「結婚式には行った?」
「うん。一応呼ばれたから。綺麗だったわ、
また俺たちの間で会話が途切れた。
愛佳は今相手はいるのだろうか。そう思って彼女の顔を見ると、彼女はカップを両手で持ったまま窓の向こうを見ていた。
綺麗になった。一生に一度の舞台でピーコが蝶になったというのなら、愛佳なら太陽か星にでもなるだろう。そんな人間に恋人がいないわけがない。
俺の目は彼女の左手に向けられたが、タイミングが悪く愛佳は左手をテーブルの下に隠してしまった。
「今日はどうするの?」
窓の向こうを見たまま愛佳が尋ねた。
「分からない」
記憶を喪失したかのように、俺は何をしたらいいのか分からなかった。
ただ、実家には戻りたくないことだけは確かだった。
「いい歳なのにね」
呆れたように言う。
「ああ。いい歳なのに」
俺も愛佳の口調を真似た。俺自身、呆れている。実家には帰りたくないなんて、どこぞの不良少年だ。
「ホテル、泊まる?」
「これ、食べる?」みたいな口調で愛佳はそう言った。
「ホテル?」
彼女の口から突然飛び出したホテルという単語。俺は咄嗟に裸で抱き合う姿を想像した。
「ラブホじゃないわよ。普通のビジネスホテル」
「ああ。そっちか」
いくら田舎とはいえど、ビジネスホテルぐらいはあった。そうか。その手があったか。
「……もしかしてラブホの方がよかった?」
愛佳と目が合った。透き通るような目をしていた。俺はすぐに視線を逸らした。
「バカ言うな」
ラブホテルぐらいどうした。大人になってから何度も利用している。セックスを覚えた手の子供じゃないんだ。
なぜだか心臓が嘔吐した時のように早くなった。ドクドクと愛佳の耳にまで届いてしまいそうな音を立てている。
「……私は別にいいよ」
「は?」
愛佳の顔を見る。今度は彼女が視線を逸らす番だった。
「だからいいよって」
「何が」
「ラブホに行くの」
消え入りそうな声だったが、静かな店内のおかげで耳に届いた。
「な、何言ってんだよ」
動揺を誤魔化すようにカップに口を付けたが、中身はずいぶんと前に飲み干してしまっていた。
「おかしいかな。十年振りに再会してセックスしたいって思うの」
叱られた子供のように愛佳はシュンとした。俺はもう彼女のことを見ていられなくなった。
「知るかよ。そんなの人ぞれぞれじゃないか」
足を組もうとするが、乗せようとした足がスルンと滑り落ちた。
「じゃあ、私はあなたと久しぶりにしたい。あなたを感じたい」
愛佳の言葉は一直線だった。真っ直ぐな軌道を描き、俺の身体に突き刺さる。
「こんな場所で平然とそんなことを言うな」