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向田茉夏 恥辱のチアリーディング

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「あれ? 翼君って野球好きなの?」

 

 そんな声が聞こえ、小嶋翼は顔を上げた。

 目の前には、同級生の向田茉夏が興味深そうに翼の手元の雑誌を眺めている。

 

「いや、そういうわけじゃないけど、たまたま机の上に置いてあったから読んでただけ」

 

 昼休みの教室内は意外と静かであった。

 食事を終えた生徒たちは机に突っ伏して寝ているか、携帯電話を操作している。

 

 誰が置いたか分からない野球雑誌を、翼はぼんやりと読んでいたところに、茉夏が話しかけてきたのだ。

 

「そうなんだ。てっきり野球が好きなのかなって思って」

 

「うーん。別に嫌いでもなければ、特別好きでもないかなあ。茉夏さんは?」

 

「私も同じかな。でも一度は観戦に行ってみたいかも。ほら、私って運動音痴だから。観る専門なの」

 

 言いながら茉夏は、これはもしかしたらスポーツ観戦に繋げられるのではないかと期待した。

 一緒に行こうか――その一言を言われれば、きっと何度も首を縦に振ることだろう。

 

「そうなんだ」

 

 しかしそんな茉夏の期待は、あっさりと裏切られた。

 

「もしよかったら、今度一緒に行かない?」

 

 だが、茉夏は諦めなかった。相手を期待してはいけないのだ。特に彼は。

 こっちから攻めて、初めて勝機を生み出せる。

 

「観戦に?」

 

「そう。あっ、チケットのことなら気にしないで。私が持つから。お弁当も作って来てあげる」

 

「そんな悪いよ」

 

「ううん。いいの、いいの。私が誘ってるんだし。ね、行こうよ」

 

「うーん」

 

 考え込む翼の肩を揺すると、予鈴が鳴った。

 次の授業は移動教室である。茉夏は心の中で舌打ちした。

 

「予鈴だ。あとでまた」

 

 雑誌を机の上に置くと、翼は授業の準備をした。

 

 

 

「さっきの続きだけどね」

 

「続き?」

 

 放課後、一目散に翼へ一緒に帰ろうと誘った茉夏は、電光石火の甲斐あって、翼との下校に成功した。

 

「お昼休みに話していたことだよ」

 

「ああ、観戦のこと?」

 

「そう。どう、かな?」

 

 上目で翼のことを見る茉夏は、不安そうな顔を浮かべていた。

 

「うーん。行きたいけど、時間があるかなあ」

 

「あるよ。翼君の予定が空いた日で構わないから」

 

「僕の予定が空いた日じゃ、もしかしたら観戦出来る競技がないかもしれないよ」

 

 笑う翼だったが、茉夏の顔は真剣だった。

 

「翼君は何が観たい?」

 

「うーん。何でもいいけど、無難に野球、かなあ」

 

「野球か。もしかして、チア目当て?」

 

 野球に疎い茉夏は、野球そのものよりも、高校野球でスタンドに踊るチアガールの印象が強かった。

 

「いや、そういうわけじゃないって。おまけにそれは高校野球の話でしょ」

 

「違うの?」

 

「いや、プロにももちろんチアガールはいるけど」

 

「あんまり野球に詳しくないから分かんないけど、そうなんだ」

 

「僕もそこまで詳しくないよ。ただ、あの雰囲気はいいなって思うな」

 

 遠くを見つめる翼を見ながら、茉夏はもしかしたら翼は球技をやりたかったのではないかと予想した。しかし、金銭的な事情でそれは叶わないのだ。

 そう思うと、茉夏の中で何とかしてあげたいという気持ちになった。もちろん自分が出来る範囲のことで、だ。

 

「うん。分かった。私、その願いを叶えてあげるよ」

 

「え?」

 

「今度うちへ来て。また詳しい日が決まったら、連絡するから」

 

 いきなり鼻息を荒くする茉夏に気圧され、翼はただ頷くしかなかった。

 

 

 

 茉夏と翼の予定を合わせ、決まった日に翼は向田宅にいた。

 翼が彼女のマンションに着くと、茉夏はさっさとどこかへ行ってしまい、翼は彼女の部屋で一人待ちぼうけだった。

 

「Ready OK?」

 

 突然扉の先からそんな声が聞こえ、翼はハッと後ろを振り返った。

 開いた扉の先から、チアリーディングの衣装をまとった茉夏が立っていた。

 

「茉夏さん?」

 

「1,2,3,4」

 

 突然のことにポカンとだらしなく口を開ける翼をよそに、茉夏はポンポンを持った手を掲げた。

 

「GO! FIGHT! WIN!」

 

 ポンポンを持った手を掲げ、足を高く上げる茉夏。

 

「GO! FIGHT! WIN!」

 

 照れ臭そうに笑っているが、いつもの大人しい茉夏ではなかった。

 

「レッツゴー! 翼! フウー!」

 

 最後は翼の前でポンポンを振ると、茉夏は笑顔でウインクをした。

 

「……あの、どうだった?」

 

 次第に恥ずかしさの方が大きくなってきたのか、茉夏は顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

 

「あ、ああ。よかったよ。すごく可愛かった」

 

「本当? よかったあ。死ぬほど恥ずかしかったんだから」

 

 安堵した茉夏は、その場に座り込んだ。

 

「これを僕のために?」

 

「うん。ほら、翼君、前に話をしていたから、こういうことをしてもらいたいんじゃないかって思って」

 

 全くもってそんなつもりで言ったわけではないが、翼は茉夏の気持ちがありがたかった。自分のために何かをしてもらえることがこんなにも嬉しいことだなんて。

 

「ありがとう、茉夏さん。嬉しいよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「その、下はちゃんと穿いた方がいいっていうか」

 

 翼の言葉に茉夏はスカートを捲って見せた。

 そうすると、アンスコを穿いていたと思っていたのに、下着が露わとなった。

 

「キャア! エッチ!」

 

 白い水玉模様のパンツをずっと翼に見られていたことになる。

 茉夏は悲鳴を上げると、慌てて部屋から出て行った。

 

 一人取り残された翼は、苦笑いを浮かべるしかなかった。