「そこで店員さんに言われたのよ。『スタイルがよくて羨ましいですね』って」
「へえ。そいつはよかったな」
電車に揺られながら、小嶋翼は
「いやあ、同性とはいえスタイルを褒められるとやっぱり照れるねえ」
後頭部を擦りながら、高柳明音はさも今さっき言われたかのように恥ずかしがった。
翼はそんな明音のことを見ようともせず、そっぽを向いている。
「最近中学の頃同級生だった子とバッタリ会ったの。でね、その子にも言われたんだ。「高校に入学してからスタイルがよくなったよね」って」
我慢出来ないと言わんばかりに、口元を抑える明音に聞こえるように翼は大きく溜め息をついた。
「何よ、そんなに溜め息なんてついちゃって。もしかして悩み事? 明音さんが乗ってあげるわよ。もちろん謝礼はそんな、ねえ」
そっぽを向く翼を下から覗き込むようにして明音が言うと、ようやく翼は彼女の顔を見た。
「悩み事はお世辞も分からない幼馴染に絡まれていることかな」
「あら。そんなことはないわよ。あれは本心ね」
「本心なわけがないだろ。相手だって客商売なんだから」
「じゃあ、同級生の子はどうなるわけ? あの子、嘘はつかないタイプよ」
「そんなもん、表向きに決まってるだろう。ただでさえ女同士なんだから」
普段から女生徒に言い寄られている翼は、嫌というほど女の裏の部分を見てきた。
表ではいい顔をして、裏では冷酷なことを平然とやってのける。
もちろん人によりけりだが、男である翼には理解し難い場面が多々あった。
「えー。そんなことないって、もう」
改めて明音の全身を見る。
座席に座っているが、足が短いのはすぐに見て取れた。
足が短足などころか、手も短い。これじゃあダックスフンドだ。
そう思うと、急に明音のことがダックスフンドに見えてきた。
「アホウドリだからダックスフンドか」
インターフォンが鳴ったのは、日曜日の昼前だった。
たまたまバイトが休みだった翼は、インターフォンの音で目が覚めた。
「はいはい」
寝ぼけ眼で玄関の扉を開けると、明音が立っていた。
「どうしたんだよ」
「ちょっと見てもらいたいものがあるのよ。上がらせてもらうわね」
翼の許可も待たず、さっさと明音は玄関の扉を閉めると、靴を脱いだ。
まるで自分の家のようにさっさと中へ侵入してくる。
「何だよ、見せたいものって」
まだ翼の体温が残る布団の上に明音が座ると、彼女はおもむろに洋服を脱ぎ始めた。
「お、おい」
いきなり脱衣を始める明音に、翼は戸惑ったが、明音はお構いなしに脱ぎ続けた。
幼馴染の脱衣に翼は目を丸くするばかりだ。
「どや」
てっきり下着姿になったかと思ったが、どうやら明音が身に着けているのは下着ではなく、水着のようだ。
白い水着姿の明音。この部屋に不釣り合いだった。
「どや、ってお前。何がしたいんだ」
いきなり家に押しかけ、水着姿になる幼馴染に翼は訳が分からなかった。
ただただ困惑の表情を浮かべる。
「あんたが人のことダックスフンド扱いするからでしょ。どう? これを見てもダックスフンドって言えるかしら」
クルクルとその場で回り始める明音。
その回転とギアが噛み合うように、翼は合点がいった。
あの日、明音のことをダックスフンド扱いにしたことを根に持っているのだ。
それで、店員にそそのかされて買ったばかりだという水着を見せに来たというわけだ。
「お前相当暇人だな」
「うるさい。で、どうよ。スタイルのよさに言葉が出ないかしら」
今度はモデルのようなポーズを作り始めたが、薄着になったおかげで、なおさら明音の手足の短さが際立って見えた。
翼は、いつかバイトの休憩中、たまたま転がっていた漫画本のキャラクターを思い出した。
馬のくせに犬のような体型だった。今の明音と同じように白い毛並みだった。
「ダックスフンドじゃなくて、マキバオーだな」
そう。翼がたまたま読んだ漫画本に出て来るキャラクターにそっくりなのだ。
手足が短くて、顔もどことなく似ていたのが、言葉に出してみるとそうでしか見れなくなってくる。
「何? マキバオーって?」
堪えきれなくなって、翼は声を出して笑った。
滅多に声を出して笑わない翼に、明音は驚きながら尋ねた。
「漫画に出て来るキャラクターだよ。うん、お前はアホウドリやダックスフンドじゃなくて、マキバオーだったんだ」
「なんか、すっごくバカにされてる気分」
こんなことなら、来なければよかった。
明音は後悔した。
翼を見返してやろう。
お世辞を理解出来ない女だの、ダックスフンドだの言われた明音は、思い切って翼に買ったばかりの水着を見せびらかしてやろうとこの計画を企てた。
幼馴染の前で水着姿になることに抵抗感は少なからずあった。が、下着になるわけではない。学校のプールで何度もお互い水着姿を見ているじゃないか。
もしも、それを見た翼がムラムラし、自分と関係を持ったとしたら――。
期待と不安が孕んでいた。
それなのに、自分のことを指差して笑う翼に、明音はそんな雰囲気じゃないなと悟った。
代わりに、沸々と怒りが込み上げてくる。
「だから、マキバオーマキバオーって、うるさい!」
バッグを翼に向かって投げつける。
いつも使っている愛用のバッグ。
が、唯一いつも持ち歩かない物――水着姿になるよりも緊張して買った物が入ったバッグは翼に当たると、敷きっぱなしの布団の上に落ちた。