククと笑い出している。
「はー。あいつを嫁にもらう物好きなんていたんだなぁ」
サングラスのようなメガネをかけ、性格は自己中心で中学生とは思えないほど老けた顔をしていた。絶対に結婚出来ないだろうと当時は思っていたのに。
「しかも、しかもだよ」
愛佳はあえて焦らすような言い方だった。
「もしかすると、相手は俺が知ってる相手?」
「そうなの! 先輩に新井先輩っていたの覚えてるよね?」
懐かしかった。俺たちの一個上の先輩で、野球部の人だった。誰よりも真面目に練習に励んでいるはずなのに、なぜか面白く見えて仕方がなかった。
校内でも知らない人はいないという人で、なぜか卒業式では答辞を任され、「辛いです。この学校が好きだから……」と涙を流しながら読み上げていたのが印象的だった。
「まさか」
「そのまさか。ピーコちゃんの結婚相手は新井先輩なのよ」