「ねえ、本当にこんなところでするの? こんな恰好で……」
「阿弥先生がしようって言い出したんですよ。それとも、今更怖気づいたんですか?」
養護教諭である柴田阿弥と、小嶋翼は学校の屋上にいた。
授業中の屋上である。周囲にもちろん誰もいなかった。
阿弥はブラジャーとショーツ、そしてハイヒールだけを身に着けていた。上下とも、紫色の下着は、とても彼女に似合っていて、同時に扇情的だった。
「そういうわけじゃないけど」
いくら誰もいないからといって、羞恥心が消えることはなかった。
いつ誰が来るのか分からない。
そんな状況下で、阿弥のショーツは染みを作り始めていた。
事の発端は、翼が保健室へやって来たことから始まる。
なんとなく気分が悪いのだという。
「具合はどう?」
白いTシャツの上から阿弥は、ベッドに横たわる翼の胸を撫でた。
脂肪の少ない骨ばった感触がする。
「だいぶ良くなりました。これも阿弥先生のおかげです」
翼の言う通り、阿弥は甲斐甲斐しく世話をしたと思うが、それにしてもである。
大人顔負けの台詞に、阿弥は髪をサッと掻き上げた。
「どこで覚えるんでしょうね、そんな台詞」
「本心ですよ。本心」
「嘘ばっかり。授業までサボって。いけない子ね、あなた。そんな子だとは思わなかったわ」
喉元に歯を突き立てる。
ボコッと浮き出た、翼の喉仏を甘噛みすると、声が漏れた。
「体調が悪かったのは本当ですよ」
「そうかしら? じゃあ、問診をして、本当かどうか調べなきゃね」
制服のズボンの上から、阿弥は翼のペニスを撫でた。
指先がズボンの下に隠された性器に触れる。
「ここでするんですか?」
「何か不満でも」
「せっかくだし、場所を変えません?」
いつもの清涼感のある目とは違う、怪しく光る目に、阿弥は吸い込まれそうになるのを感じた。
「これが見つかったら、懲戒免職は免れませんよね」
他人事のようにケラケラと笑いながら、翼の手が阿弥の胸を揉んだ。
下着姿で、学校の屋上に連れ出された阿弥は、いつものシチュエーションの違いに、身体がいつもより過敏になっていた。
「もう乳首を立たせているなんて。阿弥先生はとんだ変態だったんですね。ま、分かっていましたけど」
シチュエーションの違いに、興奮を隠せないのか、翼もいつもより大胆だった。
さっさとブラジャーのホックを外すと、剥き出しになった双丘に舌を這わせる。
「こんなに乳首を立たせて。いやらしい養護教諭だ」
セックスの最中、こんなにも彼は
もしかしたら、何かあったのかもしれない。
阿弥は、いつにも増して積極的な翼を見て、そう思えてならなかった。
自分を性欲のはけ口にするつもりでも、阿弥は構わなかった。
「下は自分で脱いでみてよ。ただ普通に脱ぐんじゃなくて、いやらしく脱いで」
阿弥は言われるがまま、翼に背を向けると、腰をくねらせて、ゆっくりとショーツを下ろした。
紫色のショーツの中心は、色が明らかに濃くなっていた。
「いやらしいなあ。そんなにいやらしく見せて、僕に何を望むの?」
分かっているくせに。
阿弥は唇を噛みながら、翼の方を向いた。
「翼君のオチンチンが欲しいの」
「どこに?」
「おまんこに……」
三文芝居だとは、分かっていた。
それなのに、身体は夏の熱帯夜のように火照り、性器からはとめどなく愛液が流れ出て来る。
「あっ、ゴム忘れた」
ニヤニヤとしながらポケットを漁る翼に、阿弥は絶句した。
確か彼は避妊具を持っているから、持って行かなくていいとあの時言ったはずである。
「ちょっと取りにいって来てよ。保健室までさ」
「この恰好で?」
ハイヒールだけを身に着けている状態だった。
「そうだよ。いやらしい阿弥先生にはピッタリじゃん。誰にも見つからずに、保健室まで行って戻って来れるかな」
阿弥の頭の中で校内の地図が描き出される。
教室はもちろんのこと、職員室を通らなくてはならない。
「無理よ。絶対誰かに見つかっちゃう」
泣きそうな顔で阿弥は顔を振った。
「見つかるかどうかは、先生の腕次第だと思うけどな」
「無理よ。絶対無理」
足に自信があるわけでもない。
まして、履いているのは運動靴でなく、ハイヒールだ。無理に決まっている。
「あっそ。じゃあセックスはなしだね」
「待って」
「どうせゴムはないし、取りに行く気もないんでしょ? こんなところにいても無駄だから、僕は教室に戻るよ。こう見えて真面目な生徒だからさ」
後姿だが、その顔が笑っているのは、阿弥にも分かった。
完全に今日はいつもの彼ではないことを確信する。
「あの、ゴムがなくてもいいから」
優男の時の彼も魅力的だった。
けれど、今日のような彼はもっと魅力が増していた。
「ということは、生でするっていうこと? やだなあ、先生ってセックスしまくりでしょ。性病でも移されたら困るし」
「そんな。性病なんてないわよ。あと、セックスはあなたと以外していないわ」
「どうだか。こんな性欲に負ける女に言われてもね。信用はしづらいよ」
「お願い。もう我慢出来ないの……」
堪らず、阿弥は翼の前に回り込んだ。
その瞬間だ。
笑っていると思っていた翼の顔が、とても悲しそうな顔をしていたことに気付いたのは。
悲哀に満ちた目は虚ろで、生気を失っているように見えた。
「本当にいいんだね」
何かあったはずだ。
翼の身に――彼の身体を押し潰してしまいそうなほどの出来事があったはずである。
「はい……」
けれど、阿弥はそれを訊かなかった。訊いてしまえば、セックスはなくなると直感が告げていたからだ。
養護教諭として、生徒の悩みを訊かずに、阿弥は快楽を取った。
血のようなにおいがしたのは、生理が近いせいなのだろうか。