「私は人形。私は人形。私は……」
鉄格子が付けられた天窓から覗く月に向かって、私は呟く。
誰かが言っていた。
念じていれば、自分に言い聞かせていれば、いつかそれは本当のことのように感じる、と――。
空っぽだった。
何もかもが、私の前から消えてなくなっていた。
何をされても感じない。
何を見ても、何も思わない。
色さえ失っている。
そう。私の視界は真っ暗闇だった。
光の差すことのない世界。
もがくことに、私は疲れた。
扉が開く音が聞こえた。あの男がやって来たのだ。
微かに心臓が高鳴った気がする。
けれど、それはすぐに収まった。私がおまじないを唱えたからだ。
痩せ細った身体のラインが暗闇に浮かぶ。
顔は見えない。私の身体がアレルギー反応のように、強烈に拒絶しているからだろう。
まるで独房のような私の部屋。正確に言えば、私が連れて来られたこの部屋は、広さが六畳ほどで、布団をそのまま敷いただけのパイプベッドと、和式トイレがあるのみだった。
しかも、トイレに遮る物は何もない。つまり、私が用を足しているところは常に丸見えの状態だ。
もう男には何度も排泄する所を見られている。
散々なことを言われながら排泄する様は、言葉に言い表せぬほどに屈辱的で、同時に私を切り裂くようだった。
下剤、浣腸。無理やりに排泄を強制され、何度も涙を流しながら、男に恥辱を味わわされた。
身体のそれこそ、隅から隅まで、凌辱の限りを尽くされてなお、排泄まで見られる。それは、人としての人権を完全に無視した逸脱の行為であることに間違いないはずだった。
けれど、人が環境に順応するように、いつしか私もそれに順応してしまったような気がする。
あれだけ泣いていたのが、嘘のように私は泣かなくなった。
強くなったわけではない。
ただ、感情を失ってしまっただけ。
男が近づいて来る。
私は空を見上げた。
鉄格子から覗く天窓の月。
そこに向かって私はおまじないを唱える。
「私は人形。私は人形。私は……」
人形の私に涙などないのだ。