「わっ、なんだ久美ちゃんか」
人の気配で椎名哲也は目覚めると、身体を跳ねあがらせて驚いた。
隣に矢神久美がいたからだ。
彼女は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべている。
「にゃはは。驚いた、驚いた」
久美は満足そうに笑うと、哲也の胸の中へ顔をうずめる。
「おはよう、寝坊助さん」
「そんなに寝てたかな」
久美を胸元に、哲也はサイドテーブルの目覚まし時計を手に取った。
時刻は午前九時である。平日であれば仕事が始まった時間だが、今日は日曜日である。
「まだ九時じゃないか」
「もう。“まだ”、じゃないでしょ。“もう”九時なのよ」
胸元から顔を出した久美は頬を膨らませた。
「休日ぐらいゆっくり休もうよ」
久美の頭を撫でながら、哲也は二度寝をしようとする。
「せっかくの休日なんだから、遊ぼうよ。ほら、平日だといつも遅いじゃない」
ベッドの上で暴れはじめた久美。シングルベッドだから、危うく哲也は落ちそうになった。
「遊ぶって、どこかに行くの?」
「うーん。それは考えてなかった。とりあえず、家の中で遊ぼうよ」
考えていなかったのか。
けれど、それも久美らしかった。
「遊ぶって、何をするの?」
「うーん。にゃはっぴーなこと?」
どうやら本当に何も考えずに来たようだ。
哲也は欠伸をしながら起き上がった。
「にゃはっぴーなことってなんですかね、久美さん」
哲也は飼い猫に起こされた気分だった。
ベッドの上でじゃれ合い、リビングのソファの上でじゃれ合い、デリバリーでピザを食べ終わると、久美は哲也のベッドでさっさと寝てしまった。
今朝、人を起こしたくせに。哲也は久美の頬を突いたが、彼女は深く眠っているようで、全く反応を見せなかった。
日曜の午後。春の空は快晴だった。
窓を開けると、爽やかな風が入り込んでくる。
まるで猫だなと、哲也は久美を見て思った。
猫のように自由気ままで、猫のように可愛らしい。
自分も二度寝をしようかな。哲也は久美の横に並んで寝転んだ。
シングルベッドは二人で寝るのにはさすがに狭い。けれど、哲也はここで寝ようと思った。
いい夢を見れそうだ。
幸せそうに眠る久美を見て、哲也は彼女の頭を撫でた。
すると、彼女の頭に突起物を感じた。左と、右にそれぞれ一つずつ。
まさかな、と思いながら哲也は寝ることにした。
うららかな春の午後のことである。