文字サイズ:

矢神久美 春の午後

7ebae268c819589a1e76cf0f.jpg

 

 

 

「わっ、なんだ久美ちゃんか」

 

 人の気配で椎名哲也は目覚めると、身体を跳ねあがらせて驚いた。

 隣に矢神久美がいたからだ。

 彼女は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべている。

 

「にゃはは。驚いた、驚いた」

 

 久美は満足そうに笑うと、哲也の胸の中へ顔をうずめる。

 

「おはよう、寝坊助さん」

 

「そんなに寝てたかな」

 

 久美を胸元に、哲也はサイドテーブルの目覚まし時計を手に取った。

 時刻は午前九時である。平日であれば仕事が始まった時間だが、今日は日曜日である。

 

「まだ九時じゃないか」

 

「もう。“まだ”、じゃないでしょ。“もう”九時なのよ」

 

 胸元から顔を出した久美は頬を膨らませた。

 

「休日ぐらいゆっくり休もうよ」

 

 久美の頭を撫でながら、哲也は二度寝をしようとする。

 

「せっかくの休日なんだから、遊ぼうよ。ほら、平日だといつも遅いじゃない」

 

 ベッドの上で暴れはじめた久美。シングルベッドだから、危うく哲也は落ちそうになった。

 

「遊ぶって、どこかに行くの?」

 

「うーん。それは考えてなかった。とりあえず、家の中で遊ぼうよ

 

 考えていなかったのか。

 けれど、それも久美らしかった。

 

「遊ぶって、何をするの?」

 

「うーん。にゃはっぴーなこと?」

 

 どうやら本当に何も考えずに来たようだ。

 哲也は欠伸をしながら起き上がった。

 

「にゃはっぴーなことってなんですかね、久美さん」

 

 哲也は飼い猫に起こされた気分だった。

 

 

 

 ベッドの上でじゃれ合い、リビングのソファの上でじゃれ合い、デリバリーでピザを食べ終わると、久美は哲也のベッドでさっさと寝てしまった。

 今朝、人を起こしたくせに。哲也は久美の頬を突いたが、彼女は深く眠っているようで、全く反応を見せなかった。

 

 日曜の午後。春の空は快晴だった。

 窓を開けると、爽やかな風が入り込んでくる。

 

 まるで猫だなと、哲也は久美を見て思った。

 猫のように自由気ままで、猫のように可愛らしい。

 

 自分も二度寝をしようかな。哲也は久美の横に並んで寝転んだ。

 シングルベッドは二人で寝るのにはさすがに狭い。けれど、哲也はここで寝ようと思った。

 

 いい夢を見れそうだ。

 幸せそうに眠る久美を見て、哲也は彼女の頭を撫でた。

 

 すると、彼女の頭に突起物を感じた。左と、右にそれぞれ一つずつ。

 まさかな、と思いながら哲也は寝ることにした。

 

 うららかな春の午後のことである。