「いやあ、いいデート日和なことで」
肌寒い日々が続いていたが、この日は春らしい陽気な気温だった。
快晴の空の下、白間美瑠は恋人となって三か月近くが経つ藤真涼の腕を取って歩いている。
「日頃の行いがいいせいだな。もちろん俺の」
「あたしは?」
涼は肩をすくめると、パンチが飛んできた。
腹部にそれを受けながらも、涼は訂正することなく話を進める。
「しかし、相変わらずお前の胸は馬鹿でかいな」
涼の左ひじに当たる感触。まるでボールを詰め込んでいるようだ。
「馬鹿でかいって何よ。失礼しちゃうわ。このおっぱい星人」
口を尖らせながらも、胸を更に押し付けてくる美瑠に、涼は苦笑いを浮かべた。
付き合う前から、美瑠の胸は気になっていた。
涼だって男だ。自然と目がそこを向いてしまうのを抑えられなかった。
まして、美瑠と同じくいつもいる聖菜の胸はどう見ても小さいようにしか見えなかった。
そんな美瑠の胸を始めて見たのが、付き合って三週間ほど経った頃だった。
美瑠のバイトの休みに合わせ、二人は彼女の家で酒を飲むことになった。
買い込んだ酒類。ビールやチューハイの缶を持ち、涼は彼女のアパートに向かった。
ほどよく酔いが回り始める頃、熱くなったと美瑠はTシャツを脱いだ。
黒いブラジャーから覗く豊かな双丘。
バレーボールのようだと、涼は思った。
「スケベ」
「お前が見せて来たんだろ。露出狂」
不思議と、涼は落ち着いていた。なんだか母親の裸を見ているようで、興奮しないのだ。
「だって、暑いんだもん」
「デブだから?」
「こんにゃろ」
チューハイをテーブルに置いた美瑠は、涼を押し倒した。
「そう言いながらいつもあんたが私の胸を見てたのは知ってるわよ」
勝ち誇ったような美瑠の顔に、涼は背筋が凍るのを感じた。
「何を言ってんだよ。そんなわけがないだろ」
精一杯の強がりだと、自覚していた。が、認めるのは、恥ずかしくて出来なかった。
「嘘。私には分かるんだからね。やっぱり涼も男ね。このおっぱい星人」
「おっぱい星人言うな。お前がおっぱい星人だろ。こんな馬鹿でかい胸をしやがって」
「ひゃん」
「変な声を上げるな」
下から、美瑠の双丘を掴むと、美瑠は声を上げた。
掴んだことに対しての興奮はなかった。
しかし、これまで聴いたことのない美瑠の甘い声に、涼の本能が反応を示した。
それから、若い男女が営みを始めるのは、そう難しいことではなかった。二人も、それはぼんやりと思い浮かべていたことだ。
あとは、タイミングなだけ。
それが、たまたまこういう風だっただけなのだ。
「涼はおっぱい星人。涼はおっぱい星人」
「こんなところで歌うな」
人通りがある場所にも関わらず、妙な歌声を披露する美瑠を涼は止めた。
周囲を見るが、東京の人間たちは他に無関心だった。
「だって本当のことだし。あっ、もしかしてあたしを選んだのは、おっぱいが大きいからとか?」
「バカ。そんなわけがないだろ。おっぱいが大きかろうが、小さかろうがお前を選んでいたよ」
つい、彼女に釣られて変なことを言ってしまった――それに気付いたのは、言い終わってからだった。
「へえ。いい言葉を聞けた。うん。今日はいいデート日和だ」
満足そうな笑みを浮かべる美瑠に対し、涼は後頭部を掻いた。
「お前はほんとに。不敵な奴だ」