「違うの! ねえ、話を聞いて」
「いや。人の性癖はそれぞれだから……。聖菜は聖菜の性癖を持ってるのは当たり前のことだ。うん」
引きつった顔を見せながら後ずさる涼。聖菜は聞く耳を持たない彼を何とか説得しようとしている。
事の発端は、美瑠が唐突に切り出したハロウィンである。
「みんなで仮装しようよ」
いつものカフェテリアである。涼はやってらんないといわんばかりに、わざと聞こえるように溜め息をついた。
「俺は断る。やるなら二人でどうぞ」
「相変わらずつまんない男ねえ。そんなんじゃモテないわよ」
「別にモテなくたっていい」
「まあまあ、抑えて、抑えて」
二人の間に割って入った聖菜だったが、美瑠の提案は魅力的に思えた。
普段生真面目な聖菜は、こういう時でしかコスプレをしなかった。
いつでもやろうと思えば出来るのだが、口実――言い訳がほしかった。
「じゃあ、こうしない? 涼はしなくて、私と美瑠の二人がするの」
「それって、俺がいる意味があるのか?」
もちろんあるに決まっている。
しかし、美瑠がいる手前、それは言えなかった。
「あんたねえ。ほんと、どうしてこうなのかしら」
美瑠が呆れた様子で言った。聖菜はこの時ばかりは静かにしていてと思った。
「まあまあ。いつもの食事会みたいなものだよ。ただ、ちょっと衣装が違うだけで」
真剣な眼差しを彼に向けていると、やがて諦めたように一つ息を吐いた。
「分かったよ。ただし、絶対に俺はやらないからな」
「うん、それでいいよ。仮装かあ。どういうのがいいかな?」
聖菜の中で、妄想が膨らんでいく。涼はどんな格好が好みなのだろう?
「動物なんて、いいんじゃない?」
渋々ながら、涼が受諾したからか、美瑠の機嫌は戻っていた。
「動物かあ。ところで、涼は動物で何が一番好き?」
「猫」
ああ、と聖菜と美瑠の声が被った。
彼ならば確かに犬よりも猫の方が好きそうだ。
「それっぽい」
「何だよ。いいじゃないか」
バツが悪そうに頭を掻く涼を見ながら、聖菜は小さく何度も頷いた。
約束の前に到着した聖菜は、先に着替えて最終確認をしていた。
初めてする格好だ。聖菜は胸が高鳴り過ぎて、張り裂けそうだった。
と、その時誰かの足音が聞こえた。
「おい、聖菜か美瑠か。もう来ているのか?」
涼だ。聖菜は一瞬着替え直そうかと思ったが、すぐに顔を左右に振った。
どうせ見られるのだ。それが早いか、遅いかだけのこと。
聖菜は思い切って、彼の前に出ることにした。
「にゃあ!」
扉を開けると、案の定涼がいた。
いつもの恰好。
しかし、聖菜の姿を見て顔をポカンとさせていた。
「にゃあにゃあ!」
猫が好きだから、この衣装を選んだ。
けれど、もしかしたらこれはやり過ぎではないだろうか?
聖菜の中で、羞恥心が大きくなった。
「にゃあ……」
最後は消え入りそうな声に変わっていた。
涼は顔を引きつらせながら、まるで変人を見るような目つきだった。
「違うの! 本当はこんな恰好なんてしたくなかったの。お願い。言い訳を言わせて!」
そう。全部これにはわけがあるのだ。
それを話すまでは帰せない。