「あなたは私のことが好きになる。好きになる」
サイドミラーにかすかに映る背中に北川綾巴は指でグルグルと円を作る。
名目上、綾巴としてはデートという位置づけにしたいのだが、いかんせん相手である平野正樹は違うと否定されていた。
デートではなく、ただの遊びに付き合ってあげているだけ――綾巴にもそれが痛いほど分かるのだから、ことさらムズ痒いような感覚を感じてならない。
「好きになる。好きになる」
言い聞かせるように呟いていると、綾巴は眠気を覚えた。
前夜は気分が高ぶっていたせいか、なかなか寝付けなかった。今朝もなんやかんやで、洋服を選んだり、朝風呂に浸かったりなどして事前準備に追われていた。
「好きになる。好きになる……」
車中はちょうどいい温度で、太陽の光がポカポカと暖かかった。
綾巴はいつの間にかまぶたが重たくなり、襲ってきた睡魔に屈した。
「ん、ここはどこ」
綾巴が目を開けると、見慣れぬ景色だった。
流れる車窓。
横を見ると正樹が真剣な顔つきでハンドルを握っていた。
「よく眠れた?」
眠気覚ましのガムを口に放り込みながら正樹は綾巴に尋ねた。
「寝ちゃった」
寝起きのボーっとした頭は重たかったが、綾巴は身体を一度持ち上げた。
そうすると、腹部にひざ掛けがかかっていることに気が付いた。
綾巴はひざ掛けを持って来てはいなかったから、おそらく正樹の物だろう。
「ねえ、綾巴の寝顔見た?」
「そりゃあ、ね。気持ちよさそうな顔で寝てたよ」
やはり寝顔を見られていた。
綾巴は頬がカッと熱くなるのを感じた。
好きな相手に寝顔を見られるのは、恥ずかしくて仕方がなかったのに。
「バカ。そういうのはもっとオブラートに包むか、見てないって言ってよ」
ハンドルを握る正樹の肩にパンチをお見舞いすると、綾巴はひざ掛けで顔を覆った。
ひざ掛けからは、正樹のにおいがした。