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大島涼花 乾かない洋服

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「あーあ。どうしてくれんのよ、もう」

 

 ビショビショになった洋服は、身体にまとわりつくようで気持ちが悪かった。

 大島涼花は、濡れた髪の毛をかき上げると、同級生である平野正樹のことを睨んだ。

 

「どうしてくれんのって、リョーカが先にやったんだろ。どこら辺に干しておけばすぐに乾くよ」

 

 悪びれた様子もなく、正樹が言った。正樹もまた、全身がビショビショだった。

 

「もう。しょうがないなあ」

 

 濡れた服は気持ちが悪くて、早くこの不快感から解放されたかった涼花は、正樹の言う通り洋服を脱ぎ始めた。

 涼花の裸なんて見ても、興奮なんてした覚えがなかった。

 けれど、この日は違った。正樹の心臓がドクドクと音を立てて鼓動を刻み始めた。

 

 小麦色に焼けた上半身。ワンピースの肩口だけが白く残っている。

 正樹は音を立てながら唾を飲み込んだ。

 

 

 

 夏休みに入ったばかりの二人は、近くの山へ遊びに来ていた。

 絶えずセミの鳴き声がし、揺れる木々からは木のにおいと、昆虫のようなにおいがした。

 

 セミ取りをし、二人は火照った身体を、川で冷ませることにした。

 川のせせらぎが聞こえる。

 辺りは、気温が低くなったかのように涼しく感じた。

 

「正樹」

 

「ん?」

 

 涼花に呼ばれて、正樹が振り向くと、顔に冷たい水がかかった。

 

「へへへ」

 

 奇襲攻撃が成功し、涼花は八重歯を覗かせた。

 

「やったな」

 

「ちょっとかけ過ぎだって」

 

 小柄な涼花よりも手が大きかった正樹が一度に掬える水の量は、彼女よりも多かった。

 両手になみなみと注がれた水が涼花の顔を濡らす。

 

「もう許さない」

 

 対して、涼花は一度に掬える水の量が少ないから、片手ずつ水を救い、素早く彼に水をかけた。

 顔だけではない。身体目がけ、思い切り水をかけていく。

 

 燦々と降り注ぐ太陽をものともせず、二人は時間を忘れて水を掛け合った。

 

 

 

 おかげで、疲れてそれが終わる頃には二人とも水に飛び込んだかのように全身がビショビショになっていた。

 涼花は白いワンピースを岩肌に置いた。

 

「変態」

 

 彼女が脱ぐところを凝視していた正樹を見て、涼花は八重歯を見せながら言った。

 

「お前が勝手に脱いだんだろ。知ってるぞ。それ、露出狂っていうんだ」

 

 同級生の中には、早くも成熟した身体つきの子もいた。

 しかし、涼花の身体は小さい子供と変わらないようだ。

 

「へーん。露出狂じゃないもーん。あんたも早く脱いじゃえば」

 

 さすがに裸まではならなかったが、綿のパンツだけで岩肌に座り込む涼花を見て、正樹は直視できない自分がいた。

 子供ながらに、いけないことをしている気がした。

 

「早く脱げよー」

 

「分かってるよ」

 

 手を叩きながら催促する涼花。正樹はやけくそで脱ぎにくくなった服を脱いだ。

 

「ここに干しなよ」

 

 空いたスペースにTシャツとズボンを干すと、正樹は涼花の隣に座った。

 互いに下着だけを身に着けている状態だった。

 散々汗をかいて、水を浴びたというのに、涼花からはミルクのような匂いがした。

 

「どれくらいで乾くかな?」

 

「さあ? 三十分ぐらいかかるんじゃないの」

 

「長いなあ。乾かないと帰れないじゃんね」

 

 涼花の言葉で気付いてしまった。

 確かにそうだ。洋服が乾かなければ帰れなかった。

 

「ま、まあいいだろ。どうせ暇なんだし」

 

「そうだけどさ」

 

 子供ながらに、この気温ならすぐに乾いてしまうことぐらい分かった。

 けれども、正樹は永遠に乾いて欲しくないと願った。

 なぜそんなことを願ったのか、分からない。

 

 ただ、こうして裸の涼花とまだ一緒に居たいと思う自分がいた。

 

 

 

 セミの鳴き声が一段と大きく聞こえ、上空に飛行機が音を立てながら通過した。