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本村碧唯 火をつけて

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「あの、碧唯ちゃん? もういいんじゃないかな」

 

「うるさい! 先輩は黙って見てて」

 

 ダメだ。

 小嶋翼は苦笑いを浮かべたままその場から離れた。

 まさか碧唯がここまで人が変わってしまうとは。

 

 翼の通う高校では、年に一度の芋掘り大会が行われていた。高校生にもなって芋掘りかよと思っていた翼だったが、級友たちと行っているとあってか、思いのほか楽しめた。

 

 掘った芋は、その場で焼き芋にするとのことで、翼は火起こしを始めた。

 しかし、思いのほか外は風が強く、なかなか古新聞から小枝に火が燃え移らなかった。

 溜まる灰。もう何本もマッチを擦っては、無駄にしていた。

 

「先輩。どうしたんですか?」

 

 そこに現れたのは、一学年後輩の本村碧唯だった。

 

「なかなか火が起こせなくて」

 

「ちょっと代わってください」

 

「え? 碧唯ちゃん、出来るの?」

 

「任せてくださいよ。碧唯、こういうの得意なんです」

 

 言うや否や、碧唯は小枝を並べ直し、マッチを擦った。

 するとどうだろうか。あれだけ苦戦していた火が、小枝に燃え移ったではないか。

 人には得手不得手というのがあるが、まさか彼女がこんな特技を持ち合わせていたとは。翼は感心した。

 

「すごいね。碧唯ちゃん、火起こしの達人だ」

 

「まだまだです。まだ火は完全に燃え移っていません」

 

 碧唯の目は真剣そのものだった。

 あの勉強を教えた日は、そんな目なんてしていなかったのに。

 まあ、だが、熱中出来ることは、いいことである。翼は碧唯を見守ることにした。

 

 

 

「ねえ、もうそろそろいんじゃない?」

 

 十分に火が燃え盛っているのを見た翼は、芋を入れようとした。が、すぐにその腕は掴まれた。

 

「まだです。まだ火は完全じゃありません」

 

「でも……」

 

「とにかく、まだなんです!」

 

 こんなに強気な碧唯を、翼は初めて見た。

 ハンドルを持つと、人が変わる人間がいるというのは聞いたことがある。けれど、火起こしでここまで変わる人間がいるとは。

 

 炎が揺らめく。

 碧唯の背後からそれを見ていると、彼女の心にそれが燃え移ったように見えた。

 どうやら彼女が火をつけたのは、小枝ではなく、自分の心のようだ。