「あれ? リョーカ、太った?」
「は? 何言ってんの。太ったわけないじゃん」
「じゃあそのお腹はなんだよ」
ダウンジャケット越しから、正樹は大島涼花の腹部を叩いた。
「これは、あれよ。寒いからたくさん着込んでいるの。そう。着太りっていうやつよ」
涼花は母親が井戸端会議でそんなようなことを言っていたのを思い出しながら、それを引用した。
使い方は間違っていないはず。
実は正樹の指摘通り、涼花は冬休みの間、食っちゃ寝を繰り返していたせいで体重が増えてしまっていた。
だが、小学生といえど、涼花は女だった。
男――まだ恋心なのかどうかさえ分からないでいるが、少なくとも好意は抱いている相手から太ったことを指摘されたくなかったのだ。
「嘘だあ。リョーカ、今何キロ?」
「三キロ」
「嘘つくなよ。今何キロだよ」
「あーもう、うるさい」
涼花は正樹の股間に蹴りを入れると、さっさと教室から出て行ってしまった。
それほど強く蹴られたわけではないが、箇所が箇所だ。
正樹は悶絶しながらその場にしゃがみ込んだ。
「まだ痛いの?」
しきりに股間を擦りながら歩く正樹に、さすがの涼花もやり過ぎてしまったのかと心配し始めた。
「女には分からない痛みなんだよ」
「あんたがデリカシーのないことを言うからでしょ」
「そういうリョーカこそ、嘘をつくなよ」
「だから、デリカシーのないことを訊くからこうなるの。分かりなさい」
「それはこっちの台詞だ。ちんこを蹴るなんてありえないからな。まだ痛いんだぞ」
「女の子を前にちんことか言うな」
「自分でも言ってるじゃんかよ」
売り言葉に買い言葉。
二人は言い争いながら帰り道を歩いていく。
「寒いなあ」
不毛な言い争いもいつしか終わっていた。
道路の端に残る雪。
鉛色の空は今にも雪が降りそうだ。
「冬なんだから、寒いのは当たり前じゃん」
「そうだけどさ、リョーカの着ているやつ、暖かそうだな」
この冬に買ったばかりのダウンジャケットに身を包んだ涼花は、ジャンパーの正樹にはとても暖かそうに見えた。
「暖かいよ。着てみる?」
「うん」
二人はいつも下校途中で遊んでいる公園にたどり着き、二人は遊具の中へ入った。
いつもなら子供の声が絶えない公園。
しかし、今日はいつにも増して寒いせいか誰もいなかった。
「なんだ、やっぱり腹出てんじゃん」
ダウンジャケットを脱ぎ、白いセーターからは腹部がポコッと出ていた。
「出てないって」
「嘘だ。リョーカは前までペッタンコだったはず」
「捲るな、変態」
正樹は涼花のセーターを脱がしにかかるが、涼花は必死の抵抗を見せた。
「なんでだよ。お腹ぐらいいいじゃないか」
「あんたはよくても、あたしがよくないの。あんただって自分のちんこ見られたくないでしょ」
「いいや。どうせリョーカには見られてるし。ほら、じゃあもう一回見せてやるよ」
「え? ちょっと、ここで脱ぐ気?」
まさか下半身を露出させるなんて思わなかった涼花は、正樹の行動に面食らった。
そんな涼かを尻目に、正樹はズボンを脱ぎ、下着も脱いだ。
「じゃーん」
「変態」
「人のことを変態って言ってるくせに、リョーカめちゃくちゃ見てんじゃん」
指の隙間から涼花の目が正樹のペニスを見ているのは明白だった。
「ふん。どうせ夏に見たんだから今さらよね」
こんな男に恥ずかしがるのなんてバカバカしくなった涼花は、手をさっさと下ろした。
「あれ? でも夏に見た時よりも小さくなってない? あたしが蹴ったせい?」
夏場に見た時は小指ほどだったのに、今では小指の先ほどしかないように見えた。
「違うよ。寒いと縮こまるんだ。夏でもプール上がりとかこんな感じだよ」
「ふーん。変なの」
「変じゃないよ。セーリ現象っていうんだぜ。リョーカは小さくなる部分なんてあるの?」
「ない」
「身長ぐらいか」
「うるさい。また蹴るわよ」
「止めてくれよ。息がヒュンって止まりそうになるんだから」
男の弱点は金的か。
涼花は正樹の弱みを知り、ほくそ笑んだ。次からは最終手段としてこれは使える。
「でも人体って不思議ね」
「不思議だね」
「触っていい?」
「優しく、なら」
一呼吸終えてから答える正樹。
どうやら金的攻撃がそうとう効いているようだ。
弱点を知ったが、可哀想だからあまり乱用はしないようにしようと涼花は決めた。
「やっぱり変わってるなあ」
手に取り、覗き込むようにしてペニスを見つめる涼花。
その光景を見ながら、正樹は涼花の体重は何キロぐらいだろうと考えた。
それと同時に、どうして女という生き物は体重を人に言うことを毛嫌いするのだろうとも思った。
まだまだ知らないことは山ほどある。
正樹にとって人体は、蹴られたペニスがどうしてあんなにも痛いのだろうと思うほど未知に溢れている。