文字サイズ:

74cc01a50526c1e9fc56bb7f.jpg




「Sorry」

 

 しつこく迫って来た男もようやく諦めがついたのか、わざとらしく溜め息をつき、何か暴言のような言葉を吐いて店を出て行った。

 入山杏奈は吐息をついた。カウンター越しにいるマスターも危険を回避したため、杏奈の近くから離れた。

 

「はあ」

 

 久しぶりの骨の折れるしつこい男だった。これだからラテン系の男は困る。

 きっと、付き合えば楽しいだろう。日本の男――“彼”と比べると、とても明るく、レディファーストに長けている。

 だがそれは、結局は自分と付き合うまでだろう。彼らは表向きでいい顔をするが、裏の顔は羊の皮を被った狼なのだ。

 文化の違いといってしまえば、それまでなのだが、越えられない部分は往々にしてある。だから、付き合わない方がお互いのためなのだ。杏奈はそう割り切っている。

 

「はあ。なんかいいことないかなあ」

 

 黄色いカクテルに浮かぶ氷を指で突く。

 こうしてバーにいると、どうしても“彼”を思い出してならない。

 

 そう。“彼”もまたバーテンダーであった。

 

 

 

 付き合った期間は、長いのか短いのか、杏奈には分かりかねた。

 けれど、間違いなく充実していた。

 幸が薄くて、お人好し。ちょっと変態なところもあった。

 

 いなくなって初めてその人の大切さを知る。

 こんな当たり前のことに、杏奈は傷口に傷が染み渡るように、身体の隅々まで沁み渡っていた。自業自得だと言われれば、それまでなのだが。

 

 

 

 別れを告げたのは、杏奈の方だった。

 国内線から、国際線へ移動になった。それは杏奈が望んでいたことだ。

 

 勉強をしなくちゃいけない――別れるための理由はいくらでも思いついた。

 自身を不器用なタイプだと自覚している杏奈にとって、あれもこれも器用にこなせるはずがなかった。いつかはどちらかを取らなくてはならない――。

 

 杏奈は結局、仕事を取った。

 別れを告げた場所は、奇しくも、バーであった。

 

 

 

 ニューヨークの夜景が見えるホテルのバーラウンジ。

 先ほどまで黒人男性たちがジャズを奏でていた。

 

 そこへ来た、ラテン系の白人男性。杏奈を見て、東南アジアかと訊いてきた。

 杏奈が日本人だと答えると、彼は情熱的に口説き始めた。

 だが、杏奈の心が突き動かされることはなかった。彼の目に映っている自分は、ウサギのように弱い生き物だったからだ。

 結局は身体目的なのは目に見えていた。

 

 杏奈は顔を左右に振ると、立ち上がった。

 こちらに気付いたバーテンと目が合った。これが彼なら――。

 

 余計な妄想はベッドでしよう。どうせ明日は早いのだ。

 そう。明日も仕事。彼を捨ててまで取った大好きな仕事がある。

 

 バーラウンジにある窓を見る。

 摩天楼から見えるニューヨークの夜。

 杏奈はそれを一瞥すると、足早に自分の部屋へと戻って行った。