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「おーい。どうしたんだよ」

 

「あっ、悪い」

 

 学生服を着た集団の中に取り残された椎名哲也は、仲間内の一人に呼ばれ、集団の中へ慌てて駆け寄った。

 

「哲っちゃん、何かあった?」

 

「いや、さっきあっちに女の子が見えて」

 

 思春期真っ盛りの男子高生の集団は、哲也の言葉で視線を後方へと向けた。

 どこだ、どこだと言い続ける集団の中で、哲也は先ほどまで彼女が見えた方を指差した。

 

「誰もいないじゃん」

 

 だが、どんなに目を凝らしても、人間はおろか、猫の子一匹見当たらなかった。

 

「おかしいな。さっきまでいたはずなのに」

 

 閑静な住宅地。見間違いの可能性は低かった。

 

「どうせエロい妄想でもしていたんだろ」

 

「違う。本当にいたんだよ。あっちに女の子が」

 

 哲也が指差す方向には、やはり人影がなく、鬱蒼(うっそう)と花が生い茂っているだけだった。

 

「仮に本当だったとして、その子は可愛かったの?」

 

 仲間内の一人が言うと、ケラケラとした笑い声が急に収まった。

 

「……たぶん」

 

「たぶんって、なんだよ」

 

 背中を小突かれ、哲也は前につんのめった。

 

「仕方がないじゃないか。よく見えなかったんだよ」

 

 本当はよく見えていた。黒髪の子――歳は自分と変わらなそうだった。

 肩甲骨まで真っ直ぐ伸びた漆黒の髪は、西日を受けて黒光りしていた。

 凛とした雰囲気の中にも柔らかさが感じられた。

 

 彼女を見た瞬間、哲也は心を奪われるとは、まさにこのことなんだと思った。

 あまりに可愛らしく、自分では到底手に入れることの出来ない高嶺の花。そう。彼女はまさしく断崖絶壁に生える一輪の花であった。

 

 けれど、それを仲間内に言うのは気恥ずかしかった。

 十七歳の少年は、シラを切ることにした。

 

 

 

 ベッドに寝転びながら、哲也は昼間に見た彼女のことを忘れられないでいた。

 私服姿だったが、学校はそういう学校なのか。はたまた、もうちょっと年上で、女子大生か、モデルなのだろうか。彼女の容姿を考えれば、モデルでもおかしくはなかった。

 それに、どうしてあんなところにいたのだろうか。住宅地だったから、彼女の家はあの近くなのだろうか。

 

 考えれば考えるほど、彼女にのめり込んでいくようだった。

 底の見えない海。

 哲也は手を伸ばした。

 が、手は空虚を掴むだけで、ベッドに空しく落ちた。

 

 彼女のことを知りたかった。

 けれど、情報はあまりに少なかった。

 

 明日同じ時間に行けば、会えるだろうか?

 もし、会ったら、どんな言葉をかけてみようか。

 止まらない妄想の中で、哲也はなかなか訪れない睡眠を待ち続けた。

 

 

 

 まさかもう一度会う日が来るのは、一年後だとは思いも知らずに。