「生田さん。朝ですよ」
カーテンを閉めていない部屋に光が差しこむ。
水平の先からまだ弱い日の光が私たちを包もうとしている。
生田さんは私の隣で眠るようにしている。
まだ生きているようだ。
「私はお恥ずかしながら朝が苦手でして。生田さんはいかがですか?」
裸のままの彼女。
何度も欲望を注ぎ込んだ性器は綺麗に拭いたつもりなのに、青臭いにおいまでは取れなかった。
「優等生ですものね。羨ましい限りです」
正確に言えば、彼女の声は“耳には”聞こえてこない。
だが、心の中でしっかりとその声は届いていた。
「ああ、私も生田さんと同じ学校生活を送りたかった」
私は思い出していた。
私の学生時代。
片想いをしていた相手は、生田さんとよく似た女生徒だった――。
「大石君、また一人でご飯を食べてるの?」
昼休み。一人で昼食を取る私に声をかけてくれた女生徒がいる。
黒光りするほどに鮮やかな髪の色。吹き出物の一つもない端正な顔。物腰柔らかな声。明晰な頭。真面目で嫌味のない性格。
非の打ちどころのない彼女は、学園のマドンナだった。
「ええ、まあ」
購買で買ったパンを食べながら、私は答えた。
視線なんて合わせられなかった。彼女を見ていると、自分がいかにちっぽけで惨めなことか。
「じゃあ私と食べようよ」
言うや否や、彼女は私の前の席から椅子をくるりと回転させ、私と対面するように座った。
周囲の視線が私たちに向けられているのが分かった。
けれど、私にはどうすることも出来なかった。
彼女が自分で座ったからだ。
「いつも購買のパンだね」
ピンク色の包みから取り出された小さな弁当箱。
中を開けてみると、色とりどりの料理が詰め込まれていた。
それは彼女が作っているはずだった。
たまたま耳に入った情報を私は覚えていた。
「そんなんじゃ栄養が偏っちゃうと思うけど、誰かお弁当を用意してくれる人はいないの?」
私はかぶりを振った。
私にはそんな相手がいなかった。
「そう。もし必要だったら、いつでも言って。私が用意するから」
「いや、そんなの悪いですよ」
パンが喉に詰まりそうになってしまいながら答えた。
「いいのよ。人に頼ることは、決して恥じゃないの。人は支え合って生きているんだからね。私も大石君に頼る日が来るかもしれないし」
そんな日が果たして来るのだろうか。
紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、私はそんな日が来る未来を想像した。
けれど、どんなに妄想を膨らませても、そんな日が来ることはなかった。
「最後の学園祭までもうちょっとだね」
弁当を食べ終えた彼女が言った。
そうなのだ。学園生活最後のイベントが差し迫っていた。
けれど、私はまるで気が乗らず、いつも準備を逃げていた。
最初のうちは非難を浴びていたが、最近では誰も諦めたようで、何も言われなくなっていた。
「あのね。最後の学園祭、大成功させたいんだ」
彼女は学園祭の実行委員会に入っていた。
「だからお願い。大石君の力が必要なの」
手を合わせて懇願する彼女。
そうだったのだ。
彼女は学園祭のことで話があったから、私と昼食を共にしたのだ。
結論から言えば、私は逃げた。
学園祭の準備からも、何もかも。
当日に欠席をした私を彼女はどう思ったのだろう?
それが原因――様々な要因が積み重なった、核のような部分に私が原因しているのかどうか分からないが、彼女は数年後自殺をした。
彼女の死には、様々な憶測が流れた。
彼氏の浮気、親の事業の失敗、アルバイト先や大学生活の中での人間関係……。
今でも彼女はなぜ死んだのか分かっていない。
「生田さんはどうしてだと思います?」
――あんたのせいよ。全部あんたのせい。
全ては妄想をしてしまったせいなのか。
私が必要とされることなんて、決してありえないのに。
妄想の世界であなたは生き続けている。
現にこうして、私の前にいて、私の初めてをあなたに捧げたのだから。
「生田さん。いや、絵梨花。絵梨花と呼ばせてもらうよ」
――冗談じゃない。
見た目に反して、絵梨花は気の強い女のようだ。
それよりも、亡くなった彼女の名前をついに私は思い出せない。
しかし、それでも構わなかった。
妄想の世界で生きる君に、名前なんて必要ないのだから。