十年振りの故郷は駅前にホテルのような建物が建っていた。田園風景が広がる一角にあって、その建物は存在感が際立っている。
こんな田舎にホテルが? 宿泊客なんていないだろうに。先ほど降りた電車でも乗降客はごくわずかだった。
俺はホテルと思しき建物に吸い寄せられるように歩き出すと、
駅前ではあるが、ほとんどの若者たちはこの町を離れるか、自家用車を持っているから駅前にいるのは珍しい光景といえば、珍しいといえた。
どんどん近付くと、見覚えのある顔だった。
「愛佳か」
彼女の名を呼ぶと、歯を覗かせて立ち上がった。尻をポンポンと叩いた。
「おかえり。十年振りだね」
やはり彼女は
「どうして」
俺が戻ってくることは誰にも知らせていないはずだ。入院中の親父にも、そしてお袋にも。
「私がここにいるかって?」
その質問を待っていたかのように、愛佳は得意げな顔を見せた。俺はコクンと無言で頷いた。
「なんとなく、この日かなって。ううん。絶対にこの日しかないって思ったの」
どっちだよというツッコミは起きなかった。さすが元カノといったところか。
彼女は付き合いっていた一年間でよく俺を驚かせた。俺の考えていることから、行動まで全てを知られているようだった。
「どう。当たってた?」
小学生が親にテストで百点満点を自慢するかのような顔でそう言われ、俺は頭を掻いた。
「ついでにもう一つ。この建物はホテルじゃなくて、老人ホーム」
愛佳は後ろを振り返らず、天を指しながら言った。見上げると、青い空を半分ほど覆う建物が見えた。
「そうなのか。立派な建物だな」
「ちなみに入居者はいっぱい。空きが出来るのは居住者が亡くなってから。それでもまだ入居待ちがいるから、今から申し込んだとしたら入れる頃には亡くなってるかもね」
国語のテストで満点だったことを自慢すると、今度は算数のテストも満点だったと自慢するような笑顔だった。
「それは辛いな」
俺はボソッと呟くように言った。そのせいで愛佳には届かなかったのかもしれない。
蝉の鳴き声の方が大きかった。